第474話 敵の正体

 王都襲撃とマルティーヌの誘拐から一週間が過ぎた。この一週間で敵に関する情報は全く集まらず、既にミシュリーヌ様頼りとなっている。


 マルティーヌはファブリスがいなくても寝られるようになったみたいだし、心の傷は癒えてきているようだ。


「今日の午後は王宮に行く予定だよね?」

「はい。午前中は特に予定は入っておりません」


 それならマルティーヌと買い物でも行こうかな。外に出られるなら店舗に行っても良いし、まだ怖ければ商人を呼ぶのも良い。


「ロジェ、服飾店に……」

『レオン、敵の正体が分かったわ』


 ロジェに声をかけようとした瞬間、ミシュリーヌ様の声が頭に響いた。俺はその声を聞いて慌てて神具である本を取り出し、声がより鮮明に聞こえるようにする。


「分かったのですか!?」

『ええ、遂に監視してたやつらが本拠地に戻ったのよ』

「それはどこなのでしょうか。どういう組織なのかも分かりましたか?」

『もちろんよ。敵は――エリディトラス王国。名前は知っている?』


 ……聞いたことがある気がするけど、詳細はほとんど知らない国だ。なんでほとんど関わりない国がラースラシア王国の王都を襲って、マルティーヌを誘拐したのだろうか。


「特徴がない小さな国ですよね?」

『そうね。ただ一つだけ、今回の事態を引き起こしたのだろう事実が分かったわ。エリディトラス王国はね、エーデン教を国教にしているの』


 エーデン教って…………あれか! 小国群でラースラシア王国に侵攻しようと考えていたエクスデ国。そこの王様が信仰してたっていう架空の神だ。

 マジか。エーデン教って一国だけじゃなくて、他の国にも広がってるほどにメジャーな神だったのか。


「ミシュリーヌ教が広まっている現状が許せなくてって感じですか?」

『ええ、上層部の会話を聞いた限りだと、マルティーヌを人質にしてレオンを呼び出し、レオンを殺害する予定だったらしいわ』


 エーデン教を信仰しているエリディトラス王国からしたら、俺は異教徒で邪魔な存在だもんな……確かに恨まれるのも納得だ。許せはしないけど。


「あの不思議な力を持った獣や人間の正体は分かりましたか?」

『ええ、私としてはそちらの方が驚いたわ。――前に魔素の結晶について話をしたことを覚えているかしら』

「魔素の結晶って……あの、魔人が欲しがっていたものですよね。向こうの世界で枯渇して、こっちの世界にはたくさんあるから、それを得るためにこっちを征服しようとしてたっていう」


 確か魔人は魔素の結晶を体に取り込んで、あそこまで強く進化したって話だったよな……って、もしかして。


「あの獣や人間って、魔素の結晶を取り込んだのですか?」

『正解よ。エリディトラス王国では数年前に魔素の結晶の存在に気づいたらしく、密かに動物実験や人体実験が行われていたの。それによって多数の犠牲が出ているけれど、その上に作られたのがあの獣や人間ね』


 ――動物実験や人体実験、さらに多数の犠牲って……。


「魔素を取り込むのって、命の危険があるのですか?」

『そうみたい。生き残って特別な力を手に入れられるのは一握りで、後は息を引き取ったり重い後遺症が残ったりするらしいわ』


 ラースラシア王国を攻めてきたのは少なくとも数十人の人間と、数十匹の獣だよな。ということは、その何十、何百倍の犠牲者がいるかもしれないのか……。


 予想以上に重い話に二の句を告げない。でも俺はこの世界の使徒なんだ、どうにかしないと。


「魔素の結晶は、放置してはダメなものでしたね」

『……そうだったようね』


 魔物の森で魔素の結晶の話を聞いた時に、まだこの世界では気づかれていないだろうと後回しにしたことが悔やまれる。これからどうするべきか考えないとだよな。

 あれは魔道具の魔力の供給源としても使えるから、攻撃魔法具と組み合わせると大変なことになるのだ。


「またエクスデ国のように脅せば、ミシュリーヌ様のことを信じて馬鹿なことはやめるでしょうか?」

『そうね……それはあまり期待できなさそうよ。エリディトラス王国はエクスデ国と親交があって、エクスデ国に何が起きたのかを知っているみたいだから』


 ということは、俺とファブリスがやったあの警告を知ってもなお、俺の殺害を企んだということか。

 それだと実力行使しかないかな……放置するという選択肢はない。マルティーヌの脅威になる存在を放っておくことはできないし、そんな非人道的な実験は止めさせないといけない。


 世界中に特殊能力を持つ人が溢れるようになったら大変だからな……しかもそんな世界になったということは、あり得ない数の犠牲者が出ているということだ。


「悪いことを企んでるのはエリディトラス王国の上層部ですよね?」

『そうね』

「ではそこに乗り込んで、まずは魔素の結晶を使った実験を止めるように、そしてラースラシア王国や俺たちに手を出さないようにと警告します。それに従わずに反撃してきたら……その時は実力行使しかないですね」


 できれば警告を聞いてくれたらいいけど、その可能性は低そうだよな……憂鬱だ。


『魔素の結晶についてはどうするの? そのうち他の国も存在に気づくわよ』

「それは……回収するのが一番だと思います。例えばミシュリーヌ様に捧げると願いが叶う確率が高まるとか、そんな理由づけで教会に集めるんです。それを俺が回収します。全部を回収することはできないので、そこは世界的に使用のルールを定めるぐらいしかできませんが」


 完全にコントロールすることはできないから、できる限り悪用されないようにするしかない。


『確かにそうよね……その辺はレオンに任せるわ。ただ私もできる限り力を尽くすから、何でも言ってね』

「ありがとうございます。ではまた連絡しますね」


 ミシュリーヌ様との会話を終えた俺は、隣で俺の言葉を聞いていたロジェに視線を向けた。

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