第473話 街の様子と屋敷へ

「ファブリス、もう急がなくていいから普通に道路を歩いてくれる?」

『了解した。神域に行けば良いのだな』

「うん。よろしくね」


 王宮の大門から外に出ると、門の近くにある建物がいくつか被害を受けているのが目に入った。さっきまではマルティーヌを助けないとってところにしか意識が向いてなかったけど、改めて見ると街中の被害も酷そうだ。


「怪我人もいるよね……」

『いるだろうな』


 そういえばマルティーヌの護衛は重体って言ってたな。他の人に治せたら良いけど、無理そうなら魔力が回復してから少し手を貸そう。


「ロジェ、ローラン、迎えに来たよ」


 ファブリスには礼拝堂の外で待っててもらって中に入ると、二人は祈りを捧げる人たちの横でビシッと姿勢良く待機していた。


「レオン様、ご無事で何よりです」

「もしかして迎えにきてくださったのですか? 王宮の使用人を使いに寄越していただければ良かったのですが」

「それも考えたんだけど、街の様子を少し見てみようと思ったんだ。……礼拝堂、いつも以上に人が多いね」

「はい。突然未知の存在から襲撃を受け、家族や国の無事を祈っておられる方が多いようです」

「そっか……」


 この人たちの期待に応えるためにも事件を解決しないとだよな。


 ――ミシュリーヌ様、頑張ってください。


 届くか分からないけど、いつもの神具を持たずに祈りを捧げた。たまにはこういうのも良いな、ミシュリーヌ様が本当は神聖で遠い存在だということを再認識できる。


「とりあえず王宮に戻ろう。ファブリスに乗って欲しい」

「かしこまりました」


 それから王宮に戻った俺は準備を整えたマルティーヌと合流し、少し魔力が回復したので転移で大公邸に向かった。

 俺の部屋の中に降り立つと、エミールが目の前にいてホッとしたように頬を緩める。


「レオン様、ご無事のご帰還嬉しく思います」

「出迎えありがとう。色々あってマルティーヌがしばらくこの屋敷にいることになったからよろしくね。説明はロジェから受けて欲しい」

「……かしこまりました」


 エミールは少しだけ驚きを露わにしたけど、すぐにいつもの穏やかな笑みに戻り頷いた。最近はエミールもかなり慣れてきたよな。


「ロジェ、マルティーヌの部屋を大至急整えるようメイドたちに伝えてくれる? それからマルティーヌの存在は秘密ってことも」

「すぐに伝えて参ります」

「よろしくね。エミールは温かいお茶を」

「かしこまりました」


 まだ少し不安そうなマルティーヌをソファーにエスコートし、いつもは向かいのソファーに座るところを隣に腰掛けた。こういう時って近くに人の温もりがあると安心するよね。


「ミシュリーヌ様が頑張ってくれてるから、一週間ぐらいで敵の正体が分かると思う。それまでは怖いだろうけどここにいれば安心だから。俺もいるし、ファブリスもいる」

「ふふっ、ここは世界一安全ね。ありがとう」


 そう言って笑みを浮かべたマルティーヌに無理をしてるような様子はない。俺はそれを確認してから頬を緩めた。


「スイーツでも食べる? もし食欲があるなら」

「そうね……いつもは太らないように制限しているけれど、今日は良いかしら?」

「好きなだけ食べて良いと思うよ」

「じゃあ……さっぱりした口当たりのものが良いわ。果物がたくさん載っていて、クリームは少なめで」

「了解」


 俺はマルティーヌの今の好みに合いそうなスイーツをいくつも選んで取り出し、ロジェに一口サイズにカットしてもらった。


「ここから好きなだけ食べて。残ったらアイテムボックスに入れておけるから気にしなくて良いよ」

「ありがとう。選ぶのも楽しいわね」

「このリンゴのやつとかおすすめ。ヨアンの新作なんだ」


 それから俺はマルティーヌが落ち着くまでずっと部屋で話をしていて、落ち着いてからは家族皆にマルティーヌの滞在を伝えて皆でお茶会をして、ファブリスに乗りながら庭園を散策してというふうに、とにかく楽しい時間を過ごした。


「レオン、今日はありがとう。体に入っていた力が抜けたわ」

「それなら良かった。大公家の敷地内にいる限りは安全だから心配しないでね。夜は……一人でも大丈夫? もし不安ならさすがに俺が一緒に寝るのはダメだと思うから、ファブリスにマルティーヌの部屋で寝てもらうようにお願いすることもできるけど」


 俺のその言葉を聞いたマルティーヌは、少しだけ悩む様子を見せてから控えめに頷いた。


「ファブリス様にご迷惑じゃなければ」

「迷惑なんてことはないから大丈夫だよ。じゃあ呼んでくるね」


 それから俺はファブリスをマルティーヌの部屋に呼んで、マルティーヌが会話に困らないようにとファブリス用のスイーツをたくさん並べて部屋を出た。


 あれだけあれば、マルティーヌが寝るまでに無言で気まずいってことにはならないだろう。


「じゃあ俺も寝ようかな。早く寝て魔力を完全に回復させないと」

「かしこまりました。寝る前にお茶は飲まれますか?」

「うーん、今日は良いかな。着替えだけお願い」


 自室に戻った俺は魔力がほとんどないところから動き回った疲れが出たのか、ベッドに入ると一瞬で眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る