第468話 襲撃と連れ去り

 王都と領地を行き来しながら忙しくも充実した日々を過ごし、今は冬の月の中頃だ。最近はかなり寒さが厳しくなり、暖かい季節よりは領地の開発速度もゆったりとしたものになっている。


「ロジェ、今日は王都に戻る日だよね」

「予定ではそのようになっております。明日は王宮へ向かわれる日ですので、先延ばしは難しいかと」

「だよね……寒いから外に出たくない」


 俺の転移はあと少しで王都と領地を行き来できるんだけど、まだ少し魔力量が足りないのだ。ファブリスに乗って三十分ぐらいだから……あと半年もかからずに直接転移できるようになると思うんだけど、できればこの冬に直接転移がしたかった。


「たくさん着込まれてください」

「そうなんだけどさ……着込むと動きづらいよね」


 もっと性能の良い防寒具とか作れないのかな。この世界の防寒具は防寒性能に関しては悪くないけど、たくさん着るからとにかく動きづらいし重くなる。

 軽くて一枚着ただけで暖かい、みたいな素材が欲しい。


 そんな文句をつらつらと考えつつ準備を整えて、午後のまだ日が高い時間にファブリスに乗って領地を後にした。そしてしばらくファブリスに走ってもらってから、王都にある大公邸に転移をする。

 最近は王都の中をファブリスに乗って目立つのを避けるため、最初にファブリスに走ってもらっているのだ。


「レオン様……!!」


 いつものように自室に転移をすると、大公邸の中にはいつもと違う雰囲気が漂っていた。


「エミール、どうしたの?」


 ロジェとローランと一緒にファブリスから降りて問いかけると、エミールは焦った様子で口を開く。


「午前中のまだ早い時間に王宮からの遣いが来まして、緊急事態のため大至急レオン様に王宮へ来ていただきたいと」


 ――大至急の緊急事態って、なんだろう。


 誰かが急病とか? 事故とか? 何にせよ良いことじゃないのは確かだ。俺は何だか嫌な予感がして、冷や汗がじんわりと浮かび上がってきた。


「王宮へはレオン様は今日中に帰られる予定なので、ご帰宅され次第お伝えしますと返答をしてあります」

「分かった。伝えてくれてありがとう。ロジェ、着替えだけしたらすぐ王宮に行く」

「かしこまりました」

「ファブリス、王宮まで送ってくれる? もうほとんど魔力が残ってないんだ」

『もちろんだ。任せておけ』


 転移で魔力をほとんど使っちゃったし、急病だったらヤバいな……魔力を回復させる時間がなかったら、マルティーヌや他の回復魔法を教えた人たちに何とか命を繋いでもらって、その間に魔力を回復させれば大丈夫だろうか。


 それから最速で着替えてまたファブリスの背中に戻った俺は、ロジェとローランだけを連れて王宮に向かった。



 王宮の城壁に着くとすぐ中に通され、いつもはファブリスから降りてゆっくりと歩いて向かう執務室への道中も、ファブリスで駆けて良いと許可されて急いで向かう。

 この距離を歩いて向かう時間も惜しいとか、マジで何が起きたんだ……それに王宮の中がかなり慌ただしい。


 緊張感を高まらせながら執務室に入ると、そこにいたのはアレクシス様とリシャール様、それに騎士団の上層部など軍事関係の人たちばかりだった。

 もしかして……戦争とか?


「レオン! 来てくれたか!」

「はい。遅れてすみません。何があったのでしょうか」


 ファブリスから降りてアレクシス様の下に向かうと、アレクシス様は憔悴しきった様子でかなり顔色が悪かった。隣にいるリシャール様もだ。


「……レオン、落ち着いて聞いてくれ」


 アレクシス様のその言葉にごくりと生唾を飲み込み、一度大きく深呼吸をしてから頷く。


「――マルティーヌが、攫われた」


 告げられた言葉は頭が理解するのを拒むような内容で、俺はその場で固まってしまった。


「なっ……そ、それって……どういう……」

「順を追って説明する。最初に起きた事件は多数の未知の獣による王都襲撃だ。姿形は一般的な獣なのに特殊な能力を持っていたり、魔物のように魔法を使えたり、あり得ない身体能力だったり、そんな獣が街を襲った。その一報が届いたのが朝早い時間で、私は王宮の門を閉じて警備を固めつつ、残りの騎士は全て獣の討伐に送り出した」


 魔法を使える獣とか……どういうことだ? そんなやつがこの世界にいるなんて聞いていない。それに何でこの街を襲うなんてこと……誰かに操られた獣とか?

 普通の獣はわざわざ街の中に入ってきたりしない。入ってくるとしても逸れのやつが一体とかだ。多数の獣が王都を襲うなんて、明らかにおかしい。


「しかし獣の脅威は相当なもので、騎士たちを送り込んでもかなり苦戦し討伐に時間がかかっていた。そんな矢先だ、次の事件が起こったのは。次の事件は人による王宮襲撃だった。フード付きのローブを着た十数名の男女が王宮を襲い、その人数差からすぐに鎮圧できると思ったが、こちらも獣同様にあり得ない能力を持っている人間がほとんどでかなり苦戦していた。そして王宮にいる騎士たちが襲撃者への対処に追われていた時……マルティーヌが狙われた」


 そんなやつらにマルティーヌが攫われたとか……マルティーヌは無事なんだろうか。俺は最悪の想像をしそうになり、唇を噛んで思考を無理やり中断させた。


 大丈夫だ。絶対に大丈夫。俺が助ける、絶対に。


 自分に言い聞かせて何とか平静を保つ。


「マルティーヌは、どうやって攫われたのでしょうか。護衛もいたはずです」

「……護衛は全員重体だ。かなり危険な状態の者もいる。そして部屋の窓が割られていたことから、マルティーヌは窓から攫われたと見ている。ただマルティーヌの部屋は高い位置にあるため、攫った人物も何かしら特殊な能力を保持していると予想される。――ここまでが現在分かっていることの全てだ。あの獣や襲撃者の正体、襲撃の理由、マルティーヌを攫った理由、行き先、全てが分かっていない」


 アレクシス様はそこで言葉を切ると、手のひらで両目を覆って俯いた。

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