第469話 居場所
「……本当にすまない。マルティーヌを守りきれなかった。あの子は、辛い思いをしていないだろうか」
「大丈夫です。絶対に、絶対に助けます」
声に出すことで現実になる可能性が上がるかもしれないと、そんなことにも縋りたくなり俺はそう口にした。拳をこれでもかと強く握りしめて、大きく息を吐き出す。
とにかく取り乱している暇なんてない。攫われてから時間が経っていないほど、マルティーヌが無事である可能性が上がる。早く、早く手掛かりを見つけないと。
「襲撃者は捕えたのですか?」
「ああ、数人は生きたまま捕えられた。しかし誰も一切口を割らないらしい」
「……マルティーヌを連れ出した痕跡は? 王宮の外や王都の外に残っていないのですか?」
「それは調査をさせているが、未だに有益な情報はない」
「マルティーヌが攫われてからは……八時間ほどは経っているでしょうか」
「……それぐらいは経っている」
ということは、もう既に王都にいない可能性が高いな。王都からどの方面に向かったかも分からなければ、闇雲に探すしか道は残されていない。
「ミシュリーヌ様! 下界を見てますか!」
俺ができることはないと判断してミシュリーヌ様に声をかけると、数秒後に呑気なミシュリーヌ様の声が聞こえてきた。これは……この騒動にはまだ気づいてないな。
『どうしたの? そんなに慌てて』
「ミシュリーヌ様、マルティーヌが正体不明のやつらに攫われてしまったんです。八時間ほど前なので、王都から少し離れたところに怪しい馬車とか旅人とか、そういうのがいないかを確認してください」
八時間だとどこまで行けるんだろう……移動手段にもよるよな。馬車ならまだそこまで遠くには行ってないはずだけど、王都を襲ったっていう特殊能力を持った獣だと全く予想ができない。
『……大変じゃない。すぐに探すわ』
ミシュリーヌ様は声音を真剣なものに変えた。いつもはちょっと残念な女神様だけど、やっぱり頼りになる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
こっちはこの世界の神様が味方なんだから、絶対に大丈夫だ。万が一なんてことはない。
俺は自分にそう言い聞かせて、ミシュリーヌ様からの良い知らせが来るのを待った。アレクシス様達も俺がミシュリーヌ様と話をしているのを聞くと、口を閉じてじっと動向を待つ姿勢に入った。
それから数十秒後に、ミシュリーヌ様から疲れが滲んだ声が返ってくる。
『レオン……やっと見つけたわ……』
「大丈夫ですか?」
『ええ、下界の時間を一番遅くして端から探してたの。下界の時間で数週間もかかったわ……』
俺はミシュリーヌ様からのその言葉を聞いて、衝撃を受けて少しだけ思考が止まった。
そういえば、俺が神界に行く時には時間経過を最大に遅くしてくれてるよな……当たり前だけど、俺が下界にいる時にだってできるのか。
「本当にありがとうございます。助かります」
『良いのよ。じゃあ……とりあえずレオンを神界に呼ぶわね』
「はい。よろしくお願いします」
一瞬後に目の前に広がっていたのは、見慣れたいつもの神界だった。しかしソファーにぐったりと寝転ぶミシュリーヌ様だけは、いつもより元気がない。
「ミシュリーヌ様、本当にありがとうございます」
「良いのよ〜。途中でレオンを呼ぼうかと思ったんだけど、レオンはそこまで長時間は神域にいられないじゃない?」
そういえば……神域に呼べるのも何度も連続では無理だとかって前に言われたな。一度に神域にいられる時間にも上限はあるのか。
「お礼にスイーツをいくらでも食べて良いので、体力を回復させてください」
「……え、本当!?」
「本当です。――いや、いくらでもは言いすぎました。百個までにしましょう」
「百個!!」
ミシュリーヌ様の顔には途端に覇気が戻り、瞳には光が宿った。俺はそれを見て安心して体の力を少し抜く。
「それで、マルティーヌはどこにいるんですか?」
「ここよ。この籠の中」
宙に映し出された映像には大きな虎のような獣が映っていて、その上に一人の人間が乗り、大きな籠が括り付けられている。
「中の様子を映すわよ」
「はい。……っ」
マルティーヌは口に布を巻かれて手足を縛られ、クッションも何もない木製の籠の中に無造作に入れられていた。
俺はそんなマルティーヌの様子を見て激しい怒りが込み上げ、目の前が赤く染まるような錯覚に陥る。
「こいつら、何者なんでしょうか」
「それはまだ分からないわ。下界の時間経過を普通に戻して観察しないと」
「……ではミシュリーヌ様にはこのままこいつの監視と、他の仲間の捜索をお願いしても良いですか? 本拠地を知りたいです。マルティーヌは俺が助けるので安心してください」
マルティーヌを助け出して終わりになんて絶対にしない。襲撃者がどんなやつらなのか知らないけど、マルティーヌを狙ったことを後悔させてやる。
「分かったわ。黒幕やアジト、どんな組織かを調べれば良いのよね」
「はい。よろしくお願いします」
それから俺はミシュリーヌ様が映し出してくれたマルティーヌがいる場所を記憶して、下界に戻って正確に向かえるようにしてからミシュリーヌ様に視線を向けた。
「下界に戻すわよ」
「お願いします」
一瞬後に下界に戻った俺は、マルティーヌを絶対に助けるという決意を込めて口を開いた。
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