第449話 パワフルな奥さんと回復

 次の日の午前中。朝食を食べて少しだけのんびりしていたら、さっそくジェロムが奥さんを連れて屋敷に来たという報告を受けたので、俺は応接室に向かった。


 応接室の中に入ると、ジェロムの隣に明るくて元気そうな女性が座っている。ふくよかな見た目からして、パワフルなお母さんという印象を受ける。


「ジェロム、さっそく連れてきてくれてありがとう。こんにちは。レオン・ジャパーニスです」

「私はベルタって言うんだ。いつもジェロムが世話になってるね。この人、毎日楽しそうに仕事へ行くんだ。本当にありがとう」


 ベルタはそう言って明るい笑みを浮かべた。なんだかジェロムにピッタリの人だな。


「ベルタは敬語が分からなくて、すみません」

「気にしなくて良いよ。良い奥さんだね」


 俺のその言葉を聞いたジェロムは、照れたように首の後ろに手をやって少しだけ俯いた。そんなジェロムを見てベルタがバシッと背中を叩いている。


「昨日この人から聞いたけど、大公領に異動になるんだってね。私も連れて行ってもらえるんだとか」

「もちろん。お子さんも希望があれば大歓迎だよ。仕事も準備する」

「本当にありがたいねぇ〜。実は昨日の夜に子供達と話したんだけどね、全員が大公領に行きたいって言ってるんだよ。でも上の子供二人は結婚してて、それぞれ家族がいるんだ。その家族も一緒でいいのかい?」

「本当!? もちろん構わないよ」


 逆にこっちから移住をお願いしたいぐらいだ。そんなにいくつもの家族が来てくれるのなら、一気に人手が増える。


「いいのかい? あの子達は喜ぶね〜。実は私達はあの子達が十歳ぐらいの時に、今の家に越してきたんだ。その前は農家をやってたんだけど私が足を悪くして、農家は続けられなくなってね。でもあの子達は街中よりも自然があるところの方が好きみたいなのさ。それで今回の話には乗り気なんだ」

「そういう事情があったんだ。じゃあ、お子さんたちは農業をやりたいのかな? それならそういう仕事を割り振るよ」

「いや〜本当に感謝だよ。ありがとね」

「レオン様、ありがとうございます」


 そこまで話をしたところでベルタが口を閉じたので、俺はさっそく今日の本題に入ることにした。


「ベルタが足を悪くしてるって聞いたけど、どっちの足なの?」

「左足だね。森に入った時に熊に齧られたんだ。でもこうして頑張れば動かせるし歩くこともできる。幸運だと思ってるよ。あっ、でもレオン様には申し訳ないね。こんな足だからできる仕事が少なくて」

「それは構わないんだけど、ちょっと俺に見せてくれる? 俺は回復魔法が得意なんだ。何せ使徒だからね」


 そう言ってニコッと笑いかけると、ベルタは楽しそうに笑みを浮かべて頷いてくれた。それを確認してから、俺はベルタの前に跪く。


「じゃあいくよ」


 回復属性の魔力をベルタの足に纏わせてみると……確かにかなり酷い怪我だということが分かった。さらに時が経っているからか、悪いものがこびりついているような感じになり、明らかに治すのが大変そうだ。

 でも俺の魔力を込めれば……


 ……うわっ、かなり魔力が必要だな。酷い古傷ってこんなに治すのが大変なんだ。でもこの感じなら半分ぐらいの魔力で綺麗に治るかな――


「――よしっ、これで良いかな。ちょっと立ってみて」


 少し時間がかかったけど綺麗に治し終えてベルタに起立を促すと、ベルタは恐る恐るソファーから立ち上がった。そして少し足を動かして驚愕に瞳を見開き、だんだんと歩く速度が速くなる。


「ふ、普通に歩けるよ! 痛みも全く無くなったし、痺れもない!」

「治せて良かった」

「れ、レオン様……本当に、本当にありがとね! わ、私は、また普通に歩けるなんて……そんなの、期待してもなくてっ」

「レオン様……本当にありがとうございます。こんな奇跡が起きるなんて、いくら感謝してもし足りません」


 ベルタが両足でしっかりと立った状態で涙を流し、それを見たジェロムも深く頭を下げて目尻に光るものを浮かべた。

 こうして感謝されるとやっぱり嬉しいな……こういう時に一番、この力があって良かったと思う。


「感謝なんて言葉だけで十分だよ。喜んでもらえてよかった。じゃあ、落ち着くためにお茶でも飲もうか」

「はい……っ」


 それから二人が落ち着くまで少し待ち、涙が溢れなくなったところで俺はまた口を開いた。


「二人にお願いしたいことがあるんだけど、実はこの力はあんまり大々的に広めてないんだ。これを知ったら世界中の病人が俺のところに集まって対処しきれないから。だから……できれば秘密にしておいてくれないかな?」


 俺がゆっくりと伝えたその言葉に、二人は真剣な表情で頷いた。


「もちろんだよ。大恩があるレオン様が困るようなことは絶対にしないさ。私を知ってる人にどうしたのかって聞かれたら、神のご加護だって言っておくよ。実際に似たようなものだしね」

「ははっ、確かにそれが良いね」

「私も絶対に言いふらしたりしませんので、ご安心を」

「ありがとう」


 俺は二人の顔を交互に見て、感謝を込めて笑みを浮かべた。本当に俺の周りには良い人達がたくさんいてくれて、幸せな環境だよなぁ。


「じゃあ二人にはさっそく移住の準備をお願いしたい。お子さんたちも移住するなら荷物をまとめたり大変でしょう? 今日はもう帰って良いから、できる限り早めに準備をよろしくね。分からないことがあったらいつでも聞きにきて」

「分かったよ。任せておいて! 足が動くのなら移住の準備なんて楽勝さ」

「頼もしいよ。ジェロムはその準備と並行して引き継ぎもお願いしたいんだけど、大丈夫?」

「はい。問題ありません」

「良かった。じゃあ二人とも、これからよろしくね」


 そうして二人との話を終えた俺は、最後に笑顔で手を振って応接室を後にした。これでジェロムの家族がかなりの人数、移住してくれることになる。少しは領地も賑やかになりそうだ。

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