第434話 ファブリスとマルティーヌ

 屋敷の外に出た俺達は、お茶会をする予定の東屋に向かう前に、ファブリスの下へ向かっていた。マルティーヌがファブリスに挨拶をしたいのだそうだ。


「ファブリスの住居は裏庭にあるんだ。正面エントランスの近くにすることも考えたんだけど、落ち着ける場所が良いっていうファブリスの要望と、他にもいろんな理由があって裏庭にしてあるよ」

「そうなのね。神獣様は基本的にそちらにいらっしゃるの?」

「うーん、それが一番多いだろうけど、畑で寝てたり屋敷の中でくつろいでたり、マリーとお茶会をしてたり意外と動いてるかな」


 ヨアンの厨房に顔を出して試作のスイーツをもらうことも覚えたらしいからね……最近はスイーツをいくら作っても、ファブリスが食べてくれるから助かるってヨアンが言っていた。

 ファブリスって好きな時に寝てたまに散歩して美味しいものを食べてスイーツまで堪能して、マリーと遊んだり屋敷の皆と戯れてって、最高な生活してるよね。何も義務はないしやるべきこともないし、仕事は俺と一緒に魔物の森を駆逐するぐらい。それもファブリスは、たまの運動とストレス発散にちょうど良いとか言ってるし。


 本当に世の中の人のほとんどが羨む生活だ。俺も数日ぐらいファブリスみたいな生活がしたいな。


 ――いや、俺は意外と耐えられないかもしれない。


 今だって別にやろうと思えばできるのだ。ただ自分で次々に予定を入れて忙しくしてるだけで。俺はそれが楽しいんだよね……根っからの仕事人間なのかな。


「裏はこんなふうになっているのね」

「うん。裏庭は基本的に全部畑だよ」

「なんだかワクワクするわ」

「マルティーヌがこの屋敷に越してきたら、マルティーヌ専用の畑を作る? 管理は使用人に任せるとしても、好きな作物を植えて成長を見守るのも楽しいんじゃない?」


 畑を目の前に瞳を輝かせているマルティーヌを見てそんな提案をすると、マルティーヌはすぐに頷いて身を乗り出してきた。


「それは素敵だわ!」

「じゃあマルティーヌの畑にできる場所は確保しておくよ」

「楽しみね。何を植えようかしら。私はトマトが好きなのよね」

「トマトならマルティーヌも楽しく収穫できるかも」


 収穫したトマトを使ってその場でトマトソースパスタを作ってもらうとか、絶対に楽しいし美味しいだろう。俺は頭の中の将来やることメモに、トマトの収穫とトマトソースパスタ作りを書き加えた。マルティーヌが実際に屋敷に来ると、やりたいことがどんどん増えていく。


「あっ、見えてきた。あれがファブリスの家だよ」


 畑の向こうを指さしてファブリスの家を指し示すと、マルティーヌはさっきまでのはしゃいだ様子から一転、真剣な表情になり貴族の笑みを顔に浮かべた。

 俺にとってはもうペットみたいな存在だけど、マルティーヌにとってはまだまだ緊張する相手なのだろう。


「ファブリス。今日はマルティーヌが屋敷に来てるんだ」

『ん? ああ、レオンの妻だったか? よく来たな』

「神獣様、お久しぶりでございます」


 まだ妻じゃなくて婚約者だって言ってるのに……これは何度言い聞かせても直らないから、もう半ば諦めている。そのうち妻になるし良いよね。


「遠征から帰還し、疲れは癒えましたでしょうか?」

『うむ、問題ないぞ。お主は大丈夫か? 長旅は人間の方が体に負担だろう?』

「私もしっかりと休めましたので、問題ありません。気にかけてくださってありがとうございます」


 そこまで話をすると、ファブリスは寝そべっていた自分のベッドから立ち上がって俺達の方に向かってきた。そしてマルティーヌの目の前に座ると、また口を開く。


『そういえば、お主はずっと我のことを神獣と呼んでいるな。我の名はファブリスだ。そちらで呼ぶと良い』

「本当ですか……! ありがとうございます。ではファブリス様と」

『うむ、それで良いぞ』


 そうしてマルティーヌとファブリスの距離がまた少しだけ縮まったところで、ファブリスは瞳を輝かせながら俺に視線を向けた。


『ところで主人、今日は降誕祭らしいな。降誕祭ではミルクレープを食べるんだろう?』

「……ファブリスも食べたいんだ」


 遠回しでのスイーツの催促が面白くて思わず笑ってしまうと、ファブリスは照れたのか顔を横に逸らした。


『別にそういうことではない。ただの事実確認だ』

「ははっ、そっか。今日は降誕祭で合ってるよ。だからもちろん……ファブリスの分のクレープもあるから安心して」


 今日の午前中に屋台でお土産として買っておいたクレープと、ヨアンが事前にたくさん作っておいてくれたスイーツ、そして降誕祭の特別仕様のミルクレープ。

 その三つを次々とアイテムボックスから取り出すと、ファブリスの瞳が輝いていき、尻尾もぶんぶんと振られ始めた。かなり嬉しいみたいだ。


「これ、全部食べて良いからね」

『それは本当か!? 主人、恩に着る』


 ファブリスはご機嫌に尻尾を揺らしながら近くにいた使用人を呼んで、俺が取り出したスイーツを机の上に並べてもらっている。そしてさっそく食べ始めるようだ。


「ファブリスは本当に食いしん坊だね……」

「ファブリス様はスイーツがお好きよね。そうだ、今度王宮でお茶会をするときに、ファブリス様もご参加されますか? たくさんスイーツを準備させます」

『ぬ、それは本当か? もちろん参加しよう』

「ありがとうございます。では日程が決まり次第、招待状をお送りさせていただきます」

『うむ、待っているぞ』


 王宮でのお茶会にファブリスも参加するのか。確かに今まではあんまり連れて行ったことがなかったかも。

 王宮で出てくるスイーツは王宮の料理人さん達の手が加わって、また違う味わいのものもあるから、ファブリスは楽しめるかもしれない。これでマルティーヌとファブリスの仲がもっと良くなったら良いな。


「じゃあファブリス、俺達は行くよ」

「失礼いたします。またお会いできる時を楽しみにしております」

『うむ、お主ならいつでも来てくれてかまわんぞ』

「ありがとうございます」


 そうして俺達はファブリスの下を後にして、また屋敷の表側に戻った。これでほとんど案内は終わったから、後は庭園を歩きながら東屋に向かえば良いかな。マルティーヌとのお茶会、楽しみだ。

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