第433話 厨房と餃子

 ドアが開いて中に入ると、父さんと母さん、マリーが横一列に並んで出迎えてくれた。マルティーヌはそんな三人に驚きながらも挨拶をして、俺が勧めたソファーに腰掛ける。


「ここは……厨房、なのよね? ソファーやテーブルもあるのが不思議だけれど。それに料理人はいないの?」


 部屋の中をぐるりと見回しながら不思議そうな表情をしているマルティーヌに、父さんが口を開いた。


「ここはレオンが私達のために作ってくれた、家族専用の厨房なんです。ここで自由に料理をして、休んだり食事をしたりもできるようにとテーブルセットを準備してくれました。私達は中心街で食堂を開く予定なので、そこで出す料理の開発を行っています」

「まあ、そうだったのね!」

「マルティーヌが料理をできる厨房もこういうタイプにしようかなと思ってるんだけど、どう思う?」


 父さんの話を聞いて瞳を輝かせているマルティーヌにそう聞くと、マルティーヌは嬉しそうに頷いてくれた。


「とっても素敵だと思うわ!」

「良かったよ。じゃあこの厨房をベースに考えて作るね」


 マルティーヌはそこまで本格的に料理をするわけじゃないだろうから、ここほどに厨房そのものは大きくなくて良いはずだ。コンパクトで使いやすさを重視して、その代わりにソファーとかをより居心地が良いものにしよう。

 料理をする時に着替えられるように個室もつけた方が良いかな。


 ……なんか、楽しいな。まだ何年も先の話なのに、早くマルティーヌと正式に結婚したくなってきた。


「マルティーヌ様、よろしければ私達が開発した料理を召し上がっていただけませんか? 餃子と言って、今度開店する食堂で売りに出す予定のものなんです」

「私が食べて良いのかしら?」

「もちろんです」

「ではいただきます。ありがとう、楽しみだわ」


 父さんと母さんはマルティーヌの笑顔に緊張が解れた様子で、ソファーから立ち上がって厨房に向かった。餃子は焼きたてが美味しいから今から焼くのだろう。


「マルティーヌ様、本日のお洋服はとても可愛いですね」

「ありがとう。マリーちゃんもとても可愛くて素敵だわ。そのお洋服は……もしかして最近流行りの布を使っているのかしら?」

「そうなんです! さすがマルティーヌ様、お詳しいですね。お兄ちゃん……じゃなくて、お兄様は気付いてくれないんです」

「ふふっ、殿方にそれを求めるのは酷だわ。でもレオンはもう少し興味を持っても良いのよ?」


 マルティーヌとマリーの二人から視線を向けられて、俺は苦笑を浮かべつつ頑張るよって言うしかなかった。二人が結託したら俺は勝ち目ゼロだよ……まあ二人が仲良く話してると嬉しいし、俺は勝てなくても良いんだけど。


 それにしても、マリーは本当に成長したよね。さすがにマルティーヌと並べばまだ粗が目立つけど、年齢を考えたらそこまで気になる程でもない。


「マリーちゃんは凄く可愛くなったわね」

「本当ですか? 嬉しいです」

「もう貴族家のお嬢様にしか見えないわ。とても優秀なのね」

「へへっ、お勉強を頑張りました!」


 マリーは褒められて嬉しかったのか、無邪気な笑みを浮かべてお礼を口にした。その様子は貴族令嬢というよりも、平民時代の素のマリーという感じで微笑ましい。プラスでもマイナスでも感情が揺さぶられることがあると、まだ素が出てしまうのだろう。


 マルティーヌはそんなマリーの様子を見て、優しい笑みを浮かべている。マルティーヌがマリーのことも大切に思ってくれていることが一目で分かる表情で、俺は嬉しくて頬が緩んだ。


「お待たせいたしました。こちらが餃子でございます」


 そうこうしているうちに、餃子が焼き上がったようだ。マルティーヌはお皿に盛られた餃子を前に、瞳を輝かせて顔を少し近づけた。


「とても良い匂いがするわ。美味しそうね」

「そのままでも美味しく召し上がっていただけると思います。味を変えたい時には辣油をお使いください。あっ、毒味は必要でしょうか?」

「いえ、必要ないわ。ではいただくわね」


 マルティーヌは毒味を断って、瞳を輝かせたままフォークで刺した餃子をナイフで半分に切って口に入れた。


「……とっても美味しいわ!」

「お口に合ったのならば良かったです」

「今までにあまりなかった不思議な料理ね。この具材を包んでいるのはパスタみたいなものかしら?」

「はい。小麦を使って作っています」

「包むというのは面白いわね」


 残り半分も口に入れると、マルティーヌは幸せそうな笑みを浮かべてカトラリーを置いた。次は辣油を試してみるらしい。


「これは旧チェスプリオ公国の調味料よね?」

「そうだよ。俺がお土産に買ってきて、餃子に合うからこれからも輸入する予定なんだ」

「そうなのね……確かこれは一滴ほどで良いのだったかしら?」

「うん。結構辛いから本当に少しでアクセントになるよ」


 スプーンで辣油を掬って少しだけ餃子に垂らすと、またさっきと同じように餃子を半分に切って口に入れた。


「本当ね、とても合うわ」

「マルティーヌ様は辣油をかけた方がお好きですか?」

「そうね……悩むけれど、どちらかを選ぶとするならば、かけてない方が好きかもしれないわ」

「私も一緒です!」


 マリーはマルティーヌと好みが合って嬉しそうだ。でもマリーよりもマルティーヌの方が、辣油をかけた方も美味しそうに食べてたな。そこは年齢の差もあるのかもしれない。


「こちらの餃子は食堂で売りに出すのだったかしら?」

「そうです」

「食堂も訪れたいわ。すぐには無理だと思うけど、いつかは訪れても良いかしら?」

「も、もちろんです。ありがとうございます!」


 あの食堂にマルティーヌが来るのか……まあお忍びならそこまで騒ぎにはならないだろう。その時は俺も一緒に行こうかな。食堂デートとか楽しそうだ。


 それからは皆で餃子を食べながら雑談を楽しみ、マルティーヌと家族皆の仲が少し深まったところで、厨房の見学は終わりとなった。これで屋敷の中の案内は終わったので、次は外だ。

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