第432話 マルティーヌの来訪

 屋敷に帰ってきてから、イレギュラーがありつつも急いで準備を整えていると、すぐにマルティーヌがやってくる時間となった。家族全員と使用人の大半で屋敷のエントランスに集まって来訪を待っていると、大公家の庭をゆっくりと進む王家の馬車が見えてくる。


 マルティーヌに対して今更緊張することなんてないと思っていたのに、なぜか少しだけ緊張して手が冷たくなるのを感じた。それだけ王家の馬車は存在感があったのだ。


 馬車が止まって扉が開かれると、豪華に、しかし品よく着飾ったマルティーヌが綺麗な笑みを湛えて馬車から降りてくる。


「マルティーヌ、いらっしゃい」

「レオン、お招きありがとう。皆様、お久しぶりです」


 堅苦しい挨拶は無しにしようと事前に話し合っていたので気軽に声をかけると、マルティーヌは嬉しそうに顔を緩めてくれた。


「王女殿下、ようこそお越しくださいました」

「またお会いできて光栄です」

「マルティーヌ様、お久しぶりです」


 父さん母さんマリーの挨拶を聞き、マルティーヌは自然な笑みを浮かべて皆に視線を向ける。


「私もお会いできて嬉しいです。これからも末長くよろしくお願いいたします」

「じゃあ、さっそくだけど中にどうぞ。まずは応接室に」

「ええ、ありがとう」


 そうして俺達はマルティーヌを出迎えて、応接室に移動した。家族皆はここで一度離脱だ。



「とっても素敵なお屋敷ね」


 応接室でソファーに腰掛けてお茶を一口飲んでから、マルティーヌは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ありがとう。まだ婚約者だからってマルティーヌの意見を聞くことはできなかったけど、ここに住むようになったらマルティーヌが好きなように改築して良いからね」

「ふふっ、楽しみね。でもとっても素敵で、改築したい場所は思いつかないわ。使用人への教育も行き渡っているみたいだし、私が連れてくるのは最低限で良いかしら」

「そこはまた相談しないと」


 マルティーヌが本当にこの屋敷に越してくるのか……まだ先の話ではあるけど、それが決まっている未来だということを改めて実感できて感慨深い。マルティーヌと一緒に住んだら、毎日が今よりもっと楽しいだろうな。


「そうだ、前に厨房が欲しいって言ってたのは?」

「もちろん、今でも欲しいと思ってるわ。作ってくれるの?」

「マルティーヌ専用の厨房を増築するよ」

「ありがとう。それも楽しみにしているわね」


 最新設備完備で、家族の厨房みたいに休めるスペースも作ろう。マルティーヌと一緒に料理をしてその場で食べて楽しむなんて、絶対に幸せだ。


「この後は屋敷の中を案内してくれるんでしょう?」

「うん。全部回る予定だけど、特に見たい場所はある?」

「そうね……神獣様がいる場所は気になってるわ。それからやっぱりレオンの部屋かしら。後は食堂も。それから庭園ね」

「了解。じゃあそこを重点的に案内するよ」


 それからは少しだけお茶を飲みながら休憩したら、さっそくマルティーヌを案内するために応接室を出た。マルティーヌは夕食前までには王宮に戻らなくてはいけないので、そんなに時間がないのだ。


「まずはさっきも通ったけど屋敷のエントランスから。ここはかなり広い作りにしてあるんだ。ファブリスにも余裕があるように。基本的にはこの屋敷に狭い場所はないようにしてあるよ」

「確かに神獣様は狭ければ不便よね」


 マルティーヌはエントランスをぐるりと見回して、満足そうに頷いた。その様子を見て、傍らに控えていたアルノルが少しだけ口角を上げたのが見える。


「とても良い使用人を雇っているのね」

「うん、皆とても頼りになるよ。マルティーヌ、紹介してなかったけどそこに控えてるのが執事のアルノルだよ」

「あら、そうなの?」

「アルノルと申します。よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくね。とても素敵なお屋敷だわ」

「お褒めいただき光栄でございます」


 マルティーヌにこんなに褒められてるし、使用人の皆には褒美をあげないと。給金の上乗せが良いか現物が良いか、ロジェに相談しよう。


「マルティーヌ、次に行こうか」


 次に俺達が向かったのは、パーティーなどを開く時に使うホールだ。まだ一度も使ったことはないけど、毎日綺麗に掃除してくれているのでピカピカに輝いている。


「素敵な内装ね」

「ホールは来客を呼ぶところだから、凝った内装にしたんだ」


 この屋敷は基本的に俺達家族が住みやすいようにと、できる限り派手にならないようにしてるんだけど、エントランスとかこのホールとか、お客さんが入るところは煌びやかにしている。

 唯一の大公家として、公爵家よりも豪華だというのが一目で分かるようになってるので、俺にとっては落ち着かないんだけど、王宮で暮らすマルティーヌにとっては慣れた光景だろう。


「結婚披露宴はここで開くことになるのよね」

「そうなる……のかな? 王宮の可能性もあるかなって思ってたんだけど」

「王宮でもパーティーを開くかもしれないけれど、最初の披露宴はここになると思うわ。……今から楽しみね」


 そう言って微笑んだマルティーヌは凄く可愛くて、俺は自分の頬が緩むのを感じた。


「皆に楽しんでもらえるものにしたいよね。その時のためにも、最高のスイーツをヨアンに作ってもらわないと」

「それは素敵ね!」


 ウェディングケーキはこの世界にない概念だけど、俺達の披露宴で初めてお披露目するのもありかなと思ってるのだ。俺のイメージではウェディングケーキって、三段以上のかなり大きなもので果物やお花で華やかに飾られてる感じなんだけど、絶対に貴族社会で受けると思う。

 もう少し先の話になるけど、ヨアンに相談しようかな。



 それからも俺の部屋やマルティーヌがこの屋敷に越してきたら住む予定の部屋、それから食堂やいくつかある応接室を案内し、屋敷の中では最後となる、俺達の家族専用の厨房へとやってきた。


 ロジェが厨房のドアを叩くと、中から父さんの緊張した声が聞こえてくる。マルティーヌには厨房を案内するとしか言ってないので、中から父さんの声が聞こえてきて少し不思議そうだ。

 俺はそんなマルティーヌに視線を向けて笑いかけ、ロジェにドアを開けるようお願いした。

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