第435話 特別なミルクレープでお茶会

 綺麗に整えられた庭園を楽しみながら歩みを進め、お茶会の準備が整えられた東屋にやってきた。俺達がテーブルにつくとすぐに淹れたてのお茶が供されて、まずはクッキーなど食べやすいスイーツが置かれる。


「このクッキーは新作なんだ。食べてみて」


 二人だけのお茶会で形式を守る必要はないので、気楽に話を続けながらクッキーを勧めた。するとマルティーヌは不思議そうな表情でクッキーを一枚手に取る。


「黒っぽいソースが掛かってるのかしら?」

「うん。実はそれがチョコレートなんだ」

「え、チョコレートが完成したの!?」

「まだ完成には時間が掛かるんだけど、とりあえずそこそこ美味しく食べられるようにはなったよ。だからマルティーヌにも食べてもらおうと思って、今日はこれを準備してもらったんだ」


 苦くて人を選ぶチョコレートだけど、溶かしてクッキーに掛けるとクッキーの甘さとマッチして美味しいのだ。これなら苦いものが苦手なマルティーヌでも美味しく食べられると思う。


「ありがとう。チョコレートの完成はずっと楽しみにしていたの。……今まで嗅いだことがない香りね」

「コーヒーと同じで初めての人には独特かもしれないけど、味は美味しいと思うよ」

「いただくわ」


 マルティーヌはクッキーに掛けられたチョコレートを様々な角度から観察して、しばらくしてから恐る恐る口に運んだ。そして数回咀嚼すると……瞳を見開いて驚きをあらわにする。


「これ、とても美味しいわね」

「気に入った?」

「ええ、私は好きよ。何て表現すれば良いのか難しいけれど……パリッとした食感と鼻に抜ける独特な香り。それからしつこいとまでは言わないけれど、口の中に残る独特な風味。癖になる味ね」

「気に入ってもらえて良かった。苦味はどう?」


 俺のその質問を受けてもう一枚クッキーを口に運んだマルティーヌは、難しい表情でゆっくりと咀嚼していく。


「そうね……少し苦味はあるけれど、私はそこまで気にならないわ。ただもう少し甘い方がもっと美味しいかもとは思うわね」

「やっぱりそうだよね。俺ももう少し甘い方が良いかなと思って、ヨアンに開発してもらってるんだ。これはクッキーに掛けてるから良いんだけど、チョコレートだけで食べようと思うとかなり苦味を感じたから」


 そんな会話をしている間にも、マルティーヌはまたクッキーに手を伸ばした。このペースで食べてるのは、かなり気に入ってる証拠だろう。マルティーヌはチョコレートケーキとか作ったら、めちゃくちゃ喜ぶかもしれない。


 俺はチョコレートケーキを頬張って瞳を輝かせるマルティーヌを思い浮かべ、幸せな気分に浸った。ヨアンにはチョコレートの開発を最優先でやってもらおうかな。


「レオンは午前中に平民街の降誕祭へ行ったのよね?」

「うん。家族皆と行ってきたよ」

「どうだった? 賑わってたかしら」

「もう凄かったよ。屋台がたくさん出てて広場には人がごった返してた。それに教会も凄い人で、礼拝するにはしばらく並ばないと教会内部にも入れなかったんだ」

「そうなのね。それは凄いわ」


 今年が初開催のお祭りとは思えない賑わいだった。やっぱり事前にクレープを広めるために各地で屋台を開いてもらったりして、降誕祭というお祭りの普及に力を入れたからだろう。ミシュリーヌ様には何かご褒美をもらいたいぐらいだ。


「屋台に売ってたクレープをいくつか買ってきたけど食べてみる?」

「本当! 食べてみたいわ!」

「じゃあいくつか出すね」


 アイテムボックスから卵焼きクレープとステーキクレープ、それからトマトソースパンクレープの三つを取り出して、ロジェに一口分だけ切り分けてもらった。

 マルティーヌはその三つを興味津々な様子で見つめ、フォークを使って優雅に口に入れる。まず食べたのはトマトソースパンクレープだ。


「美味しい……けど、クレープの皮がいらないかしら?」

「ははっ、やっぱりそう思うよね。俺達もそれはトマトソースパンで良いかなって感想だったよ。でもクレープの生地で包むことで持ち運びはし易くなるし、手も汚れなくなるからありと言えばありかな」

「確かにそうね。クレープは平民の間では、その食べやすさも人気のポイントなのよね?」

「うん。歩いて食べやすいっていうのは屋台の料理で重要だから」


 それからマルティーヌはステーキクレープと卵焼きクレープも食べたけど、どちらも微妙な表情をしていた。ただ味は微妙だけど、面白いクレープを食べて楽しそうではあったから、お祭りで売る料理として数年ぐらいはこれらも正解なのかもしれない。


「美味しいクレープが食べたくなっちゃったわ」

「分かる。自分で言うのも微妙だけど、やっぱり俺が最初に作ったクレープが美味しいよね」

「あれは絶品よ」

「今それを出すこともできるんだけど……マルティーヌはまだお腹空いてる?」

「いえ、結構食べてるから空いてはいないけど」

「じゃあ今日はクレープは我慢して、これを食べない? 降誕祭用の特別なミルクレープなんだ」


 このお茶会のためにヨアンに準備してもらっていたミルクレープをアイテムボックスから取り出すと、マルティーヌは瞳を輝かせて両手を合わせた。


「凄いわね! 美味しそうだけど、綺麗で壊したくない芸術だわ」

「それを聞いたらヨアンが喜ぶよ」

「切り分けてしまうのが本当にもったいないわ……」

「でもこれ、切り分けても綺麗になるように計算されて盛り付けられてるんだ。あと断面も凄く綺麗だよ」


 俺のその言葉を聞いてさらに瞳を輝かせたマルティーヌを見て、俺はロジェにミルクレープの切り分けを頼んだ。ロジェの無駄のない手つきで切り分けられたミルクレープは、やはりまだ芸術のように綺麗だ。


「本当に凄い、感動するわね」

「食べてみて。味も美味しいよ」

「ええ、いただくわ」


 ミルクレープに恐る恐るフォークを入れて、ゆっくりと口に運んだマルティーヌは……幸せそうに顔を綻ばせた。俺もそんなマルティーヌの表情が見ることができて、自然と笑顔になる。


「本当に美味しいわ。凄く素敵なスイーツね。この下の層は……タルト生地かしら? とても良いアクセントになってるわね」

「ヨアンがこだわりだって言ってたよ。あとそのタルト生地の上にカスタードクリームの層もあるんだって」

「確かに……感じるわね。これもよりミルクレープを引き立てているのね。果物の酸味とソースの甘みも絶妙に合っているし、いくらでも食べられそうだわ」


 マルティーヌはそう言って、もう一口ミルクレープを口にした。そしてそれからは俺も一緒にミルクレープを堪能し、美味しくて幸せで、最高に楽しいお茶会の時間は過ぎていった。

 またマルティーヌを屋敷に呼んでお茶会をやろう。俺は心の中でそう決めて、美味しいフルーツティーを口に含んだ。




〜お知らせ〜

転生したら平民でした。〜生活水準に耐えられないので貴族を目指します〜

書籍3巻が12/28に発売となります!

近況ノートの方に書影を載せておきますので、ぜひ見てみて下さい!

今回もとっても素敵な表紙で、密かに人気のあの女の子が表紙を飾っています。


書籍の3巻はweb版とはかなり流れが変わっていて、相当な加筆修正をしております。オリジナルストーリーも追加され、web版が既読の方にも楽しんでいただけると思いますので、ご購入いただけたら嬉しいです!

今回の書き下ろし番外編はロニー視点となっていますので、そちらもお楽しみ下さい!

ちなみに本編では、ミシュリーヌ様が大活躍するかもしれません。


すでに予約が開始されていますので、ぜひ予約の方もよろしくお願いいたします。

もし書籍版の購入を今まで迷っておられた方がいましたら、3巻発売のこの機会にまとめて楽しんでいただけたら嬉しいです。レオン達の物語をより深く堪能していただけると思います!



いつも応援ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


蒼井美紗

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