第430話 個性的なクレープ
ベンチに座ってまずは皆でクレープの香りを嗅いでみると、かなり美味しそうなトマトソースの匂いを感じることができた。少なくともソースが微妙で美味しくないってことはなさそうだ。
「マリーからどうぞ」
いろんな種類を食べるためにも皆で分けて食べるけど、まずはマリーからということでそう声をかけると、マリーは嬉しそうな笑みを浮かべてクレープにかぶりつく。
「うーん、美味しい! けど、ちょっと微妙?」
マリーはもぐもぐと咀嚼しつつ、そう言って首を傾げた。美味しいけど微妙ってどういうことだろう。
「俺も食べて良い?」
「もちろん良いよ」
「ありがとう」
マリーからクレープを受け取って食べてみると……マリーの言っていることが理解できた。確かに美味しいのだ。トマトソースは美味しいし、それが染みて柔らかくなったパンも美味しい。しかしそれをクレープで包んでいるのが微妙だ。
これを言ったら元も子もないけど、クレープの皮で包まない方が美味しいと思う。それはもうただのトマトソースに浸けたパンだけど。
「父さんと母さんも食べてみて」
「分かったわ。……確かに、微妙ね」
「なんだろう、食感が合わないのかな。せっかくのジュワッとトマトソースが溢れ出すパンの食感が、クレープの皮に邪魔されているというか……」
これは全員に不評みたいだ。ただ食べられないものではないし、面白い組み合わせではある。こういう微妙な組み合わせの積み重ねで最高のクレープが出来上がったりするんだろうから、こういうのも重要だよね。
「じゃあ次に行こうか。次はあそこのクレープが気になってるんだけど、買ってみても良い?」
「どれかしら……あのステーキクレープってやつ?」
「そう! 味の想像はできるけど食べてみたくない?」
俺のその言葉に母さんと父さんは苦笑しつつベンチから立ち上がってくれた。マリーはかなり乗り気だ。
「ステーキなんて豪華だね!」
「降誕祭だからこそ売れるんだろうね」
値段は周りで売っている他のクレープよりも高いのに、さっきから絶え間なくお客さんがいるのだ。イベントの時に財布の紐が緩むのはどの世界でも同じだな。
「いらっしゃい!」
「ステーキクレープを一つ」
「はいよ」
ちょうどお客さんが途切れたタイミングだったので、すぐに注文することができた。ステーキは注文してから焼いてくれるようで、鉄板に乗せられた牛肉がジュウジュウと音を立てている。めちゃくちゃ美味しそうだな……これをクレープで包むだけなら、不味くなりようがない。
「熱いから気をつけてな」
数分でステーキが焼けて、一口サイズに切り分けられたステーキがたくさん詰まったクレープを渡された。野菜などは一切入っていなく、ステーキオンリーだ。
「ありがと」
また空いているベンチに座って、今度は俺が一番に口にする。肉の主張が激しすぎるクレープにかぶりつくと……口の中にゴロッと大きなステーキ肉が入ってきて、噛めば噛むほどに旨味が溢れてとても美味しい。
……でも美味しいんだけど、これはクレープというよりもステーキだ。クレープの皮の存在感が薄すぎて、クレープを食べているという実感はほとんどない。
食べ歩きできるステーキという売り文句ならかなり売れそうだけど、クレープとしては微妙かな。
「このステーキ美味しいね!」
「本当ね。焼き加減が絶妙だわ」
「凄いな……この焼き加減を実現するのは意外と難しいんだけど」
三人の感想もクレープに対してではなく、ステーキに対してになっている。それほどにステーキが強いってことだろう。
「でも、お兄ちゃんのクレープの方が美味しいね」
「本当?」
マリーがポツリと呟いた言葉がとても嬉しいもので、俺は思わずマリーの顔を覗き込んだ。するとマリーは無邪気な笑みを浮かべて俺が作った豚肉サラダクレープを絶賛してくれる。
「あれは一個食べたらすぐに次を食べたくなるほど好きだよ。毎日食べたいぐらい!」
あのクレープをマリーがそんなに気に入ってくれていたとは。これからはもっと美味しいクレープを開発しよう。醤油を開発できたら照り焼きチキンのクレープとか、後はチーズを使ったクレープもありだよね。それから香辛料を使ってカレー味のクレープとか。
マリーに喜んでもらうためならなんでも開発できる気がする。やる気が出てきた……!
「レオン、次はあのクレープにしましょうか」
俺が拳を握りしめてクレープ開発に意欲を燃やしていたら、母さんが苦笑しつつまた別の屋台を指差した。次の屋台は……卵焼きクレープみたいだ。
「美味しそうだね」
「私も卵焼き食べたい!」
「じゃあ近くだし父さんが買ってくるよ。ちょっと待ってて」
それから俺達は卵焼きクレープと野菜炒めクレープ、それから木苺のジャムクレープを食べて、お腹が満たされたところで広場を後にして教会へ向かうことにした。
ちなみにその三つのクレープはどれも美味しかった。ただやっぱりクレープにする必要はあるのかっていう点では疑問の味で、卵焼きクレープは確実に卵焼きだけの方が美味しいだろうなって味だったし、野菜炒めも甘いクレープの生地よりも普通のパンの方が合いそうだった。
唯一木苺のジャムクレープは美味しかったけど、砂糖をたくさん使った甘いスイーツを食べ慣れている俺達には酸味が強すぎて、食べ進めるのには少し苦労した。
「うわ、凄い混んでる」
教会に到着すると、すぐには中に入れないほど人がたくさん集まっていた。教会の中から外にまで、何十人もの人達が列を作って礼拝の順番を待っているのだ。教会の前にある細い通りには、礼拝の順番を待つ人達に対してなのだろう、屋台がいくつも立ち並んでいる。
「本当だね。ここに並ぶの?」
「時間がかかりそうね……」
王都にある教会の全てがこの状況なら、ミシュリーヌ様の神力の増加率は凄いだろうな……降誕祭は大成功だ。俺は目の前の賑わう光景を見て、無意識に口角が上がった。
これからはミシュリーヌ様がスイーツに神力を消費しても、それが気にならないほどに神力が回復していくかもしれない。これでこの世界が滅ぶ可能性はかなり減っただろう。本当に良かった。
〜お知らせ〜
本日私が連載している別の小説「神に転生した少年がもふもふと異世界を旅します」の書籍第一巻が発売となりました。
それに伴い近況ノートにSSを書いたのですが、そこにレオンとファブリスも出ているので、もしよろしければ覗いてみてください。
実はどちらの物語にも違ったタイプのもふもふがいて、いつか二匹? 二柱? を出会わせてみたい! と思っていました。それを今回このタイミングで実現させてしまいましたので、読んでいただけたら嬉しいです。
もふもふ品評会というタイトルのちょっとふざけたゆる〜い話なのですが、気軽に楽しく読んでいただけると思います!
また、転生したら平民でした。の書籍3巻もかなり完成に近づいてきております。web版からはかなりパワーアップしていますので、楽しみにしていただけたら嬉しいです!
いつも応援ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
蒼井美紗
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