第419話 スイーツの試食

 一時間ほどロジェとローランと話をしながらのんびり過ごしていると、厨房の中に香ばしい良い香りが漂ってきた。ヨアンがオーブンで何かを焼いているようだ。


「良い香りだね」

「本当ですね……お腹が空いてきました」

「レオン様の護衛になり、すっかり甘いものが好きになってしまいました。幸せの香りですね……」


 三人で良い香りを堪能していると、大きな皿にたくさんのスイーツを載せたヨアンがテーブルに戻ってくる。


「お待たせいたしました。こちらがレオン様から助言いただいた、クレープのリンゴ入りシナモンです。カスタードも入っています。それからこちらはシュークリームで、シュークリームの皮部分にシナモンをかけ、中のカスタードにも少しシナモンを入れてあります。それからこちらがコーヒーを入れて作ってみたシフォンケーキです」


 めちゃくちゃ美味しそう……!! どれもこれも食欲を刺激する最高の匂いを発してるし、見た目も良い。さすがヨアンだ。


「凄く美味しそうだよ。さっそくいただくね」

「ぜひ召し上がってみてください。ロジェさんとローランさんもどうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

「いただきます。美味しそうですね」


 ヨアンが持ってきたお皿にロジェが素早く取り分けてくれたので、俺はカトラリーを受け取って目の前に給仕されたお皿に向き合った。ロジェはさすがの早業だ。


 まずはクレープからいくかな。焼きたてで温かそうなクレープの皮にナイフを入れると、中からたくさんのカスタードクリームと焼かれたリンゴが出てくる。さらにシナモンの香りも結構強く香っている。


「え、めっちゃ美味しい」


 一口食べて、思わずそう呟いてしまった。これは美味しすぎる、シナモンってこんなに美味しかったっけ……カスタードにもリンゴにも合いすぎている。


「良かったです。私も先ほど味見をしたのですが、シナモンはかなり可能性のある食材だと思います」

「……美味しいですね」


 ロジェが珍しく瞳を見開いてクレープを咀嚼している。ローランは満面の笑みで無言で食べ進めているようだ。


「お店でも使えそうかな」

「はい。まだまだ改良が必要ですが、これはクレープの新メニューとして売りに出せると思います」


 そうなるとシナモンがたくさん必要になるな。これからさまざまな香辛料を輸入するけど、シナモンは多めに輸入しておこう。


「シュークリームもいただくね」


 俺はピュリフィケイションで両手を綺麗にし、素手で掴んでシュークリームを口に運んだ。ロジェには微妙な表情を向けられているけど、ここには体面を気にしなければいけない人はいないから良いのだ。

 やっぱりシュークリームは手掴みだよね……ナイフとフォークでは食べ辛すぎる。だからシュガニスでは、シュークリームはあまり人気がないらしいのだ。


 平民向けのお店を開いたら、その時はシュークリームが大人気になると思う。これは素手でかぶりついてこそ美味しいから。


「これ、凄く美味しい。普通のやつより好きかも」

「やはりそう思われますか? 私も同じ意見です」


 ヨアンはそう言いながら、自分用に持ってきていたシュークリームを一口食べた。そして幸せそうに頬を緩める。シュガニスでは人気がないけれど、ヨアンはシュークリームが好きなのだ。俺も好きなので二人でよく食べている。


「シナモンってカスタードに合うんだね」

「はい。カスタードの美味しさを引き立ててくれる気がします」

「ロジェとヨアンはどう?」

「美味しいですが……やはりシュークリームは食べ辛さが気になってしまいます」

「私も美味しいと思うのですが、リンゴ入りのクレープの方がより美味しいと感じました」


 やっぱりシュークリームはあんまり人気がないな。まあ二人はナイフとフォークで食べてるから、それも仕方がないのかもしれないけど。

 シュークリームをナイフで切り分けようとすると、潰れてカスタードが飛び出してしまって、どうしても美味しさは半減するのだ。


「手掴みで食べたらもっと美味しいと思うんだけどね」

「……それは、やはり抵抗感が強いと言いますか。前に一度やってみたのですが、手掴みで食べているという方が気になってしまい、味に集中できなかったのです」


 これは文化の違いだよな……この国の貴族社会では手を汚すというのをかなり嫌うのだ。だからクッキーもできる限り手に粉がつかないものが好まれるし、パンも同様だ。

 サンドウィッチだって手が汚れる可能性が高いからと、ナイフとフォークで食べるのが一般的なのだ。


 そんな国でカスタードが手にべったりと付く可能性のあるシュークリームは、手掴みで食べるのに抵抗感が強くなってしまうらしい。

 貴族向けに売る時には、その辺の文化の違いも意識して料理を開発しないといけないのが大変だ。


 今度お米を広めるために何か料理を作る予定だけど、おにぎりだけは難しいと思っている。海苔も作って巻いたとしても、海苔って割と手に付くイメージだし、何よりもおにぎりはよほど強く握らないと途中で割れて溢れたりするから、それがかなりのマイナス要素になってしまう。

 おにぎりを広めるなら平民向けになるかな。


「次はコーヒー入りの方を食べてみようか。多分ロジェはこれが一番好きなんじゃないかな」


 俺はおにぎりから思考を戻して、目の前のスイーツに集中することにした。コーヒーにハマっているロジェは、俺のその言葉に少しだけ瞳を輝かせる。俺はそんなロジェに苦笑しつつ、皆が手を出しやすいように、シフォンケーキを口に入れた。


「……これ美味しいかも」


 ふわふわで甘いシフォンケーキの中に、コーヒーの苦味と風味がしっかりと存在している。甘いものがそこまで得意じゃない人には凄く喜ばれるだろう。シュガニスには付き添いできた甘いものが得意でないお客さんもいるから、そういう人に勧めたら喜んでくれそうだ。


「本当ですね! コーヒーの風味が素晴らしいです!」

「ははっ、ロジェは本当にコーヒーが好きだよね」


 ロジェは甘いスイーツが好きだから、苦いコーヒーにはハマらないかと思っていたのに、全くの予想外だった。まあこの二つは合うから、そういう人も結構いるのかもしれないけど。


「コーヒーとは本当に素晴らしいです。スイーツを何倍も美味しくしています」

「私もそう思います! しかしこのシフォンケーキはまだ納得できていません。もう少し……甘みを足した方が良いかもしれません」

「確かにね。蜂蜜とか加えたら美味しいかも」


 俺が何気なくそう告げると、ヨアンがその言葉に食いついた。


「レオン様、素晴らしいご提案です! 早急に蜂蜜を加えて作ってみます。コーヒー特有の苦味がどうしても前面に出てしまうのが気になっていたのですが、蜂蜜でそれをまろやかにできるかもしれません」


 そこまで深くは考えてなかったけど、確かにそう言われると蜂蜜は合うのかもしれない。苦いのが苦手な人には蜂蜜入りにすると良いのかも。


「楽しみにしてるよ」

「かしこまりました!」

「でもまずは降誕祭のミルクレープをよろしくね。あとはチョコレートも楽しみにしてるよ」


 俺のその言葉にヨアンが楽しげな表情で頷いて、急遽行われたスイーツ試食会は終わりとなった。

 ミシュリーヌ様は神界で見てたかな……もし見てたら、シナモンスイーツとコーヒー入りのスイーツを食べまくってそうだ。俺はそんなミシュリーヌ様の様子を思い浮かべて、苦笑を浮かべつつ厨房を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る