第420話 おじいちゃんと孫
「お兄ちゃん、今日は何をするの?」
今は家族皆と美味しい朝食を食べているところだ。俺が帰ってきてからも忙しく動き回っているので、マリーは少し寂しいのかそんなことを聞いてきた。
マリーが寂しがってくれるなんて……嬉しすぎる!!
寂しがってるんじゃなくてただ予定を聞いてるだけかもしれないけど、別に表情と声音は寂しそうに見えないけど……多分寂しがってるはずだ、多分。
「今日はマルセルさんのところに行くんだ。お土産を渡しに行こうと思って」
「マルセルおじいちゃんのところ! 私も一緒に行って良い?」
「え、本当に!? ダメなんて言うわけないよ。一緒に行こうか」
俺が食い気味でそう返事をすると、マリーは満面の笑みで頷いてくれた。やっぱりマリーは天使だ。ミシュリーヌ様じゃなくてマリーの方が女神だよ。
「ファブリスも一緒に行く?」
『いや、我は屋敷でのんびりとしている。マルセルとはあの老人だろう? あの工房は狭いからな』
「そっか。じゃあお留守番よろしくね!」
『うむ、了解した』
ファブリスはマリーに満面の笑みを向けられて、俺には見せない満更でもない表情を浮かべている。やっぱりファブリスが最大のライバルだな……
「レオン、マルセルさんによろしく伝えてね」
「手土産に餃子を持っていってくれるかい?」
「もちろん。マルセルさんは餃子を食べたことあるの?」
「ええ、食堂に行く時に工房にお邪魔しているし、マルセルさんも食堂に顔を出してくれるのよ」
そういえば食堂は、マルセルさんの工房と道を挟んで隣だったな。今思えばあの配置は大正解だった。
「マルセルおじいちゃんは餃子が大好きなんだよ!」
「そうなんだ。じゃあ一緒に持って行こうか」
「うん!」
そうして賑やかな朝食を終えた俺とマリーは、少しだけ食休みをしてから馬車に乗ってマルセルさんの家に向かった。マリーと二人で出かけるのはかなり久しぶりだ。
工房の前に馬車が止まると、マルセルさんは音で誰が来たのか分かったのか、扉を開けて俺達を出迎えてくれる。
「レオン、無事に帰ってきて良かったわい。それにマリーちゃんもよく来たな」
「マルセルおじいちゃん、久しぶりー!」
「無事に帰ってきました」
マルセルさんは駆け寄ったマリーを優しい表情で迎えて、俺にも同じ表情を向けてくれる。なんかマルセルさんに会うと落ち着くんだよね……
「中へ入るじゃろう?」
「もちろん! お兄ちゃんのお土産がたくさんあるよ!」
「ほう、それは楽しみじゃ」
マルセルさんとマリーが並んで工房の奥に入っていくのを見届けて、俺も後を追った。ロジェとローラン、マリーのメイドさんと護衛のニコールも一緒だ。
「まだ朝食からあまり時間が経っていないので、食べ物以外から出しますね。まずはこれです」
「ほぅ、とても綺麗な布じゃな……ラースラシア王国にはあまりないほど刺繍がされておる」
「ヴァロワ王国は暑い国だからか、重ね着をして豪華さを示すことが難しいため、刺繍の文化がラースラシア王国よりも広がったのだと思います」
俺が説明をしながら布を広げていくと、マリーが嬉しそうに一つの布を手に取った。
「これ、私のお洋服と同じ柄だよ!」
「そうなのか?」
「うん! お兄ちゃん、私のお洋服って持ってきてる?」
「持ってきてないけど……すぐ取りに戻るよ」
マリーがキラキラと輝く瞳で見つめてくるので、持っていないとだけ言うことはできなかった。マルセルさんにヴァロワ王国のドレスを着た姿を見せたいのだろう。
俺はマリーのメイドさんを連れてマリーの部屋に直接転移し、数分でメイドさんを二人増やして工房に戻った。
本当に転移って便利だよな……どこに行くのにも転移を使うのは面白くないから、普段は馬車を使うようにしてるけど、やっぱりこういう時には便利さを実感する。
「あれ、皆来たんだ」
「マリー様がこちらをお召しになりたいとのことでしたので、参りました」
「ありがとう。マルセルおじいちゃんに見せたいの!」
「かしこまりました。マルセル様、お部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃ」
マルセルさんは少し苦笑を浮かべつつ、メイドさん達に頷いた。マリーは満面の笑みで三人を連れて部屋を出ていく。マリーもメイドさんがいる生活に完全に慣れたな。
「マルセルさんも是非この布で服を作ってください。シャツにするのがおすすめです」
「ああ、もちろんじゃ。マリーちゃんとお揃いになるな」
確かにペアルックだ。いや、マリーと同じ柄の刺繍が施されたシャツなら俺も買ったから、三人でお揃いだ。
同じ服を着て三人で歩いていたら、もう完全に祖父と孫にしか見えないんだろうな……俺はそんな場面を想像して思わず頬が緩むのを感じた。今度皆でお揃いの服を着て、シュガニスに行ったら楽しいかも。
「マリーが戻ってくるまで、他のお土産を渡しますね」
マリーはコーヒーがそこまで好きではないみたいだったので、この隙に渡してしまうことにした。多分マルセルさんはコーヒーにハマると思うんだよね。スイーツも結構好きみたいだし。
「これなんですけど、コーヒーって言います」
「凄い香りがするな……粉か?」
「はい。この粉から成分を抽出して飲み物にするんです。今から淹れてもらいますね。ロジェ、お願い」
「かしこまりました」
ロジェは僅かに口元を緩めて、楽しげな様子でコーヒーを淹れ始めた。洗練された優雅な手つきで、見ているだけで楽しめるほどだ。
ロジェは本当にコーヒーにハマったみたいだな……趣味があんまりないとか言ってたし、こうしてハマれるものがあって良かった。
「おおっ、香りがより強くなったな。今までに嗅いだことのない独特な香りだが、不思議と嫌ではない」
「コーヒーはこのまま飲むのをブラックコーヒーというのですが、それだと苦くて癖が強いので、砂糖や牛乳を混ぜて飲むのが一般的です。まずはブラックで飲んでみて、マルセルさんの好みで牛乳や砂糖を足してみてください。さらにスイーツと食べると合いますので、小さめのケーキを出しますね」
アイテムボックスに数えきれないほど入っているケーキの中から、季節の果物が乗ったショートケーキを取り出した。見たら俺も食べたくなったので、ついでに俺の分も。
カチャっと僅かな陶器の音が聞こえ、マルセルさんの前に一杯のコーヒーが供された。ロジェは満足気に微笑んでいる。
「ありがとう。ではいただこう」
マルセルさんは恐る恐るコーヒーを手にし、近くで香りを嗅いでから少し口に含んだ。
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