第418話 ヨアンにお土産
「レオン様、お待たせいたしました」
そう言ったヨアンは顔に苦笑を浮かべている。しかし俺がヨアンの分の椅子も準備すると、躊躇いなくそこに座ってくれた。
「さっき作ってたのは降誕祭用のミルクレープ?」
「はい。しかしまだ完成はしていなくて、あと少し改良を加えようと思っています。数日以内に完成する予定ですので、その時には試食と評価をお願いしても良いでしょうか?」
「もちろん。楽しみにしてるよ」
俺から見たらさっき作ってたミルクレープは完璧に見えたけど、まだヨアンは納得できていないようだ。正直に言うとさっきのやつを食べたいけど……ここは我慢して完成品を待つことにしよう。
「今日ここに来た理由なんだけど、ヴァロワ王国のお土産を持って来たんだ。まあお土産というか……新しくスイーツに使えそうな植物なんだけど」
俺がそう言いながらテーブルの上にコーヒーの実、種、粉末にしたもの、そして淹れたコーヒーを取り出して並べると、ヨアンの瞳がキラキラと輝いた。
「初めて見る植物です!」
「コーヒーって言うんだ。この実から取り出した種を乾燥、焙煎して粉末状にして、熱湯で抽出したのがこのカップに入ってるコーヒーだよ。苦いんだけど少し飲んでみてくれる?」
「かしこまりました」
ヨアンは真剣な表情でカップを手に持つと、しばらく匂いを嗅いだり見た目を確かめたりしてから、少しだけ口に含んだ。
「……確かに苦いですね。独特な香りと味です。こちらがスイーツに使えるのでしょうか?」
「うん。次はそのコーヒーに牛乳を入れて飲んでみて。その次は砂糖も入れてみて欲しい」
「牛乳と砂糖ですね。かしこまりました」
ヨアンは立ち上がると棚からカップをいくつも持って来て、それらにコーヒーを少しずつ注いだ。そして冷蔵庫から牛乳を持ってくると、三つのカップにそれぞれ量を変えて注ぐ。分量を変えて味を確かめてみるみたいだ。
「……おおっ、牛乳と合いますね。少しでもコクが出て美味しいのですが、たくさん入れるとほのかな甘味を感じられて好きです」
「そうなんだよね。俺も牛乳をたくさん入れたものが一番好きかな」
「では次は砂糖を入れてみます」
砂糖は牛乳で割られた三種類のコーヒーの他に、ブラックコーヒーにも入れられた。そういえばブラックに砂糖だけを入れる人も……少ないけどいた気がするな。今まで試してなかった。
「砂糖は少量でも甘さが際立ちますね……また違った味わいになります。牛乳と共に入れた方が合う気がしますが、コーヒーに砂糖だけを入れるのも面白いです」
そうしてヨアンは一通りコーヒーを飲むと、最後に多めの牛乳を入れたコーヒーを手にした。それが一番気に入ったのかもしれない。
「コーヒーについてどう思う?」
「とても面白いと思います。このような素敵なお土産をいただけて光栄です。本当にありがとうございます」
「気に入ってもらえて良かったよ」
「それでこのコーヒーを、スイーツに使うのですね」
「うん。クッキーに練り込んだり、ケーキの生地に入れたり、生クリームに混ぜてみたり、色々と使えると思うんだ。時間がある時で良いから試してもらえないかな?」
俺のその問いかけに、ヨアンは食い気味で頷いた。
「もちろんです! 必ず美味しいコーヒーのスイーツを作ってみせます!」
「他にも仕事があるだろうから、無理せずにね」
この様子ならコーヒーのスイーツは早くに完成しそうだ。チョコレートとは違って、比較的そのまま使えるし開発しやすいだろう。
コーヒー味のケーキとかって美味しいんだよね……楽しみだ。
「じゃあコーヒーはこのぐらいにして、他のお土産も出すね」
「他にもあるのですか!」
「うん。ヨアンにとってはコーヒーほどに重要なものではないと思うけど」
俺がアイテムボックスから出したのは、いくつかの香辛料だ。香辛料って基本的には料理に使うものだけど、スイーツにも使えるんじゃないかと思ってヨアンにも渡すことにした。特にこれ、シナモンがあったのだ。
「不思議な香りがするものばかりですね……」
「そこにある筒状の不思議な形のやつがあるでしょ? それシナモンって言うんだけど、パンやスイーツに合うと思うんだ。例えばパンに溶かした砂糖をかけて、さらにシナモンで香り付けしたりとか。あとは……熱したリンゴにも合うと思う」
俺のその言葉を聞いて、ヨアンはやる気を滾らせたのかガタンっと音を立てて立ち上がる。
「レオン様! リンゴをお持ちでないですか?」
「もちろん持ってるよ」
苦笑しつつ答えると、ヨアンに良い笑顔で一つくださいと言われたのでリンゴを渡す。
「ヨアン、クレープの中身にシナモンで味をつけて焼いたリンゴとか合うと思うよ。それに生クリームも入れたらもっと美味しいかも。いや、カスタードクリームの方が合うかな」
「リンゴにシナモン、さらにカスタードですね。今作ってみても良いでしょうか?」
「もちろん。楽しみにしてるよ」
俺が思いつきで話したレシピをすぐに作ってくれるようで、ヨアンは楽しそうにリンゴの皮を剥いて小麦粉や卵を冷蔵庫から出している。
こうしてすぐにスイーツを作ってもらえて食べられるなんて、最高の立場だよな……
「レオン様、こちらのシナモンは基本的に粉状にして使うのでしょうか?」
「そうだね。でもさっき飲んだコーヒーやお茶を、スティックのまま混ぜるっていう使い方もあるよ。それで混ぜることで香りがつくんだ。ただスイーツに使う時は基本的に粉末状にしてからかな」
「かしこまりました」
ヨアンがシナモンを砕き始めると、俺がいるところにまで微かに香りが漂ってきた。さらにヨアンはコーヒーも使ってみるようで、コーヒーの香りまでやって来る。
ふぅ……幸せな空間すぎる。コーヒーやシナモンの香りがすると、お洒落な日本のカフェにいるような錯覚に陥る。ついにはこの世界でもこの香りが楽しめるようになったのか。
やっぱりコーヒーって良い、なんだか落ち着く。別にコーヒーが好きなわけじゃないんだけど、コーヒーの香りは凄く好きだ。
「レオン様、本日はどれほどお時間がございますか?」
「今日は他に予定がないから、夕食の時間までは大丈夫だよ。だから急がなくて良いからね」
「かしこまりました。ありがとうございます」
スイーツができるまではのんびりと過ごすことにしよう。ヴァロワ王国に行って帰ってきてからも忙しく動き回ってたから、たまにはこういう時間も良いだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます