第417話 香辛料とコーヒー
「そのままだと味が分かりやすいですが、これが美味しいかと言われると……微妙な気がします。いくつかを混ぜただけでなぜここまで美味しくなるのか、不思議ですね」
意外にもそこまで刺激が強いわけではないようで、ジェロムは普通に感想を述べている。そんなジェロムの様子に気になって俺も香辛料を少し舐めてみると……普通に味を楽しめた。
塩みたいなもので、少量なら美味しいのかもしれない。
「こちらの飲み物は……コーヒーでしたか?」
「うん。コーヒーの実の中にある種を粉状にして、その成分を抽出した飲み物なんだ。かなり独特な香りと味がして苦いから、まずは少量を飲んでみてくれる? 苦さが苦手だったら牛乳で割ったり砂糖を入れると美味しくなるよ」
ジェロムはその説明に少しだけ飲むのが怖くなったのか、恐る恐るカップを手に持ち香りを嗅いだ。そしてしばらくコーヒーを見つめてから、意を決したようにぐいっとブラックのコーヒーを口に含む。
「どう? やっぱり苦手?」
「……いえ、なんだかとてもクセになる味です」
ブラックでも大丈夫みたいだ。それどころか癖になると言いながら、飲み干す勢いで口にしている。
「ちょっと待って! 一応牛乳入りと砂糖入りも飲んでみてくれる?」
「……かしこまりました」
俺が止めなかったら確実に全部飲み干してたな。ジェロムは俺から牛乳を受け取り、少しだけ入れてかき混ぜてから、またカップを口に運んだ。そして首を傾げて、今度は砂糖を追加する。
そうして味を変えながらコーヒーを飲み終え……
「私は圧倒的にブラックが好きですね」
カップを置くとすぐにそう言い切った。やっぱり歳を重ねてる人は、ブラックコーヒーが好きな割合が高いのかもしれない。リシャール様もそうだったから。
「ブラックは苦くない?」
「この苦味がとても美味しいです。最初に口に入れた時には驚ましたが、飲めば飲むほど癖になると言いますか」
「そうなんだ……じゃあコーヒーの栽培も頼んで良いかな?」
「もちろんです! 私にお任せください」
ジェロムはやる気十分な様子で拳を握りしめて、最初に渡した苗や種に視線を向けている。この様子なら任せても大丈夫そうかな。
「カカオとコーヒー、それから各種香辛料。すべて我が国でも育てられるということを証明してみせます」
「ありがとう。頼もしいよ。じゃあ直ぐに温室の設置を依頼するから、設計士が来た時にまた話し合いをしようか」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
屋敷の庭に温室とか、なんだか夢があるな。設計上できればだけど、温室の中にも一部にお茶会をできるスペースを作りたい。そうすれば冬でも外でお茶会ができることになる。綺麗な花を植えたら、マルティーヌが喜んでくれるかな……
やばい、楽しくなってきた。温室を二つ作るのもありかもしれない。一つは作物の栽培用でもう一つは観賞用だ。設計士に色々と相談しよう。
「そういえばレオン様、レオン様が出かけられている間に米が大量に収穫できております。保管してありますがいかがいたしますか?」
「本当!? それはもらっていくよ」
米もこれからは大量に手に入るな。いくらでも米料理が食べ放題だ。香辛料を使ってカレーを作ってカレーライスを食べたいし、醤油や味噌を作って米と共に和食を作りたい。
そろそろ領地にも手を出す時期かな……米を大々的に育てるには領地でしか無理だし、醤油や味噌の開発も広い土地が必要だ。
ジェロムが育てるのに成功したら、ヴァロワ王国の植物も大きな温室を作って大々的に育てたい。
これから大きなイベントは降誕祭が終わればしばらくはないだろうし、降誕祭が終わってから領地経営にもついに手を出そうかな。
まずは領都にする街を決めてそこを発展させて、人を雇わないといけないし領民も募集しないとだ。さらに魔物の森への対処にも大公家として対峙しないといけない。そのためには大公家の私兵団も作りたいんだよね……まだまだ数が足りないな。
やりたいこと、やるべきことがたくさんあって大変だけど、ちょっとわくわくする。自分の好きなように街を作れるって、責任もあるけど絶対に楽しいだろう。
「レオン様、なんだか楽しそうですね」
「うん。これから大公家としていろんな事業をやるんだけど、それがどれも楽しみなんだ。ジェロムにも色々と手伝ってもらうから覚悟しといてね」
「ははっ、かしこまりました。そろそろ隠居かという歳ですが、長生きしなければいけませんね」
ジェロムはそう言って笑っているけど、まだまだ若く見える。確か歳は五十歳を超えてるんだけど、ガタイが良くて見た目は若々しく健康的だ。
それからはジェロムに米の保管場所まで案内してもらい、大量の米をすべてアイテムボックスに収納してから畑を後にした。ヴァロワ王国の作物がどこまで育つのか楽しみだ。
「ロジェ、次はヨアンのところに行くよ」
「かしこまりました」
ジェロムと別れて畑から屋敷に入り、ヨアン専用の厨房に向かった。中に入るとヨアンは降誕祭用のミルクレープを作っていたようで、真剣な表情で果物を盛り付けているところだった。
「ヨアン、今大丈夫?」
「……もう少しだけ進めて良いでしょうか?」
「もちろん。キリが良いところまでやってて良いよ」
ヨアンは俺の返答を聞くとすぐに作業を再開したので、俺はヨアンの作業を待つために、厨房の中に椅子を取り出してそこに座った。そしてクッキーも取り出して、お腹を満たしながら待つ。
厨房を見回すと目に入るのはミルクレープに関係するものばかりで、チョコレートに関しては影も形も見当たらない。さすがにまだ完成はしてないか。まあ急ぐことではないし、ゆっくり開発してくれれば良いんだけど。
「ロジェとローランも食べる?」
「ありがとうございます」
「いただきます」
最近二人はこういう声掛けに、素直に答えてくれるようになったのだ。前は遠慮して食べてくれることはなかったけど、最近は三割ぐらいの確率で受け取ってくれる。
周りに誰がいるのかやその後の予定によるみたいなんだけど、なんにせよ一緒に美味しいものを共有できるのは嬉しい。
「飲み物も飲もうか」
そうして俺達が机も設置して飲み物とクッキー、さらにケーキまで取り出してお茶を楽しんでいたところに、やっと作業が終わったらしいヨアンがやって来た。
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