第416話 ジェロムに相談
次の日の朝。俺は遠征の疲れからか昼頃までぐっすりと眠り、昼食の一時間前にやっとベッドから出た。さすがに子供の体で長期間の旅はキツいみたいだ……マルティーヌもちゃんと休んでるかな。
「レオン様、おはようございます」
「ふわぁ〜、ロジェ、おはよ」
「まだ眠られますか?」
「ううん。さすがに寝過ぎたからもう起きるよ」
ロジェが用意してくれた桶を使って顔を洗い、服を着替えた頃にはさすがに目も覚めた。今日はジェロムとヨアン、あとマルセルさんのところに行きたかったんだけど、寝過ぎたから全員を回るのは難しいかな。
マルセルさんのところには明日行くことにして、今日は屋敷にいる二人のところを回るか。
「昼食まで少し時間がありますが、昼食のお時間を早めますか?」
「そうだね、できるのなら早めてくれるとありがたいかな。お腹空いちゃったし」
「かしこまりました」
それからエミールがいつもより三十分早い時間に昼食を手配してくれて、一緒に時間を早めた家族皆と楽しく昼食を済ませた。そして食休みをして、やってきたのは裏庭の畑だ。
「ジェロム、久しぶり」
「レオン様、お久しぶりです」
「あ、敬語を勉強したの?」
「はい。アルノルさんに叩き込まれました」
苦笑しながらそう答えたジェロムの口調には、ほとんど不自然さはなかった。俺がいなかった約六週間で敬語を覚えさせるとか……アルノルが優秀すぎる。
「まだ完璧じゃないので、変な口調だったら申し訳ありません」
「ううん、全然大丈夫だよ。自然に使えてる」
「ありがとうございます」
確かに細部を指摘したらもう少しなのかもしれないけど、ほとんど使えなかったところからここまで上達したんだから凄い。
「勉強頑張ってね。それで今日ここにきた理由なんだけど、ジェロムに育てて欲しいヴァロワ王国産の植物があるんだ」
「それって、他国の植物ですか!?」
「うん。ここで試しに育ててみて、最終的には領地で大々的に育てたい」
ジェロムは他国の植物という言葉に瞳を煌めかせている。やっぱり誰でもいくつでも、自分が興味のあるものにはこんな表情になるんだな。
「まずはこれ。カカオって植物の苗なんだけど」
「カカオって、ヨアンが研究してるやつですか?」
「そう、知ってるの?」
「はい。ヨアンとはよく話をするんです。野菜入りのクッキーを作りたいって時にも相談されました」
この二人が仲良かったのは驚きだ。でも確かに、職務上共通点はあるのかもしれない。これからカカオを育てるにあたって、二人が協力してくれるならより上手くいきそうだから良かった。
「それなら話は早いね。そのカカオはヴァロワ王国周辺でしか上手く育たないんだけど、温室を作ってなんとかラースラシア王国でも育てられないかと思ってるんだ」
「……温室とはなんでしょうか? 室内で、木を育てるのですか?」
ジェロムの頭の上に、はてなマークが浮かび上がっているのが見える気がする。温室なんて概念がないからな。
「そう。でも室内というよりも半分は外みたいなイメージかな。地面はそのままに、空間だけを囲う感じにするから。全面ガラスで作れたら最高なんだけど、それはさすがに難しいから石造りか木造か、その辺は色々試してみようと思ってる。大きめのガラス窓を壁面と天井に付けて日照不足にならないように気をつけて、あと温度調節は冷風器と温風器でやる予定だよ」
そこまで話を聞いて、ジェロムはなんとなく理解できたのか曖昧に頷いた。とりあえず……人為的に気温を調節して、この国では育たない植物を育てるんだと理解してくれれば良いか。
「なんとなくは分かりました。そこでカカオを育てれば良いんですね」
「そう。あとはコーヒーの木と、各種香辛料もできれば育てて欲しい」
俺はそう言いながら、アイテムボックスからそれぞれ種や苗を取り出した。時間が許す限りたくさん仕入れてきたから、相当な量になっている。
「す、凄いですね……」
「かなり大変だと思うんだけど、頼んでも良い? 一応それぞれ確認できた範囲で育て方はこの紙に書いてあるから、文字が読めなかったら誰かに聞いて頑張ってほしい」
「かしこまりました」
ジェロムは紙を受け取って、反対側の拳を握り締めて大きく頷いてくれた。このやる気なら相当頑張ってくれそうだ。これでとりあえずはジェロムにお任せで良いかな。
「温室は早めに作り始めるけど、今の季節は結構暑くなってるから、外でも育つと思う。もし全部ダメになったとしてもまた買いに行けば良いから、あんまり気にしないで色々と試してね。よく育つやり方とか、より美味しく育てる方法とか、見つけ出してくれたら嬉しい」
「はい。頑張ってみます」
「ありがとう。よろしくね」
後は俺も定期的に見に来て、ジェロムと一緒にどんなふうに育つのかデータを取ることにしよう。それを蓄積して領地で大規模に栽培したい。
どこまでいっても温室が必要だから価格は高くなるんだけど、それなら付加価値をつけて高くても買ってもらえるようにすれば良いのだ。
そうだ、育てた後にどんなものになるのか知っておいた方が良いかな。
「ジェロム、ちょっとこっちで休憩しようか」
庭師が休憩できるようにと日差しが遮れるようになっている場所に、テーブルを取り出してその上に香辛料を使った料理を乗せる。
「香辛料の味付けを知っておいた方が良いと思うんだ。いろんな香辛料を混ぜちゃってるからよく分からないだろうけど、とりあえずどんな系統の味かだけでも食べてみて。あとはコーヒーも飲んでみてほしい。コーヒーの木は実の中にある種を使って飲み物にするんだ」
そう説明しながらいろんな料理を少しずつ取り出すと、ジェロムは真剣な表情で串焼きを手に取った。
「これが香辛料で味付けられているのですか?」
「そう。確かその串焼きは……これとこれ、あとこの辺が使われてたはず」
「独特な香りですね……食欲をそそられます」
ジェロムは真剣に串焼きの香りを嗅いで、俺が後から出した香辛料自体も手に取っている。
「いただきます。……これはっ、美味しいですね」
「ははっ、美味しいよね」
相当驚いたのか、ジェロムが今までにないほどに瞳を見開いている。
「香辛料とは凄く可能性のある植物ですね……こちらをそのまま食べてみても良いでしょうか?」
「香辛料をそのままってこと? 多分大丈夫だと思うけど……」
そのままって美味しいのだろうか。辛かったり苦かったりするイメージだけど。俺がそんな心配をしている間に、ジェロムはもう香辛料を手に取っていた。
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