第414話 大公家に帰宅

 王宮に馬車を呼んで帰る選択肢もあったけど、予想以上に長居をしてしまったので少しでも早くに帰るため、俺はファブリスと従者、護衛の皆を連れて大公家のエントランスに転移をした。

 

 するとちょうどエントラスを通り過ぎようとしていたアルノルと、ばったり鉢合わせる。


「っ……レオン様、おかえりなさいませ」


 アルノルはさすがに驚いたようで息を呑んだけれど、すぐにいつも通りの表情を作って恭しく頭を下げてくれた。


「ただいま。驚かせてごめんね。早く帰ってきたくて転移を使ったんだ」

「いえ、気になさらないでください。ご無事のご帰還嬉しく思います。ご家族様が応接室でお待ちですが、そちらに向かわれますか?」

「そうなんだ。じゃあ行こうかな。ロジェとローランだけ付いてきてくれれば良いから、他の皆は荷物の片付けをお願いね。ファブリスも一緒に来る?」


 俺のその言葉にファブリスが尻尾をゆらめかせながら頷いたところで、俺達はアルノルの先導で広い応接室に向かった。応接室というよりも、リビングのような感じで使っている部屋だ。


 アルノルが扉を開けてくれて中に入ると、母さんと父さん、マリーが優しい笑顔で俺を迎え入れてくれる。帰ってきたな……俺はこの時心からそれを実感した。やっぱり家族のところが一番安心する、力が抜ける。


「皆ただいま」

「レオンおかえりなさい」

「お疲れ様、怪我はないかい?」

「お兄ちゃん! おかえりー!」


 マリーが駆け寄ってきてくれたので、頭を優しく撫でてから仲良く隣同士でソファーに座った。そしてファブリスもマリーの横に寝そべる。


「ファブリスもおかえりなさい!」

『うむ、久しぶりだな』

「ふふっ、ふわふわだね〜」

『いくらでも撫でて良いぞ』


 ファブリスはマリーに背中を撫でられてご満悦だ。俺はそんなファブリスの様子に苦笑しつつ、母さんと父さんの方に体を向けた。


「改めてただいま。俺がいない間に何か問題はあった?」

「いいえ、大丈夫だったわ」

「皆が助けてくれたし、快適に過ごせたよ」

「それなら良かった」


 俺がいない時に問題が起きないのなら、使用人への教育がしっかり行き届いてるってことだ。それに人選も間違えてなかったってことだよね。


「レオンはどうだったの? 他国に行ったんでしょう?」

「うん。ヴァロワ王国はラースラシア王国とはまた違った文化があって、楽しかったよ。お土産も買ってきてるんだ」

「え、お土産!?」


 お土産という言葉に一番反応したのはマリーだった。マリーは俺の顔をキラキラとした瞳で見上げてくる。


「食べ物とか服を買ってきたんだ。まずは……これかな」

「良い匂い! 串焼き?」

「そう。ヴァロワ王国は香辛料の生産が盛んで、ラースラシア王国で買える串焼きとはまた違った味わいを楽しめるんだ」


 夕食前なので少しずつということで、串焼きの肉を串から外して、一つずつお皿に乗せて皆に渡した。


「美味しいから食べてみて」

「いただくわね」

「不思議な香りだ」

「いただきます!」


 肉にかぶりついた三人は、驚いたように一瞬動きを止めた。そして恐る恐る何回か咀嚼をすると、だんだんと顔が緩んで口角が上がっていく。


「凄く美味しいわ」

「……本当だね。驚いたよ」

「私これ好き!」


 香辛料たっぷりの串焼きは大好評みたいだ。やっぱりこれが嫌いな人ってそうそういない。肉の味を楽しみたいときや、さっぱりしたものが食べたいときはラースラシア王国の味付けが良いけど、お腹が空いてる時とかパンやご飯と一緒に食べる時とか、そういう時はこの濃い味付けの方が美味しいのだ。


「まだまだたくさんあるから食べたいときは言ってね。あと香辛料もたくさん買ってきたから、この味付けの料理が屋敷のご飯で出るようになると思う。それからこれ、父さんと母さんにお土産。マリーはお洋服ね」


 父さんと母さんに渡したのは辣油だ。チェスプリオ公国の特産品だったけど、これからはヴァロワ王国から輸入できることになっているので、継続的に手に入れることもできる。


「何かしら、食べ物なの?」

「随分と赤いけど……」


 二人が辣油を少しお皿に出してまじまじと見つめていると、マリーが渡した服を持って立ち上がった。


「お兄ちゃん、着替えてきても良い?」

「もちろん。気に入ってくれた?」


 マリーに渡したのはヴァロワ王国の伝統衣装だ。マルティーヌと服を買った時に、マリーにも似合いそうだと思って購入していた。うちのために布もいくつか購入したので、作りたければ父さんと母さんの衣装も仕立てることはできる。


「とっても可愛い!」

「ふふっ、良かった。じゃあ着替えて見せてくれると嬉しいな」

「分かった! ちょっと待っててね!」


 マリーはよっぽど嬉しかったのか、かなりテンション高くメイドさんを連れて部屋を出て行った。俺はそれを見送って、辣油に興味津々の二人に意識を戻す。


「それは辣油って言うんだけど、食べ物というか調味料かな。新しく開発してる餃子があるでしょ? あれはそのままでも美味しいと思うけど、これに付けるとまた違った味わいが楽しめると思うんだ」

「餃子に付けるのね……! それは試してみたいわ」

「確か作ってまだ焼いてない餃子が冷蔵庫にあったはず。すぐに焼いてこようか」


 父さんがそう言って立ち上がったのに、母さんも賛同して二人で忙しく部屋を出ていった。そうして気付いたら、部屋には俺とファブリスだけだ。


「ファブリス、皆いなくなっちゃったよ」


 苦笑しながら話しかけると、ファブリスは全く気にしてなさそうに尻尾を一度だけパタンと振って大あくびをした。


『すぐに帰ってくるんじゃないか』

「まあ、そうなんだけどね」

『それよりもレオン、我は串焼きが食べたいぞ』

「あ、そういえばさっき渡さなかったっけ。でもファブリスはもう数え切れないほど食べてるんじゃない?」

『いくらでも食べたいのだ』


 ……本当に食いしん坊だよな。俺はちょっとだけ呆れつつも、なんだかんだファブリスが可愛いので串焼きの肉を五本分、串から外してお皿に盛ってあげた。


「はいどうぞ」

『恩に着るぞ!』

「そういえばさ、この串焼きに辣油って合うのかな。しつこくなりすぎる?」


 凄い勢いで肉を頬張るファブリスの様子を眺めつつ、ふとテーブルの上に置かれた辣油が視界に入ってそう呟くと、ファブリスはキラキラと瞳を輝かせた。


『それは試してみる価値がありそうだ。主人、辣油を頼む』

「はいはい。こんなものかな?」


 たっぷりと辣油をかけたお肉をファブリスが口に入れると……、思いっきり顔を顰めた。やばい、顔が面白い。俺は思わず吹き出しそうになったのを必死で抑えた。


『あ、主人、辛すぎるぞ!』

「ごめん。ちょっとかけすぎた?」

『絶対にかけすぎだ。もう少し減らしてくれ』

「了解」


 別のお肉に今度はスプーンで一滴れ程度のラー油をかけてあげると、それを口にしたファブリスは鷹揚に頷く。


『うむ、これは美味い』

「かけた方が良い?」

『……いや、どちらも美味いという感じだな。味変には良いだろう。しかし元の味が濃いので、かけない方が好みという者もいるだろう』

「確かに」


 それからは俺もファブリスのお肉を少しもらって辣油の可能性について考えていると、父さんと母さんが着替えたマリーと共に部屋に戻ってきた。

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