第413話 コーヒーとヴァロワ王国の現状

「不思議な香りがするな」


 アレクシス様はカップを手に持ち、手で仰ぎながら何度も香りを確かめている。そして不思議な香りが気になったのか、エリザベート様もマルティーヌとの話を中断してこちらに意識を向けた。


「何の香りかしら?」

「コーヒーという飲み物です。ヴァロワ王国で自生していた木の実から作られるのですが、これからこの国でも流行らせたいと思っています。実はケーキなどのお菓子にとてもよく合うのです」


 俺のその説明を聞いて、ケーキという単語に惹かれたのかエリザベート様の瞳がキラキラと輝きだす。この表情が本当にマルティーヌとそっくりなんだよね……さすが親子。


「私も飲んでみたいわ」

「そうですね……少量なら問題ないとは思いますが、たくさん飲むのはやめた方が良いかもしれません。妊娠されているとどんな影響があるのか分かりませんから」


 確か妊婦さんって食べたり飲んだりしちゃいけないものがあったはずだ……コーヒーもその中に入ってたような、気がしなくもない。この世界のコーヒーが日本のものと同じかは分からないから何とも言えないけど、あんまり未知のものを飲まないほうが良いだろう。

 俺は人体に毒となるものは判別できるけど、特定の人にとってのみ毒となるアレルギー食材とかは、体内に入って毒と認識されてからじゃないと分からないのだ。


「確かにそうね……飲んでも大丈夫かしら?」


 エリザベート様は後ろに控えていたメイドさんに視線を向けた。


「大公様の仰る通り、少量でしたら問題が起きる可能性は低いと思われます。しかしご心配でしたらご出産まで待たれるか、口に含んで味が分かる程度の量にしておくべきかと思います」

「分かったわ。……では私の分は、一口程度にしてもらえるかしら?」

「かしこまりました」


 そうしてロジェが全員分のコーヒーを淹れ終わったところで、俺は牛乳と砂糖を取り出してテーブルに置いた。


「コーヒーはそのままだとかなり苦くて好き嫌いが分かれるので、そのままが苦手だという方はまずは牛乳を入れてみてください。そしてそれでも苦い場合は砂糖も合いますので試してみてください」

「苦いのか……確かに色からして甘そうではないが」

「かなり驚かれると思います。しかしその苦味が甘いスイーツと合うので、一緒に召し上がられると良いかもしれません。スイーツも出しますね」


 それからはアイテムボックスにあるスイーツから各自好きなものを選んでもらって、テーブルはお茶会の様相に様変わりした。


「ではいただこう」


 まずコーヒーを手にしたのはアレクシス様だ。他の皆はアレクシス様の反応を待ってから飲むらしい。マルティーヌは既に味は分かっているので、最初から牛乳と砂糖を入れて甘くして楽しんでいる。


「ふむ、確かに苦味が強い。少しの酸味もあって独特な味だ。しかし不思議と嫌な味ではないな。鼻に抜ける香りがとても良い」


 アレクシス様はそう評価すると、口の中にコーヒーの苦味が残っているところに甘いケーキを運んだ。すると表情がどんどん緩まっていく。これは気に入ってくれたかな。


「これは素晴らしい。ケーキは美味しいが甘すぎると思っていたのだ。コーヒーと共に食べると美味しさが倍増する」

「倍増……では私もいただきましょう」


 それからエリザベート様とステファン、そしてリシャール様もコーヒーを口に運んだ。その反応は三者三様で面白かった。まずはステファンがうっと声を漏らして顔を顰め、エリザベート様は顔を顰めないまでも首を傾げ、リシャール様は瞳を輝かせて二口目をすぐ口にした。


「ステファン、コーヒーと同量の牛乳を入れると美味しくなるよ」


 顔を顰めているステファンにそう伝えると、ステファンはすぐ従者に頼んでカップの中身をカフェオレに変えた。そして恐る恐る一口飲むと……今度は顔を綻ばせた。


「本当だな。牛乳と混ぜるだけで格段に美味しくなる」

「だよね。俺もそのままより牛乳を入れた方が好きなんだ」


 やっぱり子供の舌にはコーヒーはまだ早いのだろう。

 それから他の皆も牛乳入り、砂糖入りとさまざまなコーヒーの飲み方を試した。そして最終的にはエリザベート様とステファンはカフェオレ、アレクシス様とリシャール様はブラックコーヒーが好みという結果に落ち着いた。


「とても美味しかったわ。スイーツにも本当に合っていたし、これは流行るわね」

「良かったです。安定的に輸入できるようになったら、シュガニスでも販売しようと思っています。それから飲み物だけでなく、コーヒーで味付けをしたスイーツの開発も進めようと思っています」


 俺のその言葉に身を乗り出したのはリシャール様だった。リシャール様は一番コーヒーの味にハマってたから。やっぱり歳をとった方がこの苦さが美味しく感じるのだろうか。


「レオン君、それは素晴らしい。是非とも開発を頑張ってくれ」

「もちろんです。……試作ができたら公爵家に持っていきますね」

「ああ、楽しみに待っている!」


 相当ハマったみたいだな……まあ日本でもコーヒーが好きな人って凄かったからね、毎日何杯も飲んだりして。


「ヴァロワ王国はコーヒー栽培に着手できるほど、余裕があるのだろうか」


 アレクシス様が真剣な表情でそう呟いた。謁見の間ではその辺の詳細までは報告していないのだ。ちょうど良いしここで報告するかな。


「ヴァロワ王国は被害を受けた街は酷い状況でしたが、それ以外の街は活気がありましたので、そこまで酷い状況ではなかったです。しかし先ほどは報告しなかったのですが、チェスプリオ公国がヴァロワ王国に併合される事態となりまして、そちらの対処に兵力が割かれている現状だと思います」


 それから俺は今回の遠征で得た情報を、マルティーヌと協力しながら全てアレクシス様に話した。ファイヤーリザードとの戦いや、魔物の森をどれだけ押し返せたかなどについても言及し、ミシュリーヌ教を国教としてくれること、それに伴って俺がこれからも助力をすることまで話をした。


「チェスプリオ公国については苦労しそうだが、概ね問題なく国家運営ができているようだな。これからも友好的な関係を続ける意義は大いにあるだろう」

「はい。ヴァロワ王国にはラースラシア王国にない食料品や文化がたくさんありますので、私としても関係性を深めていきたいと思っています」


 国交断絶なんてことになって、香辛料、コーヒー、カカオが手に入らないなんてことになったら絶望だ。そうならないためにも二国間の関係性を正常に保つため、何かあったら密かに動こう。最悪はミシュリーヌ様にも働いてもらって。


「レオンが助力に行くというのは私が止められることではないので、レオンの判断に任せる。しかし我が国の貴族だということは忘れずにいてくれると嬉しい」

「それはもちろんです。ラースラシア王国が不利になるようなことに手を貸すつもりはありません。使徒としてはあくまでも魔物の森の脅威に対して、それからミシュリーヌ教を広める手伝いのみ助力しようと思っています」


 そうしてそれからは外交や俺の活動についてなど色々と話をして、日が暮れてきたところで王宮を後にした。




〜お知らせ〜

この度、私が連載している別の作品が書籍化することになりました。タイトルは変更しまして「神に転生した少年はもふもふと異世界を旅します」です!

近況ノートに詳細は記載しておりますので、興味がある方は見ていただけたら嬉しいです!

転生平民を読んでくださっている皆様には、楽しんでいただけるのではないかと思います。よろしくお願いいたします。


それから転生平民の書籍3巻の方も鋭意作成中ですので、こちらも楽しみにしていただけたら嬉しいです!


蒼井美紗

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