第412話 お土産
串焼きを口に運んだ三人は、三人とも同様に瞳を見開いて驚きの表情を浮かべ、それから段々と顔を綻ばせた。
「これは美味い」
「我が国の料理にはない味付けだ。これからはもっと香辛料を輸入するのもありだな……」
相当気に入ったみたいだ。でも分かる、この濃い味付けが嫌いな人はそういないだろう。
「優先的に輸入できる権利を得たのですし、輸入量を増やすのはありだと思います。大公家ではたくさん輸入し、香辛料を使った料理を食堂などで広められたらと思っています」
大量に買って来た香辛料を色々配合してみて、とりあえずカレーを作りたいのだ。やっぱり米を広めるならカレーライスだよね。
タンドリーチキンによく使われる香辛料の種類は聞いて来たから、何とかできると思うんだけど……ティノに話を持っていったらノリノリで研究してくれるかな。
「それは楽しみだな。しかし大公家は……忙しすぎないか? 米の生産と周知、さらに香辛料を使った料理の開発と食堂の運営、スイーツの開発とスイーツ店の運営。それだけでなくこれからは領地運営もするのだろう? レオンはそれに加えて私の側近としての仕事に魔物の森を駆逐する仕事、さらに使徒としてやるべきこともあるはずだ。私が言うのも何だが……体を壊さないか?」
確かに改めてやるべきことを列挙すると、色々に手を出しすぎてて自分で自分の首を絞めてる気がする。しかも今アレクシス様が挙げた以外に、温室を作って季節関係なく作物が収穫できるようにしようと思ってるし、ラースラシア王国では気候的に育たない植物を育ててさらに品種改良を試みるつもりだ。
コーヒーも広めようと思ってるし、味噌や醤油など米を使った各種調味料開発もやりたい。
あとは平民でも無料で教育が受けられるような体制を整えられたらなとか、もっと衛生状況を向上させるために中心街以外にも下水が欲しいよなとか、色々とやりたいことは思い浮かんでいる。
……明らかに手を広げすぎてるよね。今すぐにやらなければいけないってことはないんだから、優先順位を付けてゆっくりとやっていこう。
「体を壊さないように気をつけます。これから一番に優先すべきことは領地経営になると思うので、後ろに回せるものは回すことも考えます」
ほんとは後に回したくないんだけど、特に醤油や味噌開発とか、今すぐにやりたい! でも設備はないしまだ本を手に入れてないし人員もいないし、後回しだよね……
領地の体裁が整ってから、開発のために人を雇って大公家の特産品作りとして大々的に始める感じにするかな。
こうして考えてるとこれからも忙しくて大変なのは間違い無いんだけど、どうしてもワクワクしてしまう。多分俺って働くのが好きなんだと思うんだ。何もやることがない日がごくたまにあれば楽しめるけど、何日も続いたら暇すぎて逆に病みそうって思うし。
「本当に気をつけてくれ。領地経営を始めたら執務室へ顔を出すのは週に一度程度で構わないし、無理をしないように」
「良いのですか?」
「ああ、そもそも我が国では領地を持つ当主は王宮に仕官しないのが当たり前だ。どちらもこなすなど不可能だからな。しかしレオンから助言を得たいことも多くあるため、週に一度は顔を出してほしい」
王宮に行くのが週に一度になれば領地経営が進みそうだ。魔物の森の跡地は遠いから、王都とどうやって行き来するのかが問題だったんだよね。週に一度ならファブリスに走って貰えば、そこまで負担なく行き来できるかな。
「ありがとうございます。短時間で最大限の成果を出せるように頑張ります」
「期待しているぞ」
「レオン、その一日は仕事だけでなく、私やマルティーヌとの時間も作って欲しいからな」
「それはもちろん。俺も二人には会いたいから時間を作るよ。リュシアンのとこにも行きたいよね」
皆で旅行に行くというのはいつ実現できるか……少なくとも直近ではさすがに無理だ。もう少し魔力量が増えて転移でタウンゼント公爵領までいけると、思いついた時にでも皆で行けるんだけど。
……とりあえず最近忙しくてサボり気味だった、魔力量を増やす訓練をちゃんとやろう。訓練とは言っても寝る前に魔力を使い切るだけだけど。
「私のことを置いていくなよ」
「うん。マルティーヌとステファンとロニーで行こうと思ってるんだ。多分一番忙しいのがステファンだから、ステファンの予定に合わせるよ」
「そうだな。では数日時間が取れそうな時に連絡する」
「よろしくね」
そこまでステファンと話したところで、ステファンの隣に座っていたアレクシス様が苦笑を浮かべつつ口を開いた。
「二人とも、私の目の前で堂々と王都を抜け出す計画を立てないでくれるか?」
……確かに。全く気にしてなかったけど、本来ステファンとマルティーヌは、王都どころか王宮からも自由に出られないんだった。
「父上、何も聞かなかったことにしてください」
「アレクシス様、私とファブリスがいるので万に一つも危険はありません」
「それは分かってるんだが……まあ良いか。ステファン、節度は保って王都の外で正体がバレないようにな」
「かしこまりました。ありがとうございます」
さすがアレクシス様、懐が深い。二人を連れ出すときは絶対に正体がバレないように気をつけよう。こうなってくるとさっきマルティーヌと話した、男装と女装はありだな。
まあ転移で建物の中に直接入るならその必要もないんだけど。でも二人は海を見たことないって言ってたし、外にも出たい。……またその時に考えるか。
「そういえばアレクシス様、もう一つお土産というか報告があります」
俺は領地の話から思い出した報告をするために、話を変えた。そしてアイテムボックスからコーヒーを取り出す。
「こちらはコーヒーの実と言って、ヴァロワ王国の森に自生していたものです。実はミシュリーヌ様からこの作物のことを聞いて知っていたのですが、今回の遠征で偶然発見しました。こちらは実を割くとこのように種が入っていて、この種を乾燥焙煎そして粉砕して、その粉を使ってコーヒーという飲み物を淹れることができます。このコーヒーがスイーツによく合うので、たくさん輸入したいと思い、ヴァロワ王国と契約を結んできました」
それから俺はヴァロワ王国でコーヒーを大規模に栽培してくれること、そしてその種をラースラシア王国、特にジャパーニス大公家で大量に輸入することについて説明した。
「ふむ、これが飲み物になるのか」
「はい。今淹れてみても良いでしょうか?」
帰りの馬車の中で有り余る時間があったので、貰って来たコーヒーの実は一部を除いて全て粉状にしてあるのだ。
「よろしく頼む」
「かしこまりました。ロジェ、お願いしても良い?」
部屋の隅でずっと控えてくれていたロジェを呼ぶと、ロジェはすぐに近くまでやって来てくれた。そしてアレクシス様達の目の前で、慣れた手つきでコーヒーを淹れ始める。
実は使節団のメンバーで一番コーヒーにハマったのがロジェだったのだ。ロジェは粉を無駄にしないように少量ずついろんな淹れ方を試して、約二週間で美味しいコーヒーの淹れ方を習得した。
ロジェ曰くまだまだ研究の余地があるらしいけど、俺からしたら最初よりも格段に美味しくなっている。乾燥の時間や焙煎方法を変えたって理由もあるかもしれないけど、それでも俺が淹れたものとは明らかに味が違うのだ。
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