第411話 帰国
お茶を片付けてもらって騎士を迎え入れる準備を整えると、すぐに待機していた騎士が部屋に入ってきて跪いた。遣いに出した騎士と同じ人が戻ってきたみたいだ。
「ただいま戻りました」
「ご苦労様。お父様は何か言っていた?」
「はい。本日の昼過ぎに使節団が帰還すると周知し、準備を進めておくとのことです。パレードというほど大々的にはしないようですので、馬車を変える必要はないと仰っていました」
「分かったわ。ありがとう」
馬車を変える必要がないのは楽でありがたい。それならこの後すぐにでも出立できそうだ。
「あなたはここで一日休んでから、明日中に王都に戻れば良いわ。今夜の宿や食事の手配はしておいたから、体を休めてちょうだい」
「ありがとうございます」
「では私達は一時間後に出立としましょう。準備を頼んだわよ」
マルティーヌのその言葉に部屋の中にいた騎士とメイド達が頷き、皆が慌しく動き出した。そしてきっかり一時間後に出立した俺達は、昼を少し過ぎた頃に王都へと到着した。
「凄い人ね……」
「本当だね。やっぱり使節団って珍しいからかな」
パレードをするわけでもないのに、俺達が通る道沿いには人がたくさん集まってくれている。確かにこの世界には娯楽が少ないから、こういうイベントみたいなものがあったら見に行きたくなる気持ちは分かる。
「レオン、呼ばれてるわよ」
マルティーヌが示した窓の外には、使徒様と呼びかけてくれている子供達がたくさんいた。俺が窓から顔を出して手を振ると、嬉しそうにはしゃいでいる。
やっと俺の外見も広まったと考えると嬉しいけど……ちょっとだけ恥ずかしい。やっぱり注目されるのはいつになっても慣れないな。
「使徒様は子供達の英雄になってるわね」
「嬉しいんだけど、どんどん外を歩きづらくなるよね」
そのうち王都の外れでも自由に歩けなくなりそうだ。そうなったら他の街に行くか、別の国に行かないといけなくなるのかな……それは大変だし、変装でも考えようかな。
「それは仕方がないわよ。でも服装を平民のものにすれば案外バレないんじゃないかしら。後は……髪型を変えるとか」
「意外とバレないかな? でも変えるって言っても髪は短いから難しいよね」
「それもそうね……そうだわ!」
マルティーヌは何を思いついたのか、突然キラキラと瞳を輝かせた。そしてあり得ない提案を口にする。
「女の子の格好をすれば良いのよ! ショートヘアの女の子だっているもの。頭に大きめのリボンをつけて、ワンピースを着れば体型も隠せるわ」
「ちょっ、ちょっと待って、さすがにそれは……」
それは絶対にやらないから! それなら使徒だってバレた方がマシだ。ちょっとロジェ、なんで面白そうな顔をしてるの!?
「ダメかしら?」
「うん、ダメ。絶対にやらないから」
「楽しそうなのに……」
「俺にその趣味はないから! ロジェ、残念そうな顔をしないで!」
ロジェにやらせたら絶対に研究し尽くして、完璧に仕上げるのだろう。絶対に嫌だ、ここは全力で回避だ。
「……まあ仕方がないわ。でも性別を変える変装はありよね。私が今度やってみようかしら」
マルティーヌが男装するのか……うん、それはありな気がする。誰もが振り向く美少年になるはずだ。俺の女装よりは確実に似合うだろう。
「あっ、もう王城に着いたのかしら」
そんな馬鹿な話をしていたら馬車が止まった。ふぅ……やっと帰ってきた。一年前は王城なんて緊張する場所でしかなかったのに、もはや安心感を覚える場所になっている。随分と立場も気持ちも変わったな。
それからは謁見の間でアレクシス様と貴族達に対して正式な帰還の挨拶を済ませ、今は応接室のソファーに腰を落ち着けている。
応接室の中にいるのはアレクシス様とエリザベート様、ステファン、リシャール様、そして俺とマルティーヌ、ファブリスだ。ただファブリスは応接室に入ってすぐに、部屋の隅でゆったりと寝そべって目を閉じてしまった。本当にどこでも自由だよね……まあ神獣だから良いんだろうけど。
「マルティーヌ、レオン、無事に帰ってきてくれて良かった」
「二人ともお帰りなさい」
アレクシス様とエリザベート様の笑顔に、まだ少しだけ残っていた緊張感が全て無くなった気がする。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
「エリザベート様、体調は大丈夫ですか?」
大きく目立つようになってきたお腹を見ながらそう聞くと、エリザベート様はにっこりと微笑んでくれた。最近は悪阻で体調が悪くて会えていなかったので、随分と久しぶりだ。
「ええ、最近は体調も落ち着いてきたから大丈夫よ。秋の終わり頃には生まれる予定なの」
「楽しみですね」
マルティーヌの弟妹になるんだから、俺にとっても義理の弟妹になる。絶対可愛いんだろうな……なんでも買い与える迷惑な叔父さんにならないように気をつけよう。
「レオン、ヴァロワ王国はどうだったのだ?」
ステファンのその言葉によって、エリザベート様に集まっていた視線が俺に集まる。
「ラースラシア王国とはまた違う文化があって、勉強になることも多かったよ。そうだ、色々とお土産を持ってきてるんだ」
俺はアイテムボックスから、マルティーヌと一緒に選んだお土産を次々に取り出して机の上に並べた。並べきれないものはメイドさんと従者に手渡していく。
「凄い量だな」
「頻繁に行けるところじゃないって思ったら、たくさん買っておきたくなっちゃって」
「これは……ヴァロワ王国の伝統衣装か?」
ステファンがまず興味を示したのは、マルティーヌが選んだたくさんの服や布だ。
「ええ、お兄様に似合うものを選びました。もちろんお父様とお母様にもありますわ。それから布もたくさん購入したので、ヴァロワ王国のものとは少し違ってしまうかもしれませんが、我が国の仕立て屋に頼んで仕立てることもできます」
「あら、最高の贈り物ね!」
エリザベート様がマルティーヌのその説明に瞳を輝かせる。やっぱり一番食いつくのはエリザベート様だよね。
「ヴァロワ王国の伝統衣装について、知ってはいたけれど本物は初めて見たわ。とても素敵ね」
「そうなのです。一見窮屈そうに見えますが、着心地も良いです」
二人が服や布を手に盛り上がってしまったので、俺を含めた男四人は苦笑を浮かべて顔を見合わせ、示し合わせたように少しだけ二人から距離を取った。アレクシス様は席まで移動している。
「お土産を出す順番を間違えましたね」
「……まあ仕方がない。二人が楽しそうだから良しとしよう」
「確かにそうですね。リシャール様、タウンゼント公爵家にも見本として服を一着といくつか布を買ってきてありますので、後で渡します」
「うちにも買ってきてくれたのか。ありがとう、カトリーヌが喜ぶな」
多分だけどカトリーヌ様とエリザベート様、マルティーヌでお茶会をやることになるんだろうな。
「レオン、食べ物はないのか?」
「もちろんあるよ。後で出そうかと思ってたんだけど、今味見する?」
「ああ、食べてみたい」
「じゃあいくつか出すね。エリザベート様は妊娠中なのですぐには食べられないと思いまして、エリザベート様の分はアイテムボックスに別枠で入れてあります。そちらは無事にご出産された後で改めて渡しますね」
俺のその言葉にアレクシス様が頷いてくれたところで、大量に買い込んできた屋台料理をアイテムボックスから取り出した。
「おおっ、良い匂いだな」
「ヴァロワ王国は香辛料がたくさんあって、味付けがラースラシア王国とは結構違うんだ。串焼きは顕著な差があるよ」
「父上、食べても良いですか?」
「そうだな、皆でいただこう」
俺が出したものだから安心してくれているのか、三人は楽しそうに串焼きを吟味して一本手に取り、毒味もなしにそのままかぶりついた。
俺が出すものはちゃんと毒がないか確認してるから問題はないんだけど……もうちょっと警戒しなくて良いのかと問いたくなる。信頼してくれていると思えば嬉しいけどさ。
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