第406話 まさかの果物
机の上に並んだ美味しそうな料理を見回して、俺はまず串焼きを手に取った。香辛料の香りがしてとても食欲をそそるのだ。
このままかぶりつきたいけどさすがに自重して、フォークを使って串から肉を外す。そして口に入れて数回咀嚼すると……旨味がどんどん溢れ出てきた。
やっぱりこれ凄い。この香辛料の味付けが美味しいのはもちろんだけど、何よりもファイヤーリザードの肉が美味しいんだ。
「……おおっ、これは美味いな」
陛下も肉を口にしたのか、かなり驚いた様子でそう呟いた。第一王子殿下も驚きに目を見開いている。
「ファイヤーリザードの肉は旨味が強いんです。とても良い赤身肉のようだと思いませんか?」
「まさにそうだな。脂がのっているわけではないが、硬さは一切感じない。程良い噛みごたえだ」
「これはハマりそうです……」
その気持ちは凄く分かる。ただ俺もハマりそうだけど、というかもうかなりハマってるけど、この肉には一つ問題点があるんだ。それは……絶滅させることが決定事項だということ。
魔物の森を駆逐し終わるということは、魔植物と魔物が全て絶滅することと同義なのだ。必然的に魔物素材、肉もそれ以上は手に入らなくなる。
これから先も手に入れられるようにする方法を考えたこともあるけど、結局はろくな考えが思いつかなかった。まさかファイヤーリザードを畜産で育てるわけにはいかないし……
「煮込み料理に合いそうだ」
「煮込みならば向こうの屋台にありましたよ」
奥まった場所だったから気付かなかったのかと思って場所を示して教えると、陛下は従者に頼んで煮込みを取りに行ってもらっていた。
とりあえず気に入ってくれたようで安心だ。魔物を食べることに対する忌避感は完全に無くなったらしい。
それからも話をしながら食事を堪能し、お腹がいっぱいになったところで俺は席を立った。準備してくれた街の人達にお礼を言いたかったのだ。
従者と護衛を連れてまずは代表の男性のところに向かうと、男性は笑顔で街の人と談笑しているところだった。街の人達も楽しんでいるようで良かった。
「使徒様、どうかされましたか?」
「いえ、皆さんにお礼を言いたくて来ました。今日はこんなにも楽しい宴をありがとうございます。料理もとても美味しかったです」
俺のその言葉に、男性を筆頭に周りにいた街の人達が笑顔を浮かべる。
「勿体ないお言葉です」
「楽しんでもらえたなら良かったぜ」
「わしの作った串焼きは美味かったじゃろ?」
代表の男性が敬語で返事を返してくれた後に、我慢できないとでも言うように近くの人達が口を開いた。男性が慌てて止めようとしてるし、多分敬語を使えるのが代表の男性だけなのだろう。
「敬語なんてなくて良いですよ。……というか俺も丁寧に話しすぎてたのか。敬語なしで全く問題ないよ」
「それはありがたい、わしは敬語なんて分からんからな。それで串焼きはどうじゃった?」
「すっごく美味しかった。味付けが最高だったよ」
「そうかそうか、そうじゃろう?」
おじいさんは俺の返答を聞いて、嬉しそうに首を縦に振っている。そして笑顔のまま、ごく自然に赤い実を口に含んだ。
かなり小さい実だけど……何かの果物かな。初めて見る気がする。
「それ、何食べてるの?」
気になって思わずそう聞くと、おじいさんは数個を一気に掴んで俺に手渡してくれた。
「これは近くの森にある木に生る実なんじゃ。あんまり人気はないがわしは好きでな、自分で取りに行ってよく食べてるんじゃよ」
「へぇ……名前はないの?」
「わしは知らんな。赤い実って呼んでるだけだ」
赤い実か、見た目は小さなさくらんぼみたいな感じだけど……美味しいのかな。とりあえず食べてみるか。
俺は一粒だけ実を摘み、恐る恐る口に入れた。そしてゆっくりと噛み砕こうとして、中に種があることに気付く。
「これ種ばっかりじゃない?」
「その周りに果肉があるんじゃ。種の周りを舐めるように食べるのが美味いんじゃよ」
おじいさんに言われた通りにしてみると、確かにほんの少し果肉があるのが分かる。比較的甘くて美味しいけど、あまりにも食べる部分が少なすぎる。
「果肉が少なすぎて、美味しいのかよく分からないんだけど……」
「ははっ、やっぱりそうじゃねぇか。だからほとんど誰も食べないんだ。俺は爺さん以外に食べてるやつを知らねぇよ」
おじいさんの隣にいた男性がそう声を上げる。やっぱりそういう果物なのか……わざわざ採って食べようとは思わないな。
「ふんっ、わしだけで独占できるからいいんじゃよ」
そんな二人のやりとりを聞きながら、俺は口の中に残った種を手のひらに出した。そして何気なくその種を見て何かが引っかかる。
なんか見たことがあるような形なんだけど……これってなんだっけ、絶対に日本で見たことあるはず。
豆のような形だ。…………あっ、これってもしかして、コーヒー豆じゃない!?
慌てて他の実を剥いで中の種を出してみると、全部に同じような種が二つずつ入っている。これ絶対にコーヒーだ。でも種の香りを嗅いでみても、コーヒー特有の香りは全くしない。
そういえばあれは焙煎してるんだったっけ。焙煎しないとあの香りは出ないのかな。あとこれ結構湿ってるけど、乾燥もさせた方が良さそうかな……
やり方はよく分からないけど、とりあえずコーヒーかどうかを確かめるために、簡単に乾燥させて焙煎もやってみよう。それで少しでもコーヒーの香りがしたらこれはコーヒーの実だ。
「おじいさん、この実たくさんもらっていい? とりあえず両手にいっぱいぐらい。お金も払うから」
「おおっ、気に入ってくれたのか!」
「マジかよ……使徒様が気に入るなら俺も食べるかな」
「ううん、実じゃなくて中の種が欲しいんだ」
俺のその言葉におじいさんは首を傾げながらも、快く実を分けてくれた。
「よく分からんが、とりあえずこれだけで良いか?」
「うん、ありがとう。ちょっと机も借りるね」
俺は周りにいる人達全員の視線を集めつつ、コーヒーの種を実から取り出して平皿に並べた。そして温風機を取り出して種を乾燥させる。
少し乾燥させるぐらいしかできないけど、今はそれで良いことにする。
「火を使いたいんだけど、どこかで借りられるかな?」
「おう、それなら俺の屋台を使って良いぞ。すぐそこだからな」
「ありがとう。じゃあ借りるね」
屋台ではまだ火が消えていなかったので、薪を足して火を大きくした。そして乾燥させている種の様子を確認し、とりあえず触った感じでは水分がなくなったので温風機を止めた。
「それをどうするんだ?」
「俺もよく分からないんだけど、焙煎するんだ。焼くのと似てるかな」
「種を焼くのか?」
「うん。とりあえずやってみるね」
フライパンを取り出して火にかけ、そこに少し乾燥させた種を入れた。確かフライパンをずっと動かして焙煎をやってたようなイメージがあるけど……大変だからヘラで混ぜ続けるのでいいかな。
それからヘラで混ぜ続けること五分ほど、ちょっと緑色っぽいかなって感じの豆が、鮮やかな緑色になって来た。なんとなくナッツ系のような香りがするけど……少なくともコーヒーではない。
「色が変わってきたぞ。これを食べるのか?」
「ううん。もっと黒っぽくなるまで焙煎し続けるんだ」
「それは……焦げてるってことじゃねぇのか?」
確かに言われてみればそうだ。でもあれは焦げじゃなくて、豆の色が変化してるんだと思うけど……
「パンを焼いたら色が付くでしょ? 多分そんな感じ」
「ああ、確かにな」
思いつきで適当なことを言ったら思いの外納得できる内容だったのか、俺の手元を興味深げに覗き込んでいた男性は頷いてくれた。
そしてそれからも話をしながら焙煎し続け、かなり濃いめの茶色になったところで火から下ろした。香りは……多分コーヒーだと思う。絶対にコーヒーだ! と言えるほどに強い香りがあるわけではないみたいだ。
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