第407話 コーヒー豆

 皆でフライパンの中を覗き込み、焙煎が終わったコーヒー豆を眺める。


「皮みたいなやつが付いてるんだな」

「本当だね……剥いた方が良いかな?」


 一つをスプーンで掬って近くで見てみると、意外と固そうな皮が一枚あった。日本でよく見てたコーヒー豆はこんな皮なかったはずだし、ここは一手間加えようかな。


「この皮を剥くの手伝ってくれる?」


 コーヒーの実を提供してくれたおじいさんと、その周りにいる数人の男性に聞くと、快く頷いてすぐに全ての豆の皮を剥いてくれた。すると俺がよく見ていたコーヒー豆の形になる。


「これで終わりだ。……これを食べたら美味いのか?」


 最後の一つを剥いていた男性が、不思議そうに首を傾げて手に持っていたコーヒー豆の香りを嗅いだ。そして何を思ったのか、俺が止める間も無く豆を口の中でガリッと砕き……途端に顔を顰める。


「なんだこれ、めちゃくちゃ苦い、苦いなんてもんじゃねぇ! 全然美味しくないじゃねぇか!」

「おじさん大丈夫!? これはそのまま食べるものじゃないんだよ!」

「ゴホッゴホゴホ、そ、それを先に、言ってくれ……」

「お主が勝手に食べるからじゃよ。それで使徒様、これはどうやって食べるんじゃ?」

 

 コーヒーの実を提供してくれたおじいさんは、苦しんでる男性を一刀両断してキラキラした瞳で俺に視線を向けた。コーヒーの新たな食べ方に興味津々らしい。

 俺は苦しんでいるおじさんに飲み物と口直しの食べ物を渡して、早速コーヒーを淹れてみることにした。


「これは食べ物じゃなくて飲み物なんだ。まずはこの豆を細かく挽くんだけど……道具でやると大変だし、俺が魔法でやるね」

「粉状にして飲み物になるのか。それは楽しみじゃ」


 皆に期待の眼差しを向けられながら、目の前にバリアで箱を作ってその中にコーヒー豆を入れた。そしてその箱の上部にもバリアを伸ばして蓋をして、箱の中にコーヒー豆を細かく挽くための刃を作り出す。

 バリアってどんな形でも作れて魔力さえあれば自在に操れるから、本当に便利なのだ。最近はバリア本来の用途よりも、こんな風に使ってることの方が多い気がする。


 バリアの箱に固定された刃を動かすことはできないので、箱の中で風魔法を使ってコーヒー豆を高速で回転させれば…………おおっ、予想以上に上手くいったかも。


「使徒様って、すげぇんだな……」

「さっきから何が起きてるのか分からねぇ」

「この、綺麗な箱はなんじゃ?」


 周りからそんな声が聞こえてくるけど、とりあえず笑顔で誤魔化しておくことにした。今の俺はコーヒー優先なのだ。それに俺の能力は使徒様だからってことで大体納得してくれるし。


「多分これぐらいで良いと思う」


 何度か風を止めて状態を確認し、微調節しながら出来る限り綺麗な粉末になるよう心がけた。お試しだからこの程度で良いよね。

 アイテムボックスから深皿を取り出して、バリアからそっちに粉末を入れると……凄い、コーヒーの香りがする。さっきまでは多分コーヒーぐらいだったけど、粉末にすると一気に香りが強くなった。これは明らかにコーヒーだと分かる。


「これで完成なのか?」

「うん。後はこれを使って飲み物を淹れるんだ」


 俺が知ってるコーヒーの淹れ方はドリップ式だけだ。だけどあれにはペーパーフィルターが必要で、今ここには当然だけどない。紙で代用するのも違う気がするし……やっぱりここは布かな。

 アイテムボックスを探って、目が粗すぎない適度なサイズの布を取り出し、ピュリフィケイションで綺麗にした。そして机の上に大きめのカップを置いて、その上に布を緩くバリアで固定する。


 あと必要なのはお湯だけだ。俺は小さめのウォーターボールを作ってそれを火魔法で一気に沸騰させて、その熱湯をポットに入れた。お湯を沸かす時間の節約だ。

 そしてコーヒーの粉末を半分ほど弛んだ布の部分に入れたら……ポットに入った熱湯をゆっくりとコーヒーの粉末に向かって注いでいく。


「おおっ、良い香り……」


 布でも意外と上手く抽出できてるみたいだし、手探りで初めてやったにしては大成功と言っても良いんじゃないだろうか。


「すげぇ香りだな」

「これが良いのか悪いのか分からねぇ」

「使徒様はこの飲み物を飲まれたことがあるのですか?」


 俺が慎重にお湯を注いでいると、一歩引いたところからずっと様子を見てくれていた街の代表の男性がそう口にした。


「ううん。ミシュリーヌ様からこの実と種の存在と、その使い方を聞いてただけなんだ。だから俺も飲むのは初めてだよ。これはコーヒーって言うんだって」

「コーヒー、聞きなれない名前です」

「それならわしが食べてたあの実はコーヒーの実か?」

「うん。基本的にはそう呼ぶかな」

 

 それからコップがいっぱいになったところで、とりあえずお湯を注ぐのはやめた。そして淹れたてのブラックコーヒーを、いくつもの小さなカップに分けて注ぐ。


「少しずつだけど皆で飲んでみる? 多分これだけだと美味しくないと思うけど、一応お試しで。この後に牛乳や砂糖を入れたものも作るから、全部飲み干さないで少しだけにしてね」

「おうっ、わかったぜ」

「ありがとうございます」


 その場にいた皆にカップを手渡して、まずはほんの少しだけブラックのまま飲んでもらった。すると予想通りに全員が顔を顰める。俺も飲んでみると……うへぇ、これは苦すぎる。やっぱりブラックは苦手だ。


「やっぱりこのままだと苦いね」

「ああ、さっきの種をそのまま齧ったのよりはマシぐらいだ」

「これが美味くなるのか……?」

「それがなるんだよ。次は牛乳ね、好きなだけ入れて飲んでみて」


 俺は日本にいる時から、コーヒーにはとにかく牛乳を大量に入れたい派だった。もうカフェオレじゃなくてそれほぼ牛乳じゃない? ってぐらい白に近いのが好きだ。苦いコーヒーが苦手とも言う。

 なのでコーヒーと同量以上の牛乳をカップに注いで、かなり色が薄くなったカフェオレを飲んだ。


 美味しい!! これ、これだよ。やっぱり牛乳だけだとない美味しさが感じられる。少量でもコーヒーがあると違うんだよね……俺はこれでもう満足だ。砂糖は元々そんなに入れないし。


「どう、美味しくなると思わない?」

「……ああ、なんかよく分かんねぇけど美味い」

「そう思ってもらえて良かった。まだ苦かったら砂糖入れてね」

「砂糖なんぞ本当に使って良いのか? 高いじゃろう?」

「もちろん、好きに使って」


 それから皆で各々牛乳を足したり砂糖を入れたりしながら、コーヒーを楽しんだ。結果は概ね好評だ。特におじいさんが少しだけ牛乳を入れた濃いめのコーヒーにハマっていた。


「最初は苦くて飲めねぇと思ったけど、牛乳入れると美味くなるのが不思議だ」

「予想以上に美味くなるよな。……ただこれは、相当贅沢な飲み物だし俺達が日常的に飲むのは無理だな」


 確かに砂糖は高いし、牛乳も流通の問題があるんだろう。この国は一年を通して温暖だからね……製氷器が広まれば違うんだろうけど、まだラースラシア王国にだって広がり始めたところだし。


 まず広めるとしたら貴族に対してかな……コーヒーはお菓子にも使えるから定期的に手に入れたい。できればヴァロワ王国で大々的に育ててくれたらありがたいんだけど。

 俺も領地で育ててみるつもりはあるけど、やっぱりカカオ同様に気候が合ってる地域の方が育てやすいだろうし。


 とりあえず陛下と殿下に飲んでみてもらって、さりげなくヴァロワ王国の新たな特産品にするのを勧めてみよう。

 俺はそう結論づけて、おじいさんに残りのコーヒーの実をもらって、お礼に美味しくて新鮮な果物をたくさん渡して席に戻った。

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