第405話 討伐の宴
ファイヤーリザードを討伐してから数日間は、時間が許す限りとにかく魔植物を倒して倒して倒しまくった。そしてファイヤーリザードが襲ってくる前の状態よりも魔物の森を押し返すことに成功し、ついに明日は帰還の日だ。
最終日である今日の午後は討伐の宴が行われるので、俺達は昼前に魔物の森から引き上げて街に戻った。すると街中はお祭り騒ぎのように賑やかで、代官邸には陛下と第一王子殿下が到着していた。
俺達使節団はこのまま王都に戻ることなく帰路に就くので、挨拶と御礼にと二人がわざわざ足を運んでくれたのだ。
「陛下、第一王子殿下、足をお運びくださりありがとうございます」
二人が待っていた応接室に向かって対面のソファーに腰掛けると、マルティーヌが口を開いた。
「いや、礼を言うのはこちらだ。……使徒様の慈悲深きお心と、ラースラシア王家の寛大な対応に心からの感謝を申し上げる」
陛下はそう口にすると、座ったままだけどしっかりと頭を下げた。その行動に驚いたのは俺とマルティーヌだ。
俺はまさか頭を下げられるとは思わず完全に固まってしまい、マルティーヌもビクッと体を少しだけ動かした。しかしそこはさすが王族というべきか、動揺したのを悟られない程度の時間ですぐに持ち直し、完璧な返答をした。
「……謝意を受け取ります。しかし我が国と貴国は同盟国となったのですから、同盟国の危機に助力をするのは当然です。これからも良い関係を築いていきましょう」
マルティーヌはそう言ってにっこりと綺麗な笑みを浮かべた。……良いことを言ってるように聞こえるけど、要するにうちが危機に陥ったら絶対に助けろよ。同盟国なんだから当然だろ? ってことだよね。
最近は貴族同士の会話の裏が分かるようになってきた。もちろんそのままの意味もあるんだろうけど。
「ああ、これからは今までよりも密に連携していこう」
そこで一旦話に区切りがつき、仕切り直すためにも皆がお茶に手を伸ばした。そしてまた陛下が口を開く。
「本日は民が主催で討伐の宴を開くと聞いたが、王女殿下と使徒様は参加されるのだろうか」
「はい。被害を受けた街の皆さんが御礼をしたいとのことで、数日前から準備をしてくれていますので、もちろん参加いたします」
「そうか、では私達も参加しよう」
陛下のその言葉を受けて隣に座っていた殿下も頷いたことで、二人の参加が急遽決まった。
それに慌てたのは屋敷の使用人達だ。お茶などを給仕するために部屋にいたメイドのうちの一人が、静かに廊下へと下がっていく。
「ファイヤーリザードの肉を使った料理なので、陛下にも新鮮かもしれません」
「……ファイヤーリザードを、食べるのか?」
おおっ、陛下が俺に敬語を使うのを止めてくれたみたいだ。良かった、あれ凄く居心地が悪かったのだ。マルティーヌに対して敬語を使わないんだから、大公の俺には敬語っておかしいからね。この方が良いよ。
「はい。とても美味しいお肉でして、街の人達が忌避感はないと言っていたので、本日の宴で使用されることになりました」
陛下と殿下はほとんど表情に出してないけど、若干引いているような雰囲気を感じる。今まで魔物を食べるなんて発想がなかったなら、それも仕方がないだろう。
「陛下、兄上、私は使徒様にステーキを一切れ頂いたのですが、とても美味しかったですよ」
フェリシアーノ殿下が苦笑しつつ付け加えてくれたその言葉で、さっきまでは引いていた二人も少しは興味を持ってくれたようだ。
「もうすぐ宴が始まるでしょうから、一度食べてみてください」
「ああ、分かった。……挑戦してみよう」
挑戦するって言葉が出るあたり、まだまだファイヤーリザードの美味しさを信じてない証拠だろう。実際に食べたら相当驚くだろうな……その時を見逃さないようにしよう。宴での楽しみが一つ増えたな。
それからも五人で雑談しつつ時間を潰し、宴が始まるとなったところで馬車に乗って広場に向かった。今回の宴は、ファイヤーリザードを横たえることができるほどに大きな広場が会場だ。
会場に屋台形式でたくさんの食事が作られていて、あちこちに設置された机やテーブルを自由に使って良いことになっている。
ただ俺達の席は決まっているみたいだ。外には不似合いな程に豪華な家具と日光を遮る布製の屋根が付いた、目立つけど快適そうな席。
馬車から降りて広場のあちこちから感謝の言葉を投げかけられながらその席に向かうと、早速被害を受けた街の代表である男性が近づいてきてくれた。
「使徒様、本日はご出席くださってありがとうございます」
「いえ、こちらこそ盛大な宴を準備してくださって、ありがとうございます」
「それは当然のことでございます。……王女殿下もようこそお越しくださいました。そして陛下と殿下方もごゆっくりと楽しまれてください」
男性は俺達全員に恭しく挨拶をすると、壇上に一人で上がり宴の開始を宣言した。するとそれを受けて一斉に屋台から良い香りが漂ってくる。
『とても美味そうな匂いだな』
俺の横に座っているファブリスが、鼻をクンクンと動かしながら嬉しそうに尻尾を振った。今にも屋台に駆けていきそうだ。
「ファブリスはファイヤーリザードの肉、好きだもんね」
『ああ、あのトカゲは美味だ』
「ファブリスにはエミール達が付いてくれるから、食べたいものがあったら二人に言ってね」
『うむ、そこの男達だな。よろしく頼むぞ』
「こちらこそよろしくお願いいたします」
せっかく屋台形式の宴なので、俺達も席を立って屋台を回る予定なのだ。その時にファブリスは自分で料理を受け取るのが難しいので、俺の従者を付けることにした。
「ではさっそく回るとしよう」
「そうですね。とても良い匂いでお腹が空きましたわ」
陛下とマルティーヌが会話をしながら席を立ったのに続いて、俺と二人の殿下も席を立つ。
「美味しそうなものばかりですね」
「全て食べたくなってしまいます」
そんな会話をしながら端から屋台を見て歩き、まず目に止まったのは串焼きの屋台だ。これめっちゃ良い匂い、香辛料が効いていて美味しそう。
「ロジェ、串焼きを一本お願い」
「かしこまりました」
『我も食べたいぞ。五本頼む』
俺が串焼きを注文していたら、隣からファブリスの顔がずいっと現れて五本も注文した。
「ファブリス、他にもたくさん食べ物はあるんだから、一つを頼みすぎないようにした方が良いよ」
『うむ、大丈夫だ。……お、あっちのスープも美味そうだ。あれは三杯にしておこう』
これは相当な量を食べそうだな……まあ神獣だから俺達とは消化吸収の過程が違うのだろうし、食べ過ぎても問題ないとは思うから良いけど。
「レオン様、串焼きが出来上がったようです」
「ありがとう」
ロジェに声を掛けられたことでファブリスから視線を外し、俺は次の屋台を見て回ることにした。そしてステーキや香辛料を使った煮込み、さらに肉以外のパンやスープもたくさん取って席に戻った。
ちょっと欲張りすぎた気がする……机の上にずらっと並ぶ食事は、三人分だと言われても納得できる量だ。
「レオン……そんなに食べられるの?」
「俺も今そう思ってたところ。美味しそうなものがたくさんあって、つい選びすぎちゃった」
「使徒様に我が国の食事を気に入ってもらえたようで良かった」
俺の少し後に戻ってきた陛下が机の上を見てそう言ってくれたので、とりあえず良かったってことにしよう。食べきれなかったらアイテムボックスに仕舞って持ち帰れば良いし。
それから全員が料理を選んで席に着いたところで、食事は開始となった。
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