第404話 強さ

 ファイヤーリザードを討伐した次の日。俺は騎士達と魔物の森の駆逐に力を尽くし、少し早めに街に戻って広場に向かった。一緒にいるのはマルティーヌとファブリス、それからフェリシアーノ殿下だ。


「皆の者、待たせたな」


 広場に集まっている大勢の人々は、ほとんどが被害を受けた前線の街に住んでいた人で、今はこの街に身を寄せているらしい。まだ家族や友人を失った悲しみが色濃く残っているからか、広場はどこか暗い雰囲気が漂っている。


「いえ、ご足労いただきまして感謝申し上げます」


 一番先頭にいた壮年の男性が恭しく頭を下げると、他の人達もそれに倣って頭を下げた。


「気にする必要はない。さて、気持ちは変わっていないか?」

「はい。あの魔物が本当に倒されたのか、この目で見るまで信じられません」

「分かった。ではまず皆に紹介しよう。こちらにいらっしゃるのがミシュリーヌ教の使徒であるレオン様と、神獣であるファブリス様だ。お二人が皆の故郷を襲ったあの魔物を討伐してくださった」


 殿下のその紹介に俺とファブリスが一歩前に出ると、街の人達はもう一度深く頭を下げて感謝を口にした。


「本当に、本当にありがとうございます……」

「皆さん顔を上げてください。紹介の通りですが、私はミシュリーヌ様からこの地に遣わされた使徒です」

『我はファブリスだ』


 視線でファブリスにも促して二人で軽く挨拶をして、俺は早速ファイヤーリザードを取り出す準備をした。この広場はかなり大きく作られているけど、ベンチなどが置かれていてこのままではファイヤーリザードを横たえる場所がないのだ。

 本当は街の外が一番なんだけど、魔物に襲われた人達の心の傷を考慮して、街の中に場所を決めた。街の外だって魔物の森に近づかなければ問題はないけど、そこは理屈じゃなくて怖がる人もいると思ったのだ。街の中は賑やかで気が紛れるだろうし。


「では取り出しますので後ろに下がってください。殿下、もう少し後ろにお願いします」

「……この辺で良いか?」

「はい、ありがとうございます」


 広場の中にいた人も皆避難させて、何とかスペースを確保したところでファイヤーリザードを取り出した。ズシンっという音と振動を生み出し、街の中では圧倒的な存在感を放つ。


「……まさか、本当に」

「お、おい、本当に死んでるみたいだぞ!」

「生きてない……のよね?」


 視界を埋め尽くしたファイヤーリザードに、ほとんどの人は呆然とその強靭な鱗を見つめている。信じられないと驚愕に顔を歪める人、倒せたことに驚いて叫ぶ人、本当に死んでるのか分からなくて怖がっている人。

 皆がそれぞれ異なる反応を浮かべているので、広場は軽いパニック状態だ。


『皆の者、心配せずともそこのトカゲは我が倒した。安心して良いぞ』


 ファブリスの頭にストンと届くその言葉によって、広場はさっきまでと一転して静まり返った。そして今更ファブリスが言葉を発していることに驚いたのか、今度はファブリスに向けて跪き、深く頭を下げている。

 この様子ならミシュリーヌ教は、相当に信者が増えそうだな。やっぱり神やその眷属が実在してるって強い。


「ファブリスの言っている通りです。心配は要りませんよ」

「使徒様、神獣様、どれだけ言葉を尽くしても感謝の言葉は伝えきれません。本当にありがとうございました」

「魔物をこの世界から排除するのは、ミシュリーヌ様の願いでもありますから」

「そうなのですね……ミシュリーヌ様にも感謝を込めて、毎日祈りに行かせていただきます」


 街の長だろう男性のその言葉に、後ろにいる人達が一斉に首を縦に振った。


「ミシュリーヌ様もお喜びになるでしょう。さて、話は変わりますが、このファイヤーリザードはどのように扱いますか? もし邪魔だというならば、私が持ち帰るか魔物の森に捨てるかしますが……」

「いえ、朝から皆で話し合った結果、ぜひ我々にいただけたらと思っております。そして数日後にこの広場で行う予定の、討伐の宴に参加していただけませんか?」


 それから詳しく話を聞くと、街の人達でどうにか俺とファブリスにお礼をしたいと考えていて、お金などはないからせめて楽しい食事の席でも、との結論に至ったらしい。

 そこでフェリシアーノ殿下からファイヤーリザードが食用になる話を聞き、ファイヤーリザードの肉をメインにした宴をすることにしたそうだ。


 今の時期に宴なんて辛くないのかとさりげなく聞いたら、憎き魔物を討伐してくれた方をおもてなしもせずに帰してしまうなんて、死んだ者達に怒られてしまうと、悲しそうな……しかしすでに前を向いている晴れやかな表情で言われた。そんなこと言われたら、断ることなんてできないよね。


「ではありがたく参加させていただきます。……しかし、肉は別のものを準備することも可能ですが」

 

 宴をするにしてもファイヤーリザードの肉を食べるのには抵抗があるかと思ってそう提案したけど、それには首を横に振られてしまった。


「食材は食材、そこに良いも悪いもありません。それにこの魔物は私達を下に見ていたのですから、その私達に食材として扱われるなど最大の屈辱でしょう。一番の復讐になりますので、どうか使わせていただきたいです」

「いや、それはもちろん。抵抗がなければいくらでも差し上げます」


 俺はそう答えながら男性の答えにかなり驚いていた。この人達……凄く強いな。物理的な強さはそこまでではないだろうけど、とにかく心が強くてカッコいい。

 俺は街の人達の考え方に感銘を受けて、もっと手助けをしてあげたいと自然に思った。


「調理しやすいように、私と私の護衛達で解体をしてしまいますね。そして肉がダメにならないように、とりあえず私のアイテムボックスに入れておきます。そこならば生肉も痛まないので。宴の準備があらかた終わり、肉が必要になったら言ってください」

「……そこまでしていただいてよろしいのでしょうか?」

「もちろんです」


 それから俺は護衛達に手伝ってもらい、ファイヤーリザードを素早く解体した。そして今日家に帰ってから食べ切れる分をそれぞれ手渡して、残りは全てアイテムボックスに仕舞った。

 残り二体のことも殿下と街の人達に伝えたんだけど、その二体は俺が好きなようにして良いと言われたので、ラースラシア王国に帰ったら解体して、また美味しい料理に生まれ変わらせようと思う。今度は煮込みもやりたいな。


「では宴を楽しみにしています」

「使徒様に楽しんでいただけるものになるよう、力を尽くします」


 そうして被害を受けた街の人達との話を終えた俺達は、滞在している代官邸に戻るため馬車に乗った。宴をすることで、皆の気持ちに区切りがついたら良いな。できる限り楽しいものになるよう、俺も力を尽くそう。

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