第392話 ヴァロワ王国の文化
歓迎のパーティーが終わって客室に戻った俺は、ほとんど記憶もないほどすぐ眠りに落ちて、気づいたら次の日の朝だった。
「ふわぁ〜、よく寝た」
ロジェに起こされる前に目が覚めて大きく伸びをしていると、天蓋の布の向こうからエミールに声をかけられる。
「レオン様、お目覚めですか?」
「うん。目が覚めちゃった。昨日早く寝たからかな」
「まだ起床時間まで一時間以上ございますが、いかがいたしますか?」
「もう起きるよ」
「かしこまりました」
エミールは天蓋の布を持ち上げて、部屋のカーテンも開いてくれた。ちょうど日が昇り始めたぐらいの時間らしい。早起きすると気持ちが良いな。
「ファブリス、おはよう」
部屋の隅で丸まって寝ているファブリスの前にしゃがみ、顔を覗き込みながら声をかけた。するとファブリスはうっすらと目を開けて俺を視界に捉える。
『主人、早起きではないか?』
「目が覚めちゃって。……ねぇファブリス、背中に寝ても良い?」
『別に構わんが、今起きたところではないのか?』
「寝るんじゃなくて、ファブリスの毛並みを堪能したいだけだから。ここまではずっと馬車に乗ってたから、ファブリスに乗ってないし」
ファブリスのふわふわでもふもふな最高の毛並みは、定期的にギュッと撫で回したくなるのだ。
『そういうことならいくらでも寝てくれて構わない』
ファブリスがドヤ顔で了承してくれたので、俺は遠慮なく背中に登って体の力を抜いた。あぁ……これこれ。この毛の詰まった絶妙な弾力とふわふわ感。これがめちゃくちゃ気持ち良くて快適なんだよね……
マリーがこの上でよく寝てるのにも頷ける。マルティーヌと話をしたいから馬車に乗ってるけど、ぶっちゃけ移動の快適さという点だけで考えたら、王家の馬車よりもファブリスの勝利だ。
「昨日の夕食で何が一番好きだった?」
昨日はファブリスと美味しさを分かち合って騒げなかったので今聞いてみると、ファブリスは途端に尻尾をぶんぶん振り回し始めた。
『全部美味かったぞ!』
「ふふっ、確かにそんな感じだったよね。特に一つ選ぶとすると?」
『ふむ、そうだな……タンドリーチキンだったか? あの肉料理が美味かった』
「ファブリスも? 俺もあれが一番好きだったな。でも前菜のチーズも美味しかったよね」
『ああ、あれか! 確かにあれも捨て難い』
ほとんどがラースラシア王国にはない味付けで凄く美味しかった。やっぱり料理に必要なのは調味料なんだと実感したよね……
「香辛料がラースラシア王国でも手に入るようになるから、帰ってからも作ってもらおうか」
『うむ、楽しみだ』
「マリーにも食べさせてあげたいね」
『絶対に喜ぶな』
そうしてファブリスの背中に寝そべりながら話をしていると、最高な毛並みのベッドと絶妙な温かさに次第に瞼が重くなり……俺はファブリスの背中に乗ったまま寝落ちしてしまった。
「レオン様、起床のお時間でございます」
「……あれ? 俺また寝てた?」
ロジェの声に目が覚めると、俺はまだファブリスの背中の上にいた。さすがにはっきりと目が覚めてファブリスの上から降りる。
「ファブリスごめん、重かったでしょ」
『別に問題ない。一人ぐらいなら乗ってても乗ってなくても変わらんからな』
「それなら良かった。ありがとね」
俺はうつ伏せで寝ていたために固まって痛い肩周りを、ゆっくりと回してほぐしながらソファーに向かった。そして目覚めの果実水を一杯飲んで身支度を整え始める。
「今日はどんな予定だっけ」
「午前中は王都散策をしながらヴァロワ王国の文化を見学、午後はカカオ農園の見学でございます」
そうだった、まずは文化交流からなんだよね。王都散策楽しみだな。昨日は馬車から見てただけだから、実際にお店に寄ってみたい。屋台で買い食いとかもしたいな。
「歩きじゃないよね」
「馬車からと伺っております。しかし幾つかの場所で馬車を降りての見学も予定されていますので、馬車を降りることができないということはないかと」
それから各自の部屋で朝食を取って、俺達は王宮のエントランスに集合した。今日の日程に参加するのは俺とマルティーヌ、ラースラシア王国の文官が数名、それからフェリシアーノ殿下とヴァロワ王国の文官達だ。
基本的に俺達の案内役はフェリシアーノ殿下が務めることになっているようで、帰国まで毎日顔を合わせることになる。陛下と第一王子殿下はたまに顔を出す程度らしく、今日は午後のカカオ農園見学の時に合流するらしい。
「フェリシアーノ殿下、おはようございます」
「ジャパーニス大公様、マルティーヌ王女殿下、おはようございます。旅の疲れは癒せたでしょうか?」
「とても居心地の良いお部屋を貸していただけましたので、疲れを取ることができました」
マルティーヌがにっこりと微笑みながらそう言うと、フェリシアーノ殿下も安心したように笑みを浮かべた。
「それは何よりでございます。王都散策では暑い中で外に出ていただくこともございますので、体調の変化等ございましたら遠慮なく仰ってください。では馬車へお願いいたします」
今日の馬車はかなり大型のものが二台で、一台目に俺とマルティーヌ、それからフェリシアーノ殿下と文官一名に三人の従者が乗る事になっている。護衛は馬に乗って馬車の横を並走するらしい。そして二台目の馬車には文官達が全員乗る。
全員が乗り込むとすぐに馬車は動き出して、丘をゆっくりと下って王都の街中へと向かった。馬車は下り坂を下るのは結構大変なんだけど、かなりスムーズだ。
「まずは大通りに向かいます。そこでは馬車から降りていただいて、建物の建築様式やお店の様子など、見学いただけたらと思います」
「かしこまりました。お店で気になったものは購入しても良いでしょうか?」
「もちろんです」
アイテムボックスに入れておけば半永久的に保存できるから、頻繁に来れないところで買い物をするととにかく買い占めたくなっちゃうんだよね……商品が無くならないように自重しつつ楽しもう。
「この街では、貴族が住む場所と平民が住む場所は分かれているのですか?」
マルティーヌが外を眺めた後に、フェリシアーノ殿下にそう聞いた。すると殿下は首を横に振る。
「厳密に分かれているということはありません。高位貴族が多く住む地域はありますが、治安が良く人気の地域ならば貴族は自由に住む場所を決めています」
わざわざ治安が良くって言葉を添えるということは、貴族が住まないような治安の悪い地域もあるってことだろう。やっぱりどんな国にも街にも、そういう場所って作られるんだな。
「では平民が住む場所と貴族が住む場所で、物価は同じということでしょうか?」
「基本的に同じものであるならばどこでも同じ値段です。しかし貴族家が多く集まる地域には貴族通りと呼ばれる場所がありまして、そこにあるお店は高価なものを取り扱っています。ただむやみやたらと高いわけではなく、質が良かったり品種が違ったりするためです」
そうなんだ……そこはラースラシア王国とは違う部分だ。ラースラシア王国の貴族街は、同じものでも平民向けのお店より高い値段で売っていることが多い。
最初はこれだと誰も買わないんじゃないかと思ったけど、平民向けのお店で買うなんて貴族としてあり得ないといった考えが浸透しているので、特に問題なく中心街のお店もやっていけるのだ。
要するにラースラシア王国では、貴族は見栄とプライドのために大金を使っている。その見栄を満たすために、同じものを高価な値段で売るという一見あり得ない商売が成立しているのだ。
日本でいうブランドと似たような構造なのかな……貴族達は貴族街のお店というブランドに惹かれるのだから。
「これから向かうのは貴族通りですか?」
「いえ、本日は一般的な市場に向かっております。貴族通りも予定に組み込みますか?」
「そうですね……気になりますが、貴族通りのお店は王宮に呼ぶこともできるのでしょう?」
「もちろんです。ご要望の品があれば王宮に店の者を呼び寄せます」
「では本日は一般的な市場にいたします」
そうしてマルティーヌとフェリシアーノ殿下の話が一段落したところで、馬車は丘を下り終わって街中に入った。もう少しで目的地みたいだ。
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