第393話 家の作りと市場
馬車が止まって周囲の安全が確認されたところで、俺達は街に降り立った。ヴァロワ王国は年間を通して気温が高い国だけど、今の時期はそこまでひどい暑さでもないみたいで、直射日光の当たる外にいても短時間ならば辛さは感じない。
「まず見ていただきたいのは家の作りです。馬車からもご覧になっているとは思いますが、我が国の一般的な建築様式ではこのようにベランダを設置します。これは年間を通して温暖な気候が続くことが原因でして、暑い夏を少しでも涼しく過ごすための先人の知恵です。基本的に民達はこのベランダで多くの時間を過ごします」
日本人としてベランダと聞くと、どうしても二階にある洗濯物を干す場所を思い浮かべてしまうけど、これはあのベランダとは用途が全然違う。
この国のベランダは一階の半分を占めるほどの大きさで、そこにテーブルや椅子などが設置され快適に過ごせるようになっている。ベランダというよりも……壁がないリビングって感じだ。
いくつか見える食堂は殆どがベランダ席みたい。冬がないのならこれが一番良い作りなんだろう。
「日陰で風が通れば涼しそうですね」
「はい。この街は山から降りてくる風が多いので、その風が通るように考えて家が建てられています」
こうして見てると一階のベランダが羨ましくなるな。東屋とはまた違った良さがある。どちらかといえば……日本の縁側に通じるものがあるのかも。
大公家の屋敷にも増築しようかな。テーブルと机にソファーを置いて、屋敷の一室から繋がるようにしたい。帰ったら相談かな……
「次はこちらに来ていただけますか?」
馬車から降りた場所は住宅地だったけど、そこから少し歩くとすぐにたくさんのお店が立ち並ぶ市場に出た。人がたくさん行き交い賑わいを見せている。
「こちらは王都の中でも大きな市場の一つです。この国の特産品も売っておりますので、是非ご覧になってみてください」
「自由に見て回っても良いのでしょうか?」
「もちろんです。しかし昼食の予定もございますので、時間は一時間ほどとさせてください」
「かしこまりました」
フェリシアーノ殿下から自由で良いという言葉をもらってマルティーヌの方を振り返ると、マルティーヌはヴァロワ王国の文官達と話しながら既にお店を見て回っていた。さらにフェリシアーノ殿下は、ラースラシア王国の文官達と話を始めている。
ということは、俺は一人で回って良いってことだよね。内心でガッツポーズをしながら、さっそく目当てのお店を見つけるために大通りをぐるっと見回した。
「ロジェ、この国の貨幣に両替してくれたんだよね?」
「はい。先日両替いたしましたので、ご自由にご購入されてください」
「ありがとう。じゃあまずはあそこに見える香辛料のお店に行こうか」
お店に近づくと、奥に店員らしきおじさんがいたので声をかける。
「こんにちは。色々と聞いても良い?」
「もちろん良いぞ。何が欲しいんだ?」
店先には麻袋に詰められた数十種類の香辛料が、所狭しと並べられていた。とりあえず全種類買うことは確定なんだけど……どれがどんな味かは大まかにでも知っておきたい。
「タンドリーチキンに使われるのってどの香辛料?」
「そうだな。あれは人によるが……これとこれ、それからこいつは絶対に入れるな。あとは人それぞれだ」
おじさんが指差したのは茶色い粉と黄色っぽい粉、それから黒い種みたいなやつだ。この三つがあのカレーみたいな味を作るのに必要ってことだろう。
「この黒い種はこのまま使うんじゃないよね?」
「こいつは料理に使う直前に潰すのが一般的だ。そうじゃないと味も風味も落ちるからな」
「そうなんだ。じゃあその三つを、大袋で三袋ずつもらって良い?」
このお店では小袋、中袋、大袋があって、そのどれかを選んで一袋単位で買うらしい。大袋は両手で抱えるぐらいの大きさだ。
「毎度あり。他に欲しいものはあるか?」
「他のやつも全部欲しいんだけど……とりあえず大袋で一つずつ買おうかな。あとはおじさんのおすすめと、料理によく使われるやつを一袋ずつ追加で」
「そんなに買ってくれんのか!?」
今まで淡々と接客をしてくれていたおじさんも、さすがに驚いたらしく目を見開いている。
「うん。さすがに買いすぎ?」
「いや、ありがたい。今夜は美味い飯が食えそうだ」
おじさんはそう言って笑みを浮かべてくれたので、俺は安心して買い物を再開した。そして結局おじさんのおすすめ三つとよく使われる香辛料二つをさらに追加で購入し、アイテムボックスにたくさんの香辛料をストックできたところでおじさんの店を後にした。
帰るまでにあと何回か香辛料を追加購入したいな。そして帰国してからは気に入ったやつを重点的に輸入しよう。
「ロジェ、次はあの屋台に行こうか。ファブリスにお土産を買って帰るって約束したんだ」
「かしこまりました。……ファブリス様が気に入っていた味付けですね」
漂ってくる香りで香辛料が多く使われた串焼きだと分かる。昨日のタンドリーチキンを彷彿とさせる香りだ。
「俺もかなり気に入ってるんだ。ロジェはどう? 従者の食事も俺達のと同じ内容だったんだよね」
「はい。……正直最初に食べた時は味が濃いと驚きましたが、とても美味しかったです。癖になる味付けだと思いました」
「そうなんだよね……気付いた時には食べすぎてるから気をつけないと」
俺のその言葉にロジェは苦笑を返してくれた。そうして辿り着いた屋台では、まだ年若い男性が串焼きを必死に焼いている。
「こんにちは。串焼きを買っても良いかな」
「いらっしゃい! もちろん大歓迎だ」
「何本までなら買っても大丈夫?」
見える範囲には十本ぐらいしか串焼きがなかったのでそう聞いてみると、男性はゆっくりと首を傾げて腕で汗を拭った。
「別に何本でも良いけど……どういうことだ?」
「たくさん買って在庫がなくなったら今日のお店は終わりでしょ? それは申し訳ないかと思って」
「いや、俺としては早くに売り切れるのはありがたいけど……」
「本当? じゃあ三十分で焼けるだけもらうよ。何本でも上限はなしで」
俺のその注文に、男性は一瞬理解できないというように固まった後、「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「そ、そんなに買ってくれるのか!?」
「うん。お金はちゃんとあるから大丈夫だよ」
ロジェが後ろからお金を見せたことで、男性はやっと俺に従者がいることに気付いたらしく、さらに俺の服装にも意識が向いたらしい。
とりあえず身分が高い人だと認識してくれたのか、そこからは無言で頷き串焼きを焼き始めてくれた。
「無理に急がなくても良いからよろしくね」
「おう、分かった」
そこから俺は周りのお店を見て気になったものを購入しつつ、たまに屋台に戻って焼き上がった串焼きを受け取りアイテムボックスに収納していった。
既に焼いてあり温めるだけのものもあったらしく、予想以上にたくさん買えたので満足だ。
「いっぱい買ってくれてありがとな!」
三十分の間に緊張も解けたらしく、最後には売上を握りしめた男性に満面の笑みで見送られて屋台を後にした。串焼きは一本食べたけど……凄く美味しかった。ここにいる間にまた時間があったら買いに行こうと思う。
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