第391話 歓迎のパーティー
俺達が席に着いてすぐに、フェリシアーノ殿下を始めとした王族の方々が会場に現れ、最後に陛下が王妃殿下と一番の上座に座って全員が集まった。
すると給仕が一斉に現れて、グラスに果実酒を注いでいく。子供の俺達も同じものみたいだ。この世界はお酒に明確な年齢制限はないから良いんだけど、俺はお酒よりもジュースの方が好きなんだけどな……。それも子供の体だからなのだろうか。もう少し成長したら美味しく感じられるようになるかな。
全員の手元に一杯の果実酒が供されると、陛下が徐に立ち上がった。
「今夜はラースラシア王国とヴァロワ王国の友好を深めるため、微力ながらこのようなパーティーを開催した。参加していただき感謝する。我が国の特産品をふんだんに使った料理の数々や様々な余興、楽しんでいただけたらと思う。ではさっそく……、乾杯」
陛下のその言葉に全員が乾杯とグラスを掲げ、果実酒を口に含んだ。俺もほんの少しだけ口に入れる。
……うぅ、やっぱりあんまり美味しくない。マナー的には一口飲めば大丈夫だから、この後は別の飲み物にしてもらおう。
全員がグラスを置くと、すぐに前菜が運ばれてきた。食事がフルコースになっているところは、ラースラシア王国と変わらないみたいだ。
「こちらはパニルティカでございます。ヴァロワ王国でよく食べられているチーズを、香辛料で煮込んで味付けしたものです」
おおっ、初めて聞く名前の料理だ。日本も含めて俺が今までに遭遇したことのない料理ってことだろう。
見た目は一口サイズの丸いチーズが、赤い香辛料を纏っている感じ。煮込み料理って言ってたけど、スープはなくてお皿の中央にいくつか野菜と共に盛られている。
「初めて見る料理です」
「そうでしたか。我が国では富裕層に親しまれているものなのです。フルコースの時は前菜に、そうでない時にはおつまみとして食べることもございます」
俺の前の席に座っているフェリシアーノ殿下が、にこやかな笑みを浮かべて情報の補足をしてくれた。
やっぱり殿下は良い人だよね……その隣にいる第一王子殿下は陛下と似ていて、基本的にはあまり笑わず寡黙な様子だ。
俺としてはフェリシアーノ殿下の方が好きだなと思ってしまう。王としてどっちが良いのかは難しいけど……それにさっきの陛下のように、素は違う可能性もあるし。
「どのようなお酒と合うのですか?」
「やはり甘くないお酒ですね。果実酒よりはエールなどがおすすめです。お一つ食べてみてください」
「ありがとうございます。ではさっそくいただきます」
フォークで一つ刺してみると、予想以上に柔らかいチーズだった。口に入れると弾力のある食感だと分かる。これ……めちゃくちゃ美味しいかも。チーズがかなり濃厚で味が濃く、その周りの香辛料がそのチーズの味に完璧にマッチしている。
「とても美味しいですね……このチーズはもちろんですが、味付けが絶妙です。やはりたくさんの香辛料を使っているのでしょうか?」
「はい。しかしどの香辛料を使うのかは料理人次第なので、食べる場所によっては味が違うこともございます」
料理人の腕が試されるメニューなのか。それならこれが美味しければ、他の料理も美味しい可能性が高いってことだろう。これから来る料理への期待が高まる。
「違う味付けも試してみたくなりますね」
「明日から召し上がっていただけると思いますので、期待していてください」
そうだ、明日からも毎日ヴァロワ王国の料理が食べられるんだった。それだけでここまで来た甲斐がある。
『主人、これは美味いな!』
フェリシアーノ殿下と会話をしながら食事を進めていると、俺の後ろに席を置いてもらっていたファブリスが、かなり高いテンションで声をかけてきた。
少し行儀が悪いけど後ろを振り向くと、ファブリスの前にある皿は綺麗に空になっていて、口元を舌でベロリと舐め取っている。
「もう食べちゃったの?」
『美味しかったからな』
「それなら良かったけど……もう少し味わって食べなよね。それから、次の料理が運ばれてくるまで大人しく待ってること」
『もちろん分かっておる』
ファブリスは鷹揚に頷いているけれど、尻尾がゆらゆらと揺れていてなんだか締まらない。最近ファブリスが本当にペットに見えてきてるんだよね……たまにちゃんとしてる時は威厳ある神獣って感じなんだけど、慣れたからか気を抜いている時は完全にペットだ。もう俺の目には大型犬に見えている。
「マルティーヌ、これ美味しいね」
俺はとりあえずファブリスは放っておくことにして、姿勢を正して今度は隣にいたマルティーヌに話しかけた。
「ええ、とても好きな味だわ。レオン、これクレープに合うと思わない?」
マルティーヌは後半のセリフを俺にだけ聞こえるように呟いた。確かに合うかもしれない……これと似たような味付けをしたチキンと、それから野菜を挟めば絶対に美味しい。マヨネーズをかけたらもっと味に深みが出るかも。
「絶対に合うと思う。帰ったら研究してみようか」
「私にも食べさせてね」
「もちろん」
小声でそんな会話を交わし、顔を見合わせて微笑みあった。美味しいものができたら一番にマルティーヌのところに持っていこう。
それからスープや魚料理を堪能して、ついに一番のメインである肉料理が運ばれて来た。俺はその料理がパーティー会場に入って来た瞬間、思わず声を上げて立ち上がりそうになってしまうところを寸前で耐えた。
「カレーの匂いだ……」
しかしそう呟いてしまったのは許して欲しい。日本でよく食べていた甘いカレーというよりも、もっと本格的なカレーの香り、スパイスの香りが漂って来たのだ。
この世界にもカレー粉に使われてたスパイスが存在してるってことだよね……カレーもあるのかな。あって欲しい、なかったら作りたい。
「こちらはタンドリーチキンという我が国の伝統料理だ。スパイスをふんだんに使ったもので、祝い事の席ではよく出されるものとなっている。気に入っていただけたら嬉しい」
タンドリーチキン!! 俺は陛下の説明を興味深く聞いているふりをしながら、内心で叫んでいた。自動翻訳でタンドリーチキンと訳されてるってことは、似たような香辛料が使われているのだろう。
「とても美味しそうな香りですね」
「私が一番好きな料理です。兄上もそうですよね?」
フェリシアーノ殿下は隣に座っていた第一王子に話を振った。すると第一王子殿下はフェリシアーノ殿下の方を向き、少しだけ頬を緩めて頷く。
「うむ」
この二人は仲が悪いって感じじゃないんだな……雰囲気は悪いどころか良さそうだ。もしかしたら第一王子殿下も実はもっと明るい人なのかも。
この国って、王は寡黙で笑わず厳しいのが良いって教育されるのかな。
「ジャパーニス大公様、ぜひ食べてみてください」
第一王子殿下は俺の方に体を向けると、少しだけ笑みを浮かべてそう言ってくれた。
「はい。ありがとうございます」
この国とは良い関係を築けそうだな……俺はそんな結論に達して、嬉しい気持ちでタンドリーチキンに手を伸ばした。ナイフとフォークで一口サイズに切り取って、一度香りを楽しんでから口に運ぶ。
やばい……めちゃくちゃ美味しい。まさにこれだ、日本で食べたことのあるタンドリーチキンはこんな味だった。もちろん完全に一致はしてないんだけど、かなり似た味だと思う。というか少し違ってても美味しければ良い。
「とても美味しいです。これはどのような味付けなのですか?」
「我が国で採れる香辛料をブレンドしたもので味付けをしています」
「その香辛料を購入することはできるのでしょうか?」
「もちろんです。貴国には我が国の特産品を優先的に輸入する権利がございますから、お望みの分だけ」
そういえば助けてあげる代わりにカカオと香辛料の優先輸入権と、それらヴァロワ王国の特産品をラースラシア王国で栽培できる権利を得たんだった。
「ありがとうございます。では後ほど輸入品についての話もさせていただければと思います」
「かしこまりました」
それからもパーティーは和やかな雰囲気の中で進み、数時間で終了となった。食事に一度もカカオが出てこなかったので聞いてみると、カカオは基本的に薬として使われ、食べることはないらしい。一部の物好きが中の種を刻んで飲み物にしたり、果肉を食べたりしているぐらいだそうだ。
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