第390話 思わぬ会合と束の間の休息

 謁見室から出ると従者服を着た男性に声を掛けられ、俺だけこの後に少し時間をとって欲しいと言われた。この場では主人を告げられないとのことだったけど、悪い雰囲気ではなかったし、ファブリスや従者、護衛の皆も一緒で良いと言われたので、了承して男性に従った。


 そうしてしばらく王宮の中を進むと……辿り着いた応接室にいたのは、まさかの陛下とフェリシアーノ殿下だった。


「な、へ、陛下。何故このようなところに……」


 想像もしていなかった人物の登場に狼狽えていると、陛下はさっきまでよりもかなり雰囲気を柔らかくして、俺にソファーを勧めてくれる。


「使徒殿にどうしても礼が言いたかったのだ。まだ貴族達に公にしてないゆえ謁見の間では口にできなかったのだが、息子を救ってくれてありがとう。君がいなければ助からなかったと聞いた」


 そういうことか……この人も一国の王だけど、父親でもあるんだな。そう思ったら途端に親近感が湧いてくる。王としてのモードとそうでない時とは差があるんだろう。


「直接のお礼の言葉、ありがとうございます。私の力が役に立って良かったです」

「うむ。礼として贈る物のリストを後に送るので、受け取って欲しい」

「ありがたく頂戴いたします」

「それから先程は使徒殿の能力を疑うような言動、本当に申し訳なかった」


 そう口にした陛下の表情は、申し訳なさそうに眉が下がっていた。あれは本心からってわけじゃなかったのかもしれないな……国王として求められている言動があるんだろう。

 もしかしたらこの国も、前のラースラシア王国のように貴族の力が強いのかもしれない。どこの国も大変だね……この世界に転生して、王族なんてなるもんじゃないと何度も思ってる気がする。


「問題ありません。あの場で能力を示せたことは、今後この国で活動をする上での利益となったでしょうから」


 あそこまで力を見せられたら、もう疑うような人なんていないだろう。一気に知らしめることができて逆にありがたかった。


「寛大な対応、感謝する」

「ジャパーニス大公様、私からも改めて、本当にありがとうございました。今後の日程もよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 そうして俺は謁見の後に思わぬ会合に参加し、マルティーヌから少し遅れて客室へと案内された。



「こちらの部屋をお使いください」

「ありがとうございます」


 俺に割り当てられた部屋に入ると、中は予想通りの派手さ加減だった。ちょっと、いやかなり落ち着かない。短時間だけ食事を楽しむレストランがこの内装だったら嬉しいのかもしれないけど、ゆっくりと休みたい私室がこの内装なのは疲れる。


「文化の違いとは、凄いのですね……」


 ロジェすらも内装を見て呆然とそう呟いた。でもこういう違いを楽しむことも、他国に行く楽しさではあるよね。もうここは素直に受け入れて楽しんだ者勝ちだ。そう思おう。


「凄いよね。こんなに豪華な部屋に泊まれることなんてこれから先ないかもしれないし、堪能しておこうか」

「……そうですね。そういたします」


 それから俺はソファーに腰掛け、ロジェが入れてくれたお茶を飲みながら一息ついた。従者の皆はこの部屋で過ごしやすいように荷物を整理してくれていて、護衛の皆は逃走経路などの確認をしている。そしてファブリスは部屋の隅で早速寝ている。


「レオン様、パーティーまでは四時間ほどございますがいかがいたしますか?」

「四時間もあるんだ。それなら……少し横になって休もうかな」


 連日の馬車移動とチェスプリオ公国での騒動、さらにはさっきの謁見にその後の予想外の会合。さすがに体が疲れを訴えてきている。子供の体はそこまでタフじゃないのだ。


「かしこまりました。ではゆったりとした部屋着にお召し替えいたしましょう。ホットミルクなどは飲まれますか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう」


 それから俺はロジェとエミールの二人がかりで素早く着替えさせてもらい、早速ベッドに入った。ベッドはふかふかで横になるとすぐに眠気がやってくる。


「じゃあお休み。二時間ぐらいしたら起こしてね」

「かしこまりました。おやすみなさいませ」


 押し寄せてくる強い眠気に抗えず、ロジェのおやすみなさいという言葉を聞いたか聞かないか曖昧なほど、すぐに眠りの世界へと落ちていった。



「レオン様、お時間でございます」

「うぅ……」


 もう少し寝たい……このふかふかで幸せな世界にこもっていたい。まだ覚醒しきっていない頭でそんなことを考えて寝返りを打ち、もう一度眠りの世界に戻ろうとしたその瞬間、また声がかかる。


「レオン様、そろそろ準備をしませんと、パーティーに間に合わなくなってしまいます」

「うん、分かってる……って、あれ?」


 俺は何とか重い瞼を持ち上げて、そこにいた人物の顔を見た瞬間に目が覚めた。


「ロジェじゃないの珍しいね」


 俺を起こしてくれたのはエミールだったのだ。新しく入った従者の中でエミールが一番優秀だって言ってたし、重点的に教育してるのかな。


「ロジェさんはヴァロワ王国側の使用人に呼ばれて、少し席を外しています」

「え、それって俺寝てて大丈夫なやつだった?」

「はい。従者の間で情報共有があるだけみたいです」

「それなら良かった」


 ロジェじゃなくてエミールに起こされた意外性が功を奏し、完全に目が覚めた俺は起き上がってベッドから降りた。短い時間でもベッドでちゃんと寝たことで疲れが取れた気がする。


「まだお疲れですか?」


 エミールが心配そうに眉を下げているのを見て、俺は慌てて首を横に振った。


「二時間寝て結構スッキリしたよ」

「それならば良かったです。あちらのテーブルに果実水を準備してありますが、こちらにお持ちしましょうか?」

「ううん、向こうに行くよ。エミールは着替えの準備をお願い」


 ソファーに向かうとテーブルには、よく冷えた果実水がコップに注がれて置いてあった。柑橘系の味がほのかにして、寝起きには最適な飲み物だ。


 それからエミールともう一人の従者の手によって身支度を整えてもらっていると、その途中でロジェが戻ってきた。


「ロジェ、おかえり」

「ただいま戻りました。席を外してしまい申し訳ございません」

「全然大丈夫だよ。情報共有に行ってたんでしょ? 俺が聞いておくことは何かある?」

「いえ、レオン様のお耳に入れなければならないことはございませんでした」


 ロジェがそう言うのなら本当に大丈夫なのだろう。使用人も大変だよね……皆が誠実に支えてくれてるからこそ俺は毎日快適に過ごせてるんだから、感謝の気持ちは忘れないようにしないと。


「レオン様、髪型はこちらでよろしいですか?」

「うん、ありがとう」


 鏡で全身を見てみると、この国の煌びやかさに合わせたのか、いつもより装飾品が多くてキラキラ度が増してる気がする。キラキラの部屋にキラキラの衣装を着た人達。

 ……目がチカチカしそうだな。



 身支度を整え終わるとちょうど良い時間だったので、俺はそのままマルティーヌを迎えに部屋へと向かった。パーティーにはファブリスの席も準備してくれているということだったので、ファブリスも一緒だ。


『腹が減ったぞ』

「ふふっ、もう少し待ってね。どんなご飯が出るのか楽しみだよね」

『うむ、我がこの国の食事を審査してやろう』


 ファブリスって審査できるほどグルメだったっけ……何を食べても基本的に美味いぞ、これも美味い、これも美味いな! しか言わない気がするんだけど。でも張り切ってるから指摘しないであげよう。


 そんな食いしん坊のファブリスを連れてマルティーヌの部屋に着き、ロジェが扉をノックするとすぐにマルティーヌが外に出てきてくれた。


「じゃあ行きましょうか」

「うん。他の皆はもう会場に行ってるのかな」

「今回のパーティーは騎士や文官達も招待されているから、行ってると思うわよ。他国のパーティーなんて初めてだから楽しみね」

「ラースラシア王国とは全然違うって聞くよね」


 ラースラシア王国のパーティーは丸テーブルがあって席が一応決まってはいるけど、基本的には立食パーティーだ。それから参加者はダンスを踊れる能力が必要となる。


 しかしヴァロワ王国のパーティーは貴族家の食堂にあるような長テーブルがいくつも置かれ、基本的には着席したままパーティーが進むらしい。後半に歓談の時間があり、そこでは立ち上がって話をすることもできるようだけど。

 さらにヴァロワ王国のパーティーでは参加者がダンスを踊るということはない。ダンスは専門の踊り子が踊って、参加者の目を楽しませるものみたいだ。


「どんな料理があるのかも楽しみだよね」

「そうね。香辛料が有名だから、それを使った料理が多いのかしら?」

「多分そうだと思うよ。香辛料ってラースラシア王国にあんまり入ってきてないから、今回食べて気に入ったやつがあったら買って帰りたいと思ってるんだ」

「美味しかったら輸入を増やすのもありよね」


 マルティーヌとそんな話をしつつ、期待に胸を膨らませて会場までゆっくりと歩いた。そして会場の扉前に辿り着くと……既に良い匂いが漂ってくる。会場には下座に座る人から入るんだけど、その人達のために軽食が出されてるみたいだ。


 俺達が会場に足を踏み入れると、皆が視線を向けて歓迎の拍手をしてくれた。予想以上に良い雰囲気で俺の気持ちも上がってくる。さっきの謁見では少し疑われてたけど、やっぱりあそこでちゃんと力を見せつけたのが良かったのかな。

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