第389話 謁見

 使用人に連れられて辿り着いた謁見の間は、豪華で派手な大扉の先にあるようだった。俺がエスコートする形でマルティーヌと並び、その少し後ろに軍務大臣であるコラフェイス前公爵、それから文官数人が続く予定だ。


「ラースラシア王国使節団の皆様をお連れいたしました」


 大扉の前にいる騎士に使用人が声をかけると、騎士達が四人がかりで扉をゆっくりと開く。段々と開いていく隙間から見える謁見室の中は、相当な広さのようだ。

 最奥の玉座にはヴァロワ王国の国王が堂々たる風格で座っていて、その一段下には何人か王族の方々がいる。さらに部屋の左右には扉の近くから玉座の方までずらっと、貴族達が並んでいる。


 俺はそんな光景に怖気付いて、自分の体が固まるのを感じた。こういう場所は慣れてないんだよ……転移で逃げたい。逃げちゃダメなのは分かってるけど逃げたい。さっきまでは緊張なんてしてなかったのに、こんな直前になって襲ってくるのはやめてほしい。

 ふぅ……俺はなんとか緊張を解こうと、周りに分からないように小さく深呼吸を繰り返した。すると俺の緊張が伝わったのか、俺の腕に添えているマルティーヌの手に力が入る。


 そうだ、マルティーヌもいるんだから大丈夫だ。もう扉が開いていて横に視線を向けることはできないけど、少しだけ力が込められた手のひらから勇気をもらえる。

 マルティーヌありがとう。俺は心の中でそう伝えて、しっかりと顔を前に向けた。


 優雅に笑顔は絶やさずに、しかし威厳を出すためにも顔を緩めてはいけない。ゆっくりと進んでいるように見せつつも、他国の国王をあまり待たせないように早く玉座に近づいていく。

 そして示された場所で立ち止まると、その場に跪いて頭を下げた。もしこの場に来たのがアレクシス様だったら跪く必要はないけど、俺達は国王より身分は下なので跪く。


 使徒という立場を全面に押し出せば跪く必要はないのかもしれないけど、俺は基本的にラースラシア王国の大公として来ているつもりなので、ちゃんとその身分に合った振る舞いをする。

 俺の立場は大公で使徒っていう、他国の王族と関わる時にはかなりめんどくさい立場なんだよね……まあその場面によって臨機応変に立場を変えるしかない。基本的にはこうして大公として、しかしミシュリーヌ教に関する出来事の時には使徒として。


「お初にお目にかかります。ラースラシア王国国王であるアレクシス・ラースラシアが長女、マルティーヌ・ラースラシアと申します。この度は両国間の友好を深める機会をいただけて光栄でございます」


 俺が大公ということになっているので、ラースラシア王国側で一番身分が高いことになるマルティーヌが挨拶をする。


「頭を上げてくれ、丁寧な挨拶感謝する。私はヴァロワ王国国王である、エドゥアール・ヴァロワである。此度は遠路はるばる我が国までの遠征、王国を代表して謝意を表したい。――して、隣にいるのが使徒殿であるか?」

「はい。ご紹介いたします。こちらが女神ミシュリーヌ様の使徒である、レオン・ジャパーニスでございます。我が国で大公として国に仕えてくれています」


 マルティーヌに紹介されたので、俺は頭を下げたまま口を開いた。


「レオン・ジャパーニスと申します。陛下に御目通り叶いましたこと、光栄でございます」

「そのようにかしこまらなくとも良い。頭を上げてくれ」


 俺がゆっくりと顔を上げて陛下に視線を向けると、陛下は鋭い眼光で俺のことを見つめていた。ヴァロワ王国で俺ってどう思われてるんだろう……そもそもヴァロワ王国では国教がなくて、ミシュリーヌ教もそういう宗教があると知られている程度なのだ。

 もちろん少数の信者はいるけれど、ラースラシア王国のように各地に教会があるということはない。


 でもそんなヴァロワ王国から俺に助力を願いに来たのだから、少なくとも俺が神の使徒で凄い力を持ってるってことは理解してるんだろうと思ってた。

 ただこの陛下の様子だと……少し疑ってるって印象だ。フェリシアーノ殿下からは、疑惑の目を向けられたことはなかったんだけどな。


 せっかくこんなに遠い国まで来たんだから、どうせならミシュリーヌ教を広める活動も積極的にやっていこう。この国でも国教にしてもらえれば、また神力の回復速度が上がるだろうし。

 とりあえず、俺がミシュリーヌ様の使徒ってところを強調することが大切かな。そうなるとファブリスをこの場に連れて来たほうが良かったかもしれない。あの外見だと怖がらせるかと思って、待機してもらってるんだ。


「貴殿が神の使徒か……噂は聞いているぞ」

「どのような噂なのかは存じ上げませんが、私がミシュリーヌ様の使徒であることは事実です。ミシュリーヌ様から様々な力を授かりました」

「そうか。……ではその能力というものを見せてもらえるか?」


 陛下は厳しい視線と声音でそう言った。その隣でフェリシアーノ殿下が、申し訳なさそうに眉を下げているのが微かに見える。


 ヴァロワ王国として使徒という存在に助力を願い出ることを決めはしたけど、その能力を信じきれてはいないし、助力を願うことに反対の人達もいるのかもしれない。

 確かにいくら凄い噂が流れてきてるとは言っても、自国では存在を知ってる程度の宗教の使徒を名乗っている少年を、無条件で信じるのは難しいか。


 でもそうは理解できても、そっちから頼んできたくせにってちょっとだけイラっとするけど。

 まあ良いけどね、ミシュリーヌ教を広めるチャンスをもらえたと思えば、この機会を逃すわけにはいかない。そもそもこうして疑いの目を向けられてるのも、ミシュリーヌ様が世界的に信仰されてないことも原因の一つだし。ミシュリーヌ様、もっと頑張らないとダメみたいです!


「では一瞬で別の場所に移動する転移をお見せします。今別の場所に待機している神獣であるファブリスの下に行き、ここにお連れしますね」


 分かりやすい能力が良いだろうと思い、俺は転移を選択した。ファブリスのことも連れてきたかったのだ。その提案を受けて、陛下は側にいる宰相らしき人にいくつか確認を取って頷いてくれた。


「よろしく頼む」

「かしこまりました」


 跪いた状態のままファブリスがいる部屋に一瞬で転移をして、ファブリスに触れてすぐにまた謁見室へと戻る。こういうのは早ければ早いほどインパクトあるからね。

 案の定謁見室に俺とファブリスが姿を現すと、室内は騒然となった。


『主人、気持ちよく寝ていたのに突然なんだ? 我は留守番ではなかったのか?』

「そうだったけど予定が変わったんだ。とりあえずここで大人しく座っててくれる?」

『別に良いが……』


 ファブリスは納得できない様子を見せながらも、俺の隣にペタッと寝そべって大きなあくびをした。このマイペースさ、見習おう。

 俺達の登場で騒然となっていた謁見室内は、ファブリスが話したことで今度は誰も言葉を発しなくなっている。


「い、今のは……神からもらった力なのか?」

「はい。もっと遠くにも行けますし、他にも多くの能力があります」

「そうか……」


 陛下は目を瞑って俯き少しだけ考え込むと、顔を上げて俺に謝罪した。


「疑うような真似をして、申し訳なかった」

「構いません。この国ではミシュリーヌ様が特別信仰されている訳ではないみたいですし。しかし私に助力を願うということは、ミシュリーヌ様に助力を願うということです。そのところ考えていただければ」


 暗にミシュリーヌ様を信仰するように促すと、陛下は難しい表情ながらも頷いてくれた。宗教国家でない国に宗教を広めるのって難しいけど、この世界では実際にミシュリーヌ様の声を聞くこともできるし、使徒や神獣という存在もいる。

 その恩恵を感じることができたなら、必然的に信仰するようになってくれるだろう。


 それからは当たり障りのない会話をしっかりとこなし、謁見は終わりの雰囲気となった。


「客室を準備してあるので長旅の疲れを癒してくれ。夜には歓迎のパーティーを予定している。我が国の文化を楽しんでもらえたら嬉しい」


 陛下のそんな言葉を最後に俺達は謁見室を退出した。部屋から出ると体に入っていた力がスッと抜ける。はぁ〜、緊張した。

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