第388話 ヴァロワ王国へ
チェスプリオ公爵家の屋敷を発ってから数日後、俺達はついにヴァロワ王国の王都に到着していた。王都は活気に満ち溢れた大きな街で、ラースラシア王国の王都ラスリアにも引けを取らないほどだ。
しかしもちろん違いはあって、一番に目につくのは家の作りだ。ヴァロワ王国は年間を通して比較的温暖な気候が続くからか、開放的な家が多い。平民の家にも一階に屋根付きのベランダがあり、そこにテーブルやイスが設置されている。
「他国の街を見るのって楽しいよね」
「ええ、文化の違いを感じられるわ」
あのベランダで風を感じながらの朝食とか、凄く優雅な暮らしだ。やっぱり気候が違うと文化って変わるんだな。
「ファイヤーリザードに襲われたことは、ここにいる限りでは分からないね」
「確か王都からは離れた場所だったのよね。どこまでの被害を受けているのか分からないけれど……こんなに素敵な街が襲われていたのかもしれないと思うと、心が痛いわ」
ファイヤーリザードは物理的に相当な強さだったし、火魔法も操っていた。こうして街並みを見ても木造建築が多いから、襲われた街はかなりの建物が全壊または焼失しているんじゃないだろうか……
さらにファイヤーリザードからの直接の被害だけじゃなくて、それによって騎士団が被害を受けたことで魔物の森の進行を止められなくなってるんだ。もしかしたら、今この時にも飲み込まれそうな街や村があるのかもしれない。
考えないようにと思っていたけど……こうして実際にヴァロワ王国に来るとどうしても考えちゃうな。でも焦っても仕方がない。使節団という名目だし、やることをしっかりとこなしてから助けに行くんだ。
先に文化交流が予定されていることから見ても、数日でどうにかなるほど切羽詰まってはいないのだろう。俺も焦るのはやめよう、焦って良い結果になることはない。
それからは見ているだけで楽しい街並みをマルティーヌと堪能して、俺達はヴァロワ王国の王宮に着いた。王宮は王都を抜けて少し進んだ先の小高い丘の上に位置していた。
ラースラシア王国の王宮は王都の真ん中に堀と塀で囲まれてあるのに対し、ヴァロワ王国の王宮は丘の上にあるからか堀などはなかった。塀もあまり高いものではなく、遠くからでも王宮の上部は目視することができた。
「随分と豪華な王宮なんだね」
「本当ね……うちとはまた違うわ」
ヴァロワ王国の王宮は一言で言えば、金ピカだった。ラースラシア王国の王宮が優美ならば、ヴァロワ王国の王宮は華美だ。
「ちょっとワクワクするかも」
「そうね。服装の違いも楽しみだわ」
「そういえば、正装には違いがあるんだよね」
フェリシアーノ殿下は急いで馬でやってきたから、着ていたのは乗馬用の服で、ラースラシア王国のものとそこまでの違いはなかったのだ。その後はラースラシア王国側が準備した服を着ていたし。
「特に女性のドレスは違いがあるらしいのよ。時間があったら買い物をしたいわ!」
マルティーヌは瞳をキラキラと輝かせてそう言った。エリザベート様に隠れていてあまり目立たないけど、マルティーヌも服や装飾品が好きなのだ。
「買い物の時間を作ってもらおうか。お店に行きたい? 王宮に来てもらう?」
「そうね……時間いっぱい買い物をしたいから、来てもらえると嬉しいわ。レオンも一緒に選んでくれる?」
「もちろん」
マルティーヌが喜んでくれるならいくらでも時間を作ろう。俺も別の国の衣装は気になるし。
「楽しみだわ」
そう言って微笑んだマルティーヌの笑顔に俺の気持ちも持ち上がり、二人で笑い合った。またひとつ楽しみが増えたな。
「あっ、門が開くのかも」
「本当ね……うわぁ、凄く綺麗」
車列は王宮の大門前で止まっていたけれど、手続きが終わったのか遂に門が開かれた。その先にあったのは……完璧と言えるほどに整えられた庭園とその先で存在感を放っている王宮だ。
「うちの王宮とはまた違うわ。こんなに広い庭園はないもの」
「ラースラシア王国の王宮は王都の真ん中にあるからね。ここは少し離れてるから敷地が広く取れるんだと思うよ」
「確かにそうね」
それに咲いている花や植物が結構違う。やっぱりここまで離れると植生も変わるみたいだ。そこまで花に興味はなかったんだけど、ちょっと楽しいかも。
馬車はゆっくりと進んでいき、王宮の巨大なエントランスの前に停止した。そして馬車を降りると、迎えに来てくれた使用人によってすぐに近くの応接室へと案内される。
「こちらで少しの間お寛ぎください。謁見は三十分後となっております。何かございましたら遠慮なくお申し付けくださいませ」
応接室はいくつも準備されていて、俺はマルティーヌと同じ部屋だった。王宮の外見に引けを取らない豪華な内装で、正直に言っても良いのなら落ち着かない。ラースラシア王国の王宮でも最初はそう思ったけど、それに慣れた今でもここは落ち着かなく感じる。
やっぱり俺って生粋の庶民なんだよね……さすがに貴族社会には慣れたけど、どこまでいっても落ち着くのは、便利だけど装飾などはないシンプルで狭い部屋だ。
「お茶をお淹れいたしましょうか?」
「うん、お願い。マルティーヌも飲む?」
「ええ」
他国の王宮の中だしどこで話を聞かれているか分からないから、この部屋の落ち着かなさをマルティーヌと共有することもできない。ここにいる間は基本的にずっと気を張ってないとかな……疲れる予感しかしない。
「我が国の王宮とは違って、煌びやかでとても素敵な王宮ね。文化の違いを感じられて楽しいわ」
マルティーヌのそんな問いかけに俺も頷く。とりあえず当たり障りのない会話をこなしつつ、さりげなくヴァロワ王国を誉めるように……やっぱり王族や貴族って大変だ。
「この部屋も豪華で目に楽しいよね。それに植物が見たことないものばかりで新鮮だよ」
「本当ね。こちらの国ははっきりとした色の花が多いのかしら?」
「確かに淡い色は少ないかも」
応接室の中にある巨大な花瓶に生けられたたくさんの花達も、どれもが主張の激しい色合いをしている。でもそれらが上手く打ち消し合わずに引き立てあっているように感じるから……生けた人のセンスが良いんだろうな。
「鮮やかな色合いの服がたくさんあるかしら」
確かにそっか、染める色も植物から取るんだよね。俺はそんな当たり前のことを、マルティーヌに言われて今更に気づいた。
「あるんじゃないかな。この色合いなら全身でも華やかだろうし、差し色に使っても良いんじゃない?」
「確かにそうね。染めた布を買って帰るのもありかもしれないわ」
確かにヴァロワ王国に滞在するのは約一週間だから、その期間ではそこまで多くの服を仕立てられないよね。既製品を直すにしても、マルティーヌはまだ大人用を着るには背が低いから、あまり合うものがないだろうし。
それからしばらくマルティーヌと当たり障りのない雑談をしていると、ついにヴァロワ王国の使用人がやって来て謁見室に呼ばれた。
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