第386話 緊迫の話し合い

 次の日の朝食後。俺達は会議室のような部屋に集まっていた。顔色が悪く今にも倒れそうなチェスプリオ公爵を始めとした、チェスプリオ公国側の人間が数人と、既に完全に回復した様子のフェリシアーノ殿下を始めとしたヴァロワ王国の人達。そして俺達ラースラシア王国の面々も数人が席に着いている。


「ジャパーニス大公様、昨日は命を救っていただき、本当にありがとうございます。すぐにお礼の言葉も述べられず申し訳ございません」


 まず口を開いたのはフェリシアーノ殿下だ。申し訳なさそうな表情で、深く頭を下げてくれている。


「いえ、気になさらないでください。それよりも回復されて良かったです。体でおかしい所などはありませんか?」

「全くありません。それどころかゆっくり寝たことによって、いつもより体が軽いほどです」


 殿下が笑みを浮かべてそう言ったので、俺も良かったですと、柔らかい笑みを浮かべながら答えた。それによって少しだけ部屋の空気が緩んだ気がする。


「このお礼は必ずいたします。国に帰ってからにはなってしまいますが、そこはご容赦いただければと思います」

「お礼なんて良いですよ」

「いえ、そういうわけにはまいりません。受け取っていただけると、我が国としてもありがたいです」


 こういうのって受け取った方が、ヴァロワ王国的にも借りを作らないという点で良いのかな。


「それならば一つお願いがあるのですが、それをお礼の代わりにしていただきたいです」

「どのような内容でしょうか。もちろんできる限りお応えしたいと思っておりますが……」

「難しいことではありません。昨日殿下を治療した能力について、他言無用として欲しいのです。そのことを定めた誓約書にサインいただけませんか?」


 俺のその言葉にフェリシアーノ殿下は、思わぬことを聞いたと言わんばかりに目を見開いた。しかしすぐに頷いてくれる。


「それはもちろん構いません。というよりも、元々他に言いふらすつもりもございませんでした」

「本当ですか、ありがとうございます。あの能力が広まってしまうと少々大変なことになるので……」

「確かにそうでしょうね」


 殿下は苦笑しつつ俺の言葉に同意の意を示してくれた。ここまでの道中でも思ったけど、フェリシアーノ殿下って基本的に付き合いやすくて良い人だ。無意識のうちにチェスプリオ公爵と比べているからか、フェリシアーノ殿下に対する評価がどんどん上がっていく。

 チェスプリオ公爵も別に悪い人ではないんだけど、昨日の感じからして俺の中の評価は下がっている。感情的になっちゃう人って、人の上に立つのは向いてないと思うんだよね……


「チェスプリオ公国にも誓約いただきたいです。問題ありませんか?」


 フェリシアーノ殿下に対してよりも少しだけ硬い口調でそう告げると、公爵は全く躊躇うことなく何度も頷いてくれた。


「ありがとうございます。では早速ですが、署名をお願いいたします。ロジェ」


 ロジェともう一人の従者であるエミールがそれぞれに誓約書を持っていき、二人が署名したのを確認し、ラースラシア王国で保管する方を回収してくれた。


 そうして話が一段落して、会議室にそろっている皆が無意識なのか意図的なのか、どちらにしてもチェスプリオ公爵に視線を向ける。


「ま、まずは、昨日のことを謝罪させていただければと。フェリシアーノ第二王子殿下、謝っても許されることではありませんが……御身を危険に晒してしまい、本当に本当に申し訳ございませんでした」


 チェスプリオ公爵はそう言って深く頭を下げた。そして気まずい空気が会議室を支配する。誰も言葉を発さないまま数十秒が経過し、やっとフェリシアーノ殿下が口を開いた。


「謝罪は必要ありません。謝られても起きてしまったことを無かったことにはできませんから」


 殿下の声音はかなり冷たく突き放すようなもので、部屋の空気がより緊迫したものになる。やっぱり怒ってるよね……殺されかけて怒ってないほうがおかしいか。


「も、申し訳ございません……」

「もう一度言いますが、謝罪は必要ありません。まだ謝罪を受け入れる気持ちにはなれませんので」

「は、はい。かしこまりました……」


 フェリシアーノ殿下は、チェスプリオ公爵を完全に遮断するような態度をとる。公爵は最初から青白く正気のない顔をしていたけれど、その表情がもっと暗く沈んだものに変わった。

 これは関係改善なんて望めなさそうだ。チェスプリオ公国はなくなる可能性が高いかもしれない……


「それで、なぜ昨日のようなことが起きたのですか? 貴国の貴族が起こしたことだと耳に挟みましたが」

「……説明いたします。実は我が国では、ヴァロワ王国の属国のような立ち位置になっていることに反発している勢力がいまして、その勢力にとって殿下とベアトリクスの婚姻は絶対に阻止しなければならないことだと考えたそうです。そこでこの度殿下が王宮を訪れると聞き、毒殺を企てたと……そういう流れでございます」


 ほとんど俺の予想通りじゃないか。本当にそんな理由だったなんて……どの国にも馬鹿な人達っているんだね。


「もう黒幕はわかっているのですか?」

「は、はい。昨日から必死に調査をしまして、実際に毒を盛った者から遡り、今朝には首謀者まで行き着きました。尋問も終わり、今は牢屋にいるかと思います……」


 国のトップが本気で調査をするとそんなスピードで首謀者まで辿り着けるのか……まあさすがにこんな事態を起こした人物を見つけられないなんてこと言えないし、結構強引に調査したんだろう。少しでも国を守るために。


「分かりました。しかし黒幕が誰であるかなど私には、そしてヴァロワ王国には関係ありません。その首謀者の扱いはお任せいたします。誰がやったことにせよ、チェスプリオ公国の者が他国の王子である私を毒殺しようとした、という事実は変わりませんので」

「……分かっております。どのような処罰も受ける所存です」


 公爵のその返答を聞き、フェリシアーノ殿下は従者に頼んで数枚の紙を机の上に並べた。そしてその紙を指差しながら話を進める。


「今回はあまり時間がないので細かい話し合いはできませんが、とりあえずこちらのチェスプリオ公爵家をヴァロワ王国に併合する書類に署名いただけますか? またその場合、公爵の地位は次代に譲り隠居すること、そして反乱勢力の鎮圧に尽力すること。この二点もお約束いただきたいです」

「へ、併合、ですか……」

「はい。国民の生活はヴァロワ王国が保障しますのでご安心を。さらにチェスプリオ公爵家もそのまま残すのですから、これ以上ない条件だと思いますが?」


 やっぱり併合って話になるのか……チェスプリオ公国は作物が育つ肥沃な土地が多いみたいだし、ヴァロワ王国としても併合のメリットはあるんだろう。

 

「す、少し考える時間を、いただいても……」

「少しなら良いですが、我々は時間があまりないので早くしていただけると助かります」


 フェリシアーノ殿下はそう告げると、厳しい表情でチェスプリオ公爵を見つめた。このプレッシャーの中、碌に話し合いなんてできないよね……公爵は近くにいる側近と小さな声で話をしているけれど、全員が今にも倒れそうな顔色だ。


 それにしてもすぐに併合なんて話が出てくるとは、殿下は相当怒ってる。……それからこれは俺の勘だけど、前から併合したいって話がヴァロワ王国の上層部で出てたんじゃないだろうか。そうじゃないと昨日の今日でここまで話を進めることはない気がする。


 やっぱり仲良くしていても、裏では何を考えてるのか分からないんだな。国と国の関係って打算ありの付き合いがほとんどで難しい。

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