第385話 追求
俺の示した可能性に真っ白な顔色のまま怒りの感情を浮かべた公爵は、拳をキツく握りしめて頷いた。
「大至急、確認いたします」
「お願いします。しかしその前に、今この場で毒を盛った者が誰かを明らかにすべきです。計画を立てた人と実行した人は違うでしょうから」
まずはどの料理に毒が入ってるのかを調べて、それからその料理を準備した人に焦点を絞っていけばすぐに見つかるはずだ。
俺はそう考えて、あと一割しか残っていない魔力を使ってフェリシアーノ殿下の食事を調べた。
えっと……辣油に毒が入っている。確かに他のは大皿から取り分けたけど、これは一人一つ目の前に置かれていた。個人を狙うなら辣油が最適だったのか。
「毒は辣油に入っています。こちらを用意した方は誰でしょうか。それからフェリシアーノ殿下が辛いものが好きだと知っていたのは誰ですか」
「殿下が辛いものがお好きだということは、以前訪れてくださった時から周知の事実でございます。辣油を準備したのは……誰だ」
チェスプリオ公爵は食堂の隅に小さくなって並んでいる、給仕達を睨んだ。すると給仕達の中で一番上の立場だろう男性が口を開いた。
「ら、辣油を小皿に移したのは、厨房で給仕が行いました。そしてその辣油は、数人で手分けしてテーブルに設置いたしました」
「では殿下の辣油を設置したのは誰だ」
チェスプリオ公爵のその言葉に誰も声を上げないけれど、数人が一人の女性にちらっと視線を向けた。するとその女性は青い顔でぶるぶると震え始める。
「あなたよね。早く前に出なさい」
隣に立っていた厳しそうな女性に促されて、今にも倒れそうな足取りで女性は一歩前に進み出た。
「君が殿下の辣油を準備したのか?」
「……は、はっ、はいっ」
「では君が、毒を盛ったのか?」
「そ、それは……」
女性は言い淀んで俯いてしまった。ポタポタと床に涙が落ちていくのがここから見ていても分かる。これじゃあ自分が犯人だって言ってるようなものじゃないか。
「嘘をつかずに本当のことを言った方が良いと思うよ。今後のためにも」
このままじゃ埒が開かないと思ってそう声をかけると、その女性は縋るような視線を俺に向けてきた。気が弱そうな女性だ……騙されたのか脅されたのか、でもどんな理由があろうとも、他国の王子に毒を盛ったという事実は変わらない。極刑は免れないだろうな。
「お、お母さんの、病気を治す薬をくれるからと。その代わりに、フェリシアーノ殿下の辣油に粉を入れるようにって言われて……」
「その粉がどんなものか聞いた?」
「殿下の、隠してる体調不良を治すものだと……」
「まさか……それを信じたの?」
そんな言葉を信じるなんて、呆れて何も言えない。
「信じて、しまいました」
「ば、ば、馬鹿者!! そのように怪しい言葉を信じるやつがあるかっ!! お前のせいで、お前のせいで我が国は無くなるかもしれないのだぞ!!」
公爵が顔を真っ赤にして、怒りの形相で女性に詰め寄っている。今まではどこにぶつければ良いか分からなかった怒りの矛先が、全て女性に向かっているようだ。
確かに怒りをぶつけたい気持ちは分かるけど……今はそんなことをしても仕方がないのに。それよりもやるべきことがたくさんある。
「あなた、止めなさい。もっと優先すべきことがありますわ」
俺が公爵を止めようかと思っていたところに、突然凛とした声が響いて公爵の動きを止めた。公爵夫人だ。
「そうやって頭に血が上ると周りが見えなくなるのは悪い癖だと、何度言ったら分かるのですか? あなたはこの国の主なのです。もっと冷静になりなさい」
「……すまなかった」
この夫婦は奥さんがしっかりしてるのか……実質的にはこの人が国を回していたのかもしれない。
「チェスプリオ公爵、今やらなければならないことは、この女性に毒を渡した人物を明らかにすることです」
「……お見苦しいところをお見せして、申し訳ございませんでした。すぐにでも詳細を明らかにいたします」
「私は貴国の事情について深く関わるつもりはありませんので、今後のことはお任せいたします。しかしこれから関係を深めていこうという最中に起こった今回の出来事、色々と話し合いも必要かと。明日の午前中に、ヴァロワ王国の方々も踏まえて話し合いをいたしましょう」
俺のその言葉にチェスプリオ公爵は、先程怒りで真っ赤に変わっていた顔をまた真っ青に変えて、ぎこちない動きで頷いた。いつも通りにしようと思ってるんだけど、どうしても口調が刺々しくなってしまう。
ラースラシア王国で内戦が起こりそうになった時も思ったけど、身内で争って何が楽しいんだか全く分からない。結局は誰も得しない結果になるのが大半なのに。
「毒は私が回収しても良いですか?」
「も、もちろんです。ありがとうございます」
「では私達も部屋に戻ります。後のことはよろしくお願いします」
そうして強引にその場を収めて、俺はラースラシア王国の皆と食堂を出て、与えられた客室に戻ってきた。そしてマルティーヌを俺の部屋に招待する。
ソファーに腰を下ろすと、途端にかなりの疲労感が襲いかかってきた。
「レオン、大丈夫? 結構魔力を使ったんじゃない?」
「そうだけど、一割ぐらいは残ってるから大丈夫だよ。それよりも……凄いことになっちゃったね」
俺のその言葉にマルティーヌは苦い表情を浮かべる。今後どうするのか悩ましいところなのだろう。
「チェスプリオ公国はどうなるのかな。フェリシアーノ殿下が目を覚まさないとなんとも言えないだろうけど」
「そうね……他国の王子を自国の王宮で毒殺しようとするなんて事件、今まで聞いたこともないからなんとも言えないわ。でもお咎めなしってことは絶対にあり得ない」
改めてそう聞くと、本当に凄い事件に遭遇しちゃったな。そんなことになったら普通は全面戦争だよ。ヴァロワ王国がチェスプリオ公国を攻めたって、周辺国は止めることもしないだろう。なんならヴァロワ王国に加勢するかもしれない。
「その辺は明日の話し合いで少しは決まるかな」
「そうね……問題は我が国がどうするのかよ。チェスプリオ公国と友好関係を築くのは延期にするべきね。最悪国がなくなる可能性もあるでしょうし」
「やっぱりその可能性もあるよね。こんなことが起きなくても、ヴァロワ王国の属国のようになってるって話だったのに……」
もし俺の予想通り、婚姻によってヴァロワ王国と近づくのを嫌がった勢力が今回の計画をしていたとしたら、結果は完全に理想とは逆の形になっているだろう。というかそんな結果になることは分かりきってるはずなのに。
「そうだわレオン、もっと重要な話があったじゃない。レオンの回復魔法の力が広まってしまったわ」
「そうだった……その話もしなくちゃね。あの場にいた人は全員異常性に気付いたかな?」
「確実に気付いたと思うわ。フェリシアーノ殿下の苦しみ方、それから体が動かしづらくなっていた症状、それらを見てすぐに危険な毒を盛られたんだと分かったもの。それをレオンが治してしまえることも、同様に知ることとなったでしょうね」
やっぱりそうだよね……毒だということが分からなくてもフェリシアーノ殿下の状態はかなりやばそうだった。それを治してしまったんだから、普通の回復魔法と違うということはバレただろう。
「どうすれば良いかな。あんまり広めたくないんだけど」
「そうね……ここは順当に、他言無用だと誓約書を交わすのが良いんじゃないかしら。使徒であるレオンが訪れている時にこのような事態が起こり、レオンの手を煩わせてしまったという負い目がチェスプリオ公国側にはある。そして第二王子の命を助けてもらったというかなり大きな借りがヴァロワ王国側にはある。この状況ならば、レオンの提案に反対することなどできないと思うわ」
確かにそうか。じゃあ明日の話し合いで誓約書に署名をしてもらおう。
「明日までに誓約書を作っておくよ」
「それが良いわね」
ずっと難しい顔をしていたマルティーヌが、俺の言葉に頷きながらふっと微笑んでくれた。俺もその笑顔を見て顔が緩み、部屋の空気がゆったりとしたものに変わる。
それからはマルティーヌと取り留めもない話をして、夜は更けていった。
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