第384話 緊急事態と治癒
「うっ、かはっ、か、からだが……」
苦しげな声が聞こえてくる方向に目を向けると、フェリシアーノ殿下の姿が見えない。
「殿下! 殿下! いかがいたしましたか!?」
俺は一瞬何が起きたのか分からず呆然としてしまったけれど、従者の声を聞いて我に返り、すぐに事態を把握して殿下が倒れているだろうテーブルの向こう側に転移をした。
すると目に飛び込んできたのは、苦しそうに呻いている殿下の姿だった。
「フェリシアーノ殿下! 意識はありますか!」
俺の呼びかけに視線だけは向けてくれたけれど、とにかく苦しいのか指で首を引っ掻いては喘いでいる。さらにその指も動かし辛そうだ。これって……毒かな。
今回の夕食会では国同士の夕食会ということで、主催国に失礼にならないようにと個々に毒味はしていなかった。基本的に国家間の関係を深める時には、相手を信頼するという意味も込めて、毒味はなしが多いのだ。
「殿下、回復魔法を使いますね」
俺はとりあえず回復属性の魔力で、フェリシアーノ殿下の全身を覆った。うわっ……これってやばいやつだ。致死性の毒だよ。俺がいなかったら絶対に助からなかった。
「ロジェ! 俺は魔力を使い果たして倒れるかもしれないけど、そうなったらこの部屋の中は誰にも触らせないで保存しておいて! ファブリスもよろしくね!」
「かしこまりました」
『相分かった』
二人に今後のことは頼んで、俺は殿下の治療に集中することにした。とりあえず胃を中心に既に体全体に広がり始めている毒成分の除去からだけど……これを除去しただけでは助からない段階まできている。多分だけど、毒を口にしたのは数十分ぐらい前かな。どの食べ物に入っていたのか……
……いや、考えるのは後回しだ。とにかく今は治療をしないと。
俺は一気に治すためにも、魔力をどんどん消費して治癒を施していった。大量の魔力を消費することによって発生する、回復魔法特有の光を抑える余裕もない。
殿下は手足を動かすことすら難しくなったみたいで、呼吸も苦しそうだしかなりヤバいと思う。急がないと……
――よしっ、とりあえず毒は全部除去できた。あとは毒によって引き起こされた症状の治癒だ。俺は一息つく暇もなく、そのまま魔力を注ぎ続けて治癒を継続した。
今まで治してきた誰よりも魔力が必要だし、上手く治らない。相当魔力が増えたけど、結構ギリギリかもしれない。
致死性の毒が体に回ってからの治癒はかなり厳しいんだな……病気よりも圧倒的に治すのが難しい。全身に作用してるから治さないといけない箇所がたくさんある。
――それから時間にしては数分間。しかし俺にとっては何時間にも感じられたほどの時間が経過し、ついにフェリシアーノ殿下の治癒が完了した。殿下の様子にはもう苦しそうなところはなく、穏やかな寝息が聞こえてくる。
俺の魔力は残り一割ほどだ。なんとか治し切れたんだよね……良かったぁ。そう思って安堵した瞬間、体の力が抜けて床に倒れ込みそうになる。しかしその体を後ろから支えてくれる人がいた。
「レオン、大丈夫?」
「マルティーヌ……うん、大丈夫。ありがとう」
マルティーヌの後ろにはロジェやファブリスもいて、俺のことを心配そうな表情で見つめてくれていた。
「皆ありがとう。なんとか魔力も足りて治しきれたみたい。もう命の危機は脱したと思う」
「使徒様……、殿下の命を救っていただき、なんとお礼を申し上げたら良いか……本当に、本当にありがとうございますっ!」
俺の治しきれたという言葉を聞いて、殿下の従者の方が目に涙を浮かべながら跪いて頭を下げてくれた。周りを見てみると、ヴァロワ王国の人達は全員が深く頭を下げている。
「助けられて良かったです。しかしかなり体力は消耗していると思うので、ゆっくり部屋で休ませてあげてください」
「はいっ、すぐに!」
そうしてヴァロワ王国の人達は、殿下を連れて食堂から退出していった。食堂に残ったのは厳しい表情をしているラースラシア王国の皆と、青白い顔で今にも倒れそうなチェスプリオ公国の皆さんだ。
せっかく回復魔法で怪我以外も治せることは秘密にしてたのに、他国のしかも重鎮達の前で治癒しちゃったな……あの場で治さないって選択肢はなかったから仕方ないんだけど。これから面倒なことにならないようにしたい。
「フェリシアーノ殿下は、致死性の毒を盛られていたようです。私がいなければ数時間と保たないうちに亡くなっていたでしょう。さてチェスプリオ公爵、なぜこのような事態に?」
俺はできる限り落ち着いて、そう言葉を口にした。少し怒りの感情が滲んでしまったのは見逃してほしい。俺って毒殺とかそういうの、大嫌いなんだ。
そんな怒りが伝わったのか、チェスプリオ公爵は真っ青だった顔を今度は真っ白にして、今にも倒れそうな様子になっている。
この夕食会でフェリシアーノ殿下が口にしたものは、チェスプリオ公国側から饗されたものだけだ。となると殿下を毒殺しようとしたのは、チェスプリオ公国側の可能性が高くなる。
でも公爵の様子は俺が治癒できたことに驚いているのではなく、そんなことにまで気が回らないほど、フェリシアーノ殿下に毒が盛られたという事実に困惑している様子だ。……これはどういうことなんだろう。
「わ、わ、私も、何が起きているのか……」
「貴方が毒殺を指示したのでは?」
「そ、そのようなことは絶対にあり得ません!! ヴァロワ王国には昨年国難を救っていただいた大恩がありますし、毒殺どころかどうやって恩を返せば良いかと……」
公爵の様子では嘘は言っていないように見える。でもそれなら誰が……?
「このようなことになってしまって、どうしたら良いんだ。ベアトリクス、すまない。お前との婚姻も破棄になってしまうだろう。それどころか、この国はもう終わりかもしれない……」
公爵が憔悴しきった声音で呟いたその言葉に、公爵の背後で呆然と立ち尽くしていた女性が目に涙を浮かべた。
「婚姻とは?」
「長女であるベアトリクスは、数ヶ月後にはフェリシアーノ殿下の下へ、ヴァロワ王国へ嫁ぐ予定だったのです。それによってヴァロワ王国とより強固な関係性を構築しようと……」
そんな話があったのか。そうなってくるとこの毒殺未遂の動機もなんとなく見えてくる気がする。可能性があるとすれば、二つかな。
一つ目はこの長女がどうしても嫁ぐのが嫌で、フェリシアーノ殿下を亡き者にしようと画策した可能性。そして二つ目は、この婚姻によってヴァロワ王国と距離が近づくのを嫌がった人達による計画の可能性。去年の支援から属国のようになってるって話だったし、それが加速するのを嫌がってる人は多くいそうだ。
「ベアトリクス様、でよろしいですか?」
「っ……は、はい」
俺の呼びかけに涙を流しながら頷いた女性は、華奢で控えめな性格で、夕食会が始まってからも印象に残ることはない人だった。
「単刀直入に聞きますが、殿下の下へ嫁ぐことに不満はあったのですか?」
「い、いえ、そのようなことはありません。殿下とお会いしたのは今回が二度目ですが、最初に会った時もとても優しくて誠実な方で……逆に私なんかで良いのかと、思っていたほどです。な、何故こんなことに……」
ベアトリクス様はそこまでを話すと、耐えきれなかったのか顔を両手で覆って俯いてしまう。
「すみません、責めるような口調になってしまって」
「いえ、大丈夫です……」
この泣いてるのが演技だって可能性はあるけど……そうは見えない。となると可能性が高いのは、さっき考えた二つ目の方か。
「チェスプリオ公爵、ヴァロワ王国へご令嬢が嫁ぐことに関して反対していた人達はいますか?」
「まさか……」
「そのまさかの可能性が高いと思います」
公爵の表情からして心当たりがあるのだろう。どの国だって一枚岩とはいかないだろうから仕方がないけど……その勢力を抑えられなくてこの事態を引き起こしたとなったら、国の主として公爵の責任は重いな。
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