第383話 夕食会

 夕食会の席はとても豪華だった。たくさんの花や観葉植物が飾られた室内は、豪華だけど自然を感じられて落ち着く装いだ。街中の様子を見ても緑が多かったし、この国は自然を大切にしてるみたいだよね。


「改めまして、イブライム・チェスプリオでございます。本日は皆様と有意義な時を過ごせたらと思っております。私の家族も紹介させてください」


 食事会の前にチェスプリオ公家の皆様を紹介してもらって、順番に挨拶をしていった。奥さんは柔らかい笑顔が印象的な優しそうな人で、子供は四人いた。男の人が二人に女の人が二人だ。一番年下の子が俺と同い歳ぐらい、他の人はもう大人と言っても良い歳だった。


 挨拶が終わったら早速料理が運ばれてきて、まずは食事を楽しむ時間だ。チェスプリオ公国の正式な食事は、大皿に乗せられた料理を全員で取り分けて食べるタイプのようで、使用人によって一人では持てないほど大きなお皿が次々に運ばれてくる。

 机の上が一気に大量の食事で埋まる様子は圧巻だ。凄く良い匂いがして美味しそう……


「我が国では植物油が特産品でして、油を使った料理の種類が多いのが誇りでございます。本日はたくさんの料理をご用意しておりますので、是非ご賞味ください」


 パッと見ただけでも揚げ物がたくさんあって、さらに魚もあるみたいだ。この国って海に面してないよね?


「こちらのお魚は川魚でしょうか?」

「はい。我が国には大きな川が流れておりまして、そちらでの漁が盛んなのです」

「そうなのですね、とても美味しそうです」


 かなり大きな魚が素揚げになってて、その上に野菜たっぷりのソースがかかってる感じだ。ラースラシア王国にはないタイプの料理で美味しそう。


「レオン様、どちらの料理をお取りいたしますか?」


 ロジェが斜め後ろから聞いてくれた。この国では椅子と椅子の間が広く取られていて、そこから従者が食事を取り分けられるようになっているのだ。


「そうだね……魚の料理は食べたいかな。後は揚げ物を中心に取ってもらえる? それからサラダとスープも。ファブリスにも同じものを取ってあげてね」

「かしこまりました」


 俺の後ろでうずうずと食事を待っているファブリスのこともロジェに頼むと、ロジェは当然のように頷いてくれた。

 そうしてロジェによって次々と料理が取り分けられていき、俺の目の前はすぐに料理で埋まった。サラダにはひき肉のようなものが上に乗せられていて、スープは赤い色をしている。揚げ物は魚はもちろんのこと、お肉もあるみたいだ。


「とっても美味しそう。あまり嗅いだことのない香りもするわ」

 

 マルティーヌが取り分けてもらった食事を見つめて、楽しそうに呟いた。


「ラースラシア王国にはない食材が使われてそうだよね」


 薬味などが違うのだろう。食事の香りがいつも馴染んだものとは微妙に違う。でも決して嫌な香りではなく、食欲をそそられるものだ。


「フェリシアーノ殿下、ヴァロワ王国はチェスプリオ公国とまた違う食文化なのですか?」

「そうですね……似ている部分も多いですが、我が国は香辛料をふんだんに使った料理が特産です。その代わりに油を多く使用した調理法はそこまで広まっておりません」


 隣の国だけど結構違うんだね……香辛料、楽しみだ。


「二カ国の食文化の違いまで楽しむことができるなんて、とても光栄ですわ」

「それでは、まずは我が国の食事からお楽しみください」


 チェスプリオ公爵のその言葉によって、食事が開始された。この国ではいただきますに値する言葉はないらしい。


 俺はどの料理から手をつけようか少しだけ悩み、まずは汁物ということで赤いスープを手に取った。そしてスプーンで掬って口元に運ぶと……なんだか辛そうな香りが漂ってくる。これって唐辛子と似たようなものが使われてるのかな。


「うわっ、美味しい……」


 ラースラシア王国では唐辛子ってあまり使われないから、この辛さの料理は久しぶりに食べた。レオンの体にはかなり刺激が強いみたいだけど、懐かしくて美味しい。


「皆様は辛さに慣れていないと思いましたので、飲みやすいように辛味を抑えてあります。もし物足りないようでしたら、机に置いてある辣油を足してください」

「このように辛いものは初めてですので、ちょうど良い辛さです」

「それならば良かったです。そちらの辣油はどのお料理にも合いますので、お好みでお使いください」

「ありがとうございます」


 辣油なんて久しぶりに見たよ……この世界にもあったなんて驚きだ。でも日本で親しんだものよりちょっと色が違う気がするから、厳密に同じものではないのかな。

 今度大公家で開く食堂のメニューとして餃子を作ってるけど、そのつけだれに最適かも。


「ロジェ、辣油をこの魚にかけてくれる?」

「かしこまりました。……どの程度の量が最適なのでしょうか」

「本当に少しでいいよ。その小さいスプーンで三分の一ぐらい」


 ロジェが慣れない調味料に困惑しながらも素揚げした魚にかけてくれたので、俺はそれを口にした。おおっ……辣油だ。ただ辛いだけじゃなくて、鼻に抜ける香りがより料理を美味しくしている。

 これは餃子のタレに採用かな。後で輸入できるように調整しよう。


 それからもラースラシア王国とはまた違った食事を堪能して、そろそろお腹も満たされてきたかなというタイミングでマルティーヌが口を開いた。


「貴国は昨年大規模な飢饉に見舞われたとか……一番大変な時に手を差し伸べることができずに申し訳ございません」

「我が国と貴国はほとんど関わりがありませんでしたから、そのように謝られることなどございません。本当ならば自国で食料を備蓄し、危機も乗り越えなければならないのです。あの飢饉で命を落としてしまった者達への責任は、公爵である私にあります」


 この公爵様も尊敬できる人だな……そうやって自分の責任だって反省できる人は案外少ないんだよね。


「確かに以前は関わりがありませんでしたので、我が国も助力をすることは難しかったです。しかしこの度こうして関係性を深められたことですし、これからは隣国として助け合っていけたらと思っています」

「そうですね。私もそうなっていけたらと期待します」


 チェスプリオ公爵がにこやかな笑顔で答えてくれたところで、マルティーヌの貴族の笑みも少しだけ自然な笑顔に変わる。


「ではお近づきの印にということで、我が国で作られた最高級の布といくつかの魔法具、それから備蓄できる食料を贈らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……ありがたく頂戴いたします」


 チェスプリオ公爵は一瞬だけ迷うように沈黙したけれど、すぐに頷いて感謝の意を示した。


「これからもより良い関係を構築していきましょう。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 俺はそのやりとりを聞きながら、やっぱりマルティーヌは王族なんだなと当たり前のことを実感していた。王族に生まれただけで豪華な生活は保障されるけど、こうして責任のある胃に穴が開きそうな仕事をこなさないといけないのは大変だよね。


 それから食事は終わりとなり、最後に食後のお茶が出された。チェスプリオ公国をはじめとして、この辺り一帯でよく取れるお花で香り付けしたお茶らしい。

 大きなポットに抽出されたお茶が、それぞれのカップに順に注がれていく。お茶が注がれるごとに花の香りが部屋中に広がるのが、とても心地良い。


「この花茶は食後の定番なのです。香り豊かなお茶ですので、ぜひ楽しんでいただけたらと思います」


 カップを持って口元に運ぶと、ふわっと花の香りが漂ってくる。しかしお茶を口に含むと、予想よりも甘さのないすっきりとした味わいだった。

 これは癖になるかも……飲みやすくて美味しいお茶に、華やかな花の香り。ラースラシア王国でも流行りそうだ。


「とても美味しいですね。こちらはどのような花を……」


 どんな花がお茶に合うのかチェスプリオ公爵に聞こうとしたその時、突然うめき声が聞こえて人が床に倒れる鈍い音が食堂に響いた。

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