第382話 チェスプリオ公国

 コラフェイス公爵領を出て、チェスプリオ公国に向かって草原をひたすらに進むこと数日。俺達は遂にチェスプリオ公国に入国していた。


「昨日ぐらいから外の景色が変わってきたよね」

「ええ、植物の雰囲気が変わったわ」

「本当に別の国に来たって感じがするね」


 草原を抜けたあたりから、ラースラシア王国にはない樹木や草花が目に付くようになった。この様子だと王国にはない香辛料や食べ物がありそうで楽しみだ。


「公都まではあと数時間ってところかな?」

「そうね……もう街道を走ってるし、結構近いかもしれないわね」

「楽しみだな〜」


 チェスプリオ公国に入ってからいくつかの街があったんだけど、どの街にも寄ってないから街並みが凄く気になる。


「ふふっ、レオン子供みたいよ」

「あっ……ごめん。はしゃぎすぎてた」


 俺は一気に自分の顔が赤くなったのを感じて、窓から視線を外して俯いた。前世もいれたらいい大人なのに……


「別に良いわよ。それがレオンの良いところじゃない」

「……それって褒められてる?」

「もちろん」


 なんか褒められてる感じがしないんだけど……でもマルティーヌがにっこりと笑ってくれてると、なんでも良いかと思えてくる。


「マルティーヌが嫌じゃないのなら良かった。……あのさ、マルティーヌは俺の嫌なところってないの? 治してほしいところとか」


 突然そんなことが気になって恐る恐る聞いてみると、マルティーヌは真剣な表情で考え込む。そんなに考えるほどたくさんあるのかな。


「特に……ないわね」

「え、本当に?」

「考えてみたんだけど、思いつかなくて」


 そっか、嫌なところないのか。俺はその返答が思いのほか嬉しくて顔が緩む。嫌なところがないって結構凄いことだよね……なんか照れる、そして嬉しい。


「俺も、俺もマルティーヌの嫌なところなんてないよ」

「ふふっ、ありがとう」


 俺の言葉を聞いて、マルティーヌは嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。うん、幸せだ。



 そうしてマルティーヌと、側から見たらバカップルのような会話を繰り広げていると、馬車はどんどんと進み遂に公都に辿り着いた。

 最初はラースラシア王国と同じように畑が広がる中にポツポツと家がある程度だったけれど、次第に家の数が多くなり畑がなくなっていく。そしてしばらくすると、完全に農業地帯を抜けて住宅街に入った。


 チェスプリオ公国の家の作りは、ラースラシア王国とは少し違うみたいだ。ラースラシア王国よりも平屋が多くて、さらに街の中に緑が多い。家同士が密集していなくて各家に庭があるのも特徴的だ。


「結構雰囲気が違うんだね」

「本当ね……なんだか長閑な雰囲気で良いところ」

「分かる。しばらく滞在してみたいかも」

「今回は一日だけど、また機会があったら訪れたいわね」


 マルティーヌとそんな話をしながら街並みを眺めていると、石畳で綺麗に舗装された道路に変わったようだ。そしてそれを合図に辺りにある家の雰囲気も少し変わる。

 平屋ってところは変わらないけれど、木造が石造りに変わり、さらにその大きさが何倍にもなっている。この辺は特権階級の人達が住んでる地区なのだろう。


 そしてそんな場所も通り過ぎると、遂に公家の屋敷に到着した。チェスプリオ公家の屋敷は端が見えないほど横に長い建物だった。この国では全ての建物が平屋みたいだ。


 マルティーヌをエスコートしつつ馬車から降りると、屋敷の前には多くの人達が出迎えに並んでくれていた。そしてその中央にチェスプリオ公爵一家と思われる人達がいる。


「ラースラシア王国使節団の皆様、ヴァロワ王国の皆様、チェスプリオ公国へようこそお越しくださいました。皆様の訪れを歓迎いたします。私はイブライム・チェスプリオと申します」


 そう声を発したのは一番真ん中にいた三十代後半ぐらいに見える男性、多分この人がチェスプリオ公爵なのだろう。

 そしてその男性が話したすぐ後に、脇に控えた壮年の男性が全く同じ言葉を口にした。この国はラースラシア王国と公用語が違うので、基本的には通訳を介してやり取りが行われるのだ。


 俺はこの世界のどの言語も自動的に翻訳されるから、言語が違うということを把握できない。自動翻訳は凄く便利な能力だと思ってたけど、他国に来ても別の言語を聞けないっていうのはちょっと残念だよね。

 ちなみにフェリシアーノ第二王子殿下は、ラースラシア王国の言葉を流暢に話していたそうだ。一番の大国だから学んでる人も多いみたい。


「急な訪問にも関わらず、このように盛大な出迎え感謝いたします。私はマルティーヌ・ラースラシアでございます。一日しか滞在できないことが残念ですが、良い関係を築けたらと思っております」

「チェスプリオ公爵様、この度は急な日程に対応してくださりありがとうございます」


 チェスプリオ公爵の挨拶にマルティーヌとフェリシアーノ殿下が返して、とりあえずこの場での挨拶は終わりとなった。

 今日は歓迎の夕食会が開かれるみたいで、またそこでお会いしましょうって感じで、チェスプリオ公家の人達とは別れて客室に案内される。


「ジャパーニス大公様はこちらをお使いください。……神獣様のお部屋もご用意してあるのですが、いかがいたしますか?」


 俺を客室まで案内してくれた使用人の方が、少しだけ困ったようにそう聞いてくる。ファブリスは俺の部屋に一緒に入って、そのまま部屋の中央で早速寝ているのだ。


「ファブリスー、どうする? ファブリスの部屋もあるってよ」

『……我はここで良い』

「そうなの?」

『うむ、問題ないぞ』


 ファブリスってたまに寂しがりやになるんだよね……これを指摘したら絶対に拗ねちゃうから言わないけど。可愛いから寂しがりやファブリスは結構好きだ。


「すみません、ここで良いみたいなのでファブリスの部屋は使わないことになると思うのですが……」

「かしこまりました。ではそのように手配しておきます」

「よろしくお願いします」


 食事会の前にまた呼びに来ますって言って、使用人の方は下がっていった。部屋の中には従者と護衛の皆とファブリスだけだ。ふぅ……やっぱりこのいつものメンバーだけになると落ち着く。

 

「レオン様、夕食会のお時間まであと二時間ほどですので、早速準備を始めても良いでしょうか? 少し休まれますか?」

「うーん、ちょっとだけ休みたいかも。一杯お茶を淹れてくれない?」

「かしこまりました」


 俺は豪華なソファーに腰を下ろして、部屋をぐるっと眺めた。この部屋には光球がなくて、部屋を照らしているのは壁際に並べられたランタンのようなものだ。他国には魔法具がないって本当だったんだね……


「ロジェ、チェスプリオ公国には魔法具を輸出してないのかな?」

「……これは私の推測ですが、輸出はしているものの、客室にまで使えるほどに数がないのではないでしょうか?」

「確かにその可能性は高いか」


 公家の人達の私室と……俺が優先するなら夕食会の会場かな。客室全てってなったらかなりの数が必要だよね。


「お茶でございます」

「ありがとう。……ロジェのお茶は美味しいね」


 落ち着くなぁ。馬車でものんびりできたけど、やっぱり動かない椅子って素晴らしい。

 それからしばらくのんびりしてから、俺はお風呂に入って服を着飾って髪型を整えてと、夕食会のために準備をした。お風呂は水魔法と火魔法を使える人が、人力でお湯を作ってくれるという仕組みだった。やっぱり魔法具って便利だよね……

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