第378話 初めての村

 道中は順調に進み、王都を出発してから既に一週間が経過した。今は昼過ぎの一番暑い時間帯で、こまめに休憩を挟みつつ今夜泊まる村に向かっているところだ。

 今日までの一週間はずっと大きな街に泊まっていたけれど、今日だけはどこにも街がないということで村に宿泊する予定なのだ。


 俺とマルティーヌやヴァロワ王国の面々が宿に泊まり、騎士達と文官達は村の広場で野営をするらしい。この国に転生してから村には一度も行ったことがないので、少しだけワクワクしているのは内緒だ。


「マルティーヌは村に行ったことがある?」

「いえ、ないわね。どんな雰囲気なのか少し楽しみなの」


 マルティーヌも楽しみなのか。あれだよね、都会に住んでる人が田舎に憧れるのと同じだ。


「今回使節団としてヴァロワ王国に行くことになった原因は悲しいものだけど、私にとっては良い経験になってるわ。こんなことを言っても良いのか分からないけど……楽しいわ」

「良いと思うよ。嫌だなって思いながら行くよりも楽しんだ方が得だよ」


 俺のその言葉にマルティーヌの表情が明るくなる。


「そうよね。レオンありがとう」

「うん。……今度、結構先になっちゃうかもしれないけど、純粋に楽しむだけのために二人で旅行に行こうね」


 マルティーヌとは行きたいところがたくさんあるんだ。まずは海を見せてあげたい。リュシアンが領地に戻っちゃって頻繁に会えなくなったし、今度マルティーヌとステファン、ロニーを連れてリュシアンのところに行くのもありかな。



 それからしばらくして、そろそろ日が沈み始めるかなという時間帯に使節団の車列は村へと到着した。村には数十の家が立ち並んでいて、それぞれの家の周りには畑が広がっている。

 ここは近くに小川も流れていて、農業に適した環境のために村ができたそうだ。特産品としてりんごを多く育てていて、この地で育ったりんごは他の場所よりも甘く育つらしい。


 田舎だからか広い道路があったため、車列は村の外に止まらずにそのまま中へと入っていった。村に入ると畑にいる村人や家から顔を出している村人達に、興味深げに見つめられる。

 村と聞くと排他的で使節団は嫌な顔をされるのかもしれないと思ってたんだけど、意外とそんなことはないみたいだ。まあ王女殿下や他国の王子がいるから、絶対に変なことはしないようにと言い含められてるだけかもしれないけど。


「皆様、ようこそお越しくださいました」


 広場に止まった馬車から降りると、この村の村長らしき人に迎えられた。


「出迎えありがとう。一晩だけですけれど、村の皆さんとも交流できたらと思っておりますわ」

「本当ですか! ありがたき幸せにございます」


 マルティーヌの挨拶に村長は顔に喜色を浮かべる。王女殿下と交流した村、とかで箔がつくのかな。


「では早速宿へとご案内させてください。辺鄙な村ですのでご満足いただけないとは思いますが、精一杯おもてなしさせていただきます」

「村の暮らしを体験できる良い機会ですもの、気になさらないで」

「そう言っていただけると皆の緊張も和らぐでしょう」


 使節団の代表者としてマルティーヌが村長と会話をして、その後に俺やヴァロワ王国の人達も軽く挨拶をして宿に向かうことになった。

 宿は木造の二階建てで、よく言えば趣のある、悪く言えば古びた佇まいだった。中に入ると緊張して今にも倒れそうな夫婦を紹介される。この宿の経営主らしい。


「よ、よ、ようこそ、ごゆっくり、してください」


 この日のために村長から必死に敬語を習ったのか、なんとか敬語を使って挨拶をしている。けど緊張からか、それもちょっと微妙な感じになってるけど。


「そこまで緊張しなくても大丈夫よ。急に大勢で訪れてしまってごめんなさい」

「い、いえ、光栄です!」

「それなら良かったわ」


 マルティーヌの笑顔に少しだけ緊張がおさまったのか、そのあとはスムーズに挨拶をすることができた。


「フェリシアーノ殿下、部屋割りはいかがいたしますか?」


 この村までは、ヴァロワ王国側とラースラシア王国側は別の宿に泊まっていたので、同じ宿に泊まるのが初めてなのだ。使節団の道中でもあまり話すことはなかったので、こうして向き合うのも久しぶりな気がする。


「使徒様とマルティーヌ王女殿下がお決めになってください。我々は残った部屋で構いませんので」


 王子殿下はそう言って頭を下げた。この人すっごく低姿勢なんだよね……ちょっと居心地が悪いほどに。俺のことを使徒として敬ってくれて、さらにラースラシア王国に助力を求めた側だからなのだろうけど……もっと砕けてくれても良いのに。これからは仲良くなれるように、積極的に話しかけてみようかな。


「では一階には二部屋しかないとのことですので、そちらを私とマルティーヌで使っても良いでしょうか? 二階は全てヴァロワ王国の皆様がお使いください」


 軍務大臣も今日は騎士達と共に野営をするらしいので、ラースラシア側で宿を使うのは俺とマルティーヌだけだ。


「かしこまりました。では二階を使わせていただきます」

 

 そうして部屋割りを決めて、俺達は夜ご飯まで各部屋で休むことになった。夜ご飯は広場で村人と使節団が全員参加の食事会をやるらしい。


「おおっ、意外と広いんだね」

「確かにそうですね……しかし少し埃っぽいかと」


 ロジェのその言葉に俺は思わず苦笑してしまう。貴族家で働く使用人達の綺麗と、平民の間での綺麗には天と地ほどの差があるのだ。平民の中では目に見える汚れがなければ綺麗となるけれど、貴族家では塵一つない状態が綺麗となる。

 ロジェの基準からいったらこの部屋は綺麗じゃないのだろう。


「俺はこのままでも良いけど、掃除したい?」

「ご迷惑でなければ掃除させていただきたいです。一時間もあれば完璧に整えられますので」

「それなら頼もうかな。じゃあロジェ達が使うベッドも渡しておくね」


 この部屋は一人部屋で従者がいることを想定してないので、ロジェ達が休むためのベッドがないのだ。マルティーヌの方にもベッドを渡したほうが良いかな。


「ありがとうございます」

「うん。じゃあ俺は一時間村の周りを散歩でもしてくるよ」

「では私がお供いたします」

「ローランありがとう。お願いね」


 そうして従者の皆に部屋をお願いして、俺はローランと共に宿の外に出た。もちろん宿を出る前にマルティーヌにベッドを渡すことも忘れていない。

 宿の外に出ると、ファブリスが入り口の横に寝そべっていた。


「あれ、ここにいたの? 広場にいるのかと思ってた」

『主人か……広場は騒がしくてこちらに来たのだ』

「確かに野営の準備と夜ご飯の準備で忙しいよね。村の人達と騎士達は上手くいってるかな?」

『よく分からんが、争いなどはなさそうだったぞ』

「それなら良かった。……ファブリス、村の周りを散歩に行かない?」


 この村の周りはすぐに鬱蒼と生い茂った深い森になっていて、ちょっと不気味な雰囲気なのだ。魔物の森は何度も行ってるけど、普通の森の中はほとんど探検してないからちょっと興味がある。


『……確かにこの世界の普通の森には入ったことがないな』


 ファブリスはそう呟くと、素早く立ち上がり緩く尻尾を振った。ファブリスも興味があるみたいだ。


「ふふっ、興味ある?」

『まあ、なくはないな』


 ……ツンデレなファブリスが可愛い! 最近はファブリスが可愛く見えて仕方がない。もちろん強くて頼りになるんだけど、とりあえず可愛い。だってこんなの可愛くてもふもふの大型犬だ。


「じゃあ行こうか。ローランも背中に乗って良い?」

『もちろん構わんぞ』

「ありがとう」


 そうして俺達はファブリスの背中に乗って、陽が沈み始めている森の中に向かって駆け出した。探検みたいでワクワクする!

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