第377話 使節団の出立

 次の日の朝、王宮の大門前は人で賑わっていた。ヴァロワ王国の面々とラースラシア王国の使節団が一堂に介しているのだ。豪華な馬車がいくつも並べられ、その周りに馬に乗った騎士達が集まっている様子は、まさに使節団と呼ぶにふさわしい光景だ。


「凄い人数だね」

「ここにいる全員が使節団ではないわよ」

「確かにそっか……でも数十人の騎士達ってだけでもかなり多く感じるよ。全員が馬と一緒だから余計かな」

「確かにそうね。馬も数に入れると予定の倍近くになるもの」


 俺は既に豪華な馬車に乗っていて、中にはマルティーヌと俺達の従者とメイドが一人ずつ同乗している。ヴァロワ王国までは基本的にこのメンバーで進む予定だ。ちなみにファブリスはこの隊列の横を自由に走って付いてくるそうだ。

 マルティーヌとゆっくり話す時間もなかったし、この旅の道中は久しぶりに会話を楽しもうと思っている。


「それにしても、二週間もマルティーヌと一緒にいられるなんて嬉しいな」


 湧き上がる嬉しさを抑えきれずにそう溢すと、マルティーヌも嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。


「私もとても嬉しいわ。道中はたくさん話をしましょう」

「もちろん。マルティーヌに話したいことはたくさんあるんだ。……あっ、動き出したかな」


 遂に出立の準備が整ったのか、馬車がゆっくりと動き始めた。窓から外を覗いてみても見えるのは騎士達ばかりだけど、歓声は聞こえているから、相当の人数が沿道に集まっているのだろう。


「大公家のお屋敷も一度訪れたいわ」


 マルティーヌが屋敷の方向をじっと見つめつつ、ポツリとそう呟く。マルティーヌはまだ婚約者という立場で大公家の人間ではないから、屋敷を一度も見に来ていないのだ。


「屋敷の中も落ち着いてきたし、今度招待するよ」


 本当は屋敷を作る段階からマルティーヌにも来てもらって意見を取り入れようと思ってたのに、婚約者といえども王女殿下であるマルティーヌに、まだ整っていない屋敷を見せるなんて絶対にダメだと皆に反対されたのだ。


 確かに分かるんだけどね……婚約者の段階ではマルティーヌは王族の立場で、まだ大公家の人間ではない。将来的に結婚する予定なんだから良いじゃんとも思ったけど、貴族の婚約なんていつ解消されるか分からないから、婚約者はあくまでも他家の人間という認識らしい。貴族社会って面倒くさいよね……


「本当? 楽しみだわ。どんな屋敷になったの?」

「とにかく広いよ。アレクシス様が大公家としての威光を示すためにって、広い土地を贈ってくれたから。それから建物もあり得ないぐらい大きい」


 俺のその言葉にマルティーヌは苦笑を浮かべる。


「お父様が張り切っている様子が目に浮かぶわ」

「うん、凄く張り切ってたね……なにせ公爵家の二倍の広さだから」

「ふふっ、それは楽しみね」


 早くマルティーヌもあの屋敷で一緒に暮らせたら良いのにな……でもまだ俺は十一歳。結婚できるのは早くても成人してすぐの十五歳だから、まだまだ先の話だ。

 それに十五歳での結婚はあまりないと聞く。基本的には十八歳過ぎぐらいから皆結婚し始めるそうだ。


「基本的な作りは他の貴族家とあまり変わらないと思うんだけど、全体的に部屋数が増えてたり部屋が大きくなってたりするよ。あと大公家の屋敷で特徴的なのは、ファブリスの家があることと厨房がたくさんあること、それから広い畑かな」


 俺のその言葉にマルティーヌの瞳が輝き始める。厨房や畑がある話で瞳を輝かせてくれる令嬢ってなかなかいないよね。俺はマルティーヌのそんな反応が嬉しくて、顔がより一層緩む。


「屋敷に畑があるなんて良いわね。それに厨房がたくさんあるってことは、私も厨房を使えたりするかしら?」

「そうだね……使おうと思えば使えるよ。うちの家族専用の厨房があるから、そこなら料理人もいないし。料理をしてみたかったの?」

「ええ、ずっと興味があったのよ」


 そうだったのか。それならマルティーヌと俺専用の厨房を新たに作るのもありかも。あんまり使う予定のない客室を改装するか、いっそのこと増築するか……真剣に考えよう。


「マルティーヌが料理をできるように考えるね」

「レオン、ありがとう」


 一緒にスイーツを作って食べるのなんて絶対楽しいだろうな……今度ヨアンにスイーツ作りを習おう。


「そういえば畑の話なんだけど、稲っていう魔植物を育ててるんだ。この話アレクシス様達から聞いた?」

「いいえ、聞いてないわね」

「じゃあ詳しく説明するね。稲は魔植物なんだけど危険はなくて、それどころかパンに代わる主食になるものなんだ。今のところほとんど手をかけなくとも勝手に増えていくほど繁殖力が強いし、この世界の飢饉を救う植物になると思う」


 俺のその説明にマルティーヌは驚愕半分困惑半分といった、複雑な表情を浮かべる。そんな夢のような植物があるという事実が飲み込めないのだろう。確かにあの稲はあり得ない性能だ。


「本当にそんなものがあるの?」

「本当だよ。ちょっと待って……これだ」


 アイテムボックスに仕舞っておいた炊く前の米を取り出して、机の上に載せた。


「稲を収穫して乾燥させるとたくさん採取できるものなんだ。この状態では米って呼んでるよ。そしてこれを調理すると……この状態になる」


 今度はお皿によそった炊き立てご飯をマルティーヌの前に置いた。まだ湯気が立っていて熱々のものだ。


「……なんだか見た目は奇妙な感じだけど」

「まあつぶつぶしてるからね。でも味は悪くないと思うよ。ちょっと食べてみて」

「分かったわ」


 マルティーヌは俺からスプーンを受け取ると、毒味なしで躊躇いなく米を口に入れた。そしてもぐもぐと咀嚼しながら首を傾げる。


「確かに美味しい……のかしら?」

「パンみたいなものだから、そのままだとあまり味がしないんだよね」


 俺はそう説明しつつ、今度はアイテムボックスから牛肉の煮込みを取り出した。凄く良い匂いでお腹が空くな……


「パンと同じように一緒に食べてみて。合うと思うよ」


 マルティーヌはどうやって食べるのか少しだけ悩んだ結果、牛肉とソースをご飯にかけてその部分をスプーンで掬った。そして恐る恐る口に入れると……マルティーヌの瞳が驚愕に見開かれた。


「何これ、美味しい!」

「だよね! 気に入ってもらえて良かった〜」

「本当にパンと同じようなものなのね。そう考えると凄く美味しいわ。このもちもちとした食感も癖になる」


 マルティーヌはよっぽど気に入ったのか、出した料理を食べ切る勢いで米を口にしている。俺はしばらくその様子を楽しく眺めて、マルティーヌが少し落ち着いてきたところで再度口を開く。


「それでこの米なんだけど、これから大公家で生産と販売をしようと思ってるんだ」

「そうなの? でも大公家は領地がないわよね」

「そうだったんだけど、アレクシス様に頼んだら領地をもらえることになったんだ。まだどの程度の広さになるのか正確には分からないけど、魔物の森を押し返した部分は基本的に大公家の領地になる予定だよ」


 俺のその言葉に、マルティーヌは今日一の驚きを顔に浮かべた。しかしついさっき口の中に入れたお米と牛肉の煮込みがあって、口を開けないみたいだ。

 こういう部分を見せてくれるのも気を許してくれてるってことだよね……嬉しいな。


「……ごめんなさい。口に入れすぎたわ。それで領地をもらえるって本当なの?」

「うん。ほぼ決まりだと思う」

「そうなのね……これから大変になるわね」

「でも楽しそうじゃない? 領地を持ったらやりたいことがたくさんあるんだ」


 俺はマルティーヌの方に身を乗り出して、ロジェとメイドさんに聞こえないように耳元でこそっと呟いた。


「実はこの米って前の世界の主食だったんだ。だからこれで作れる調味料があることも知ってて、それを領地で作りたいんだよね」

「え、そうなの!?」

「驚いた?」

「今日は驚いてばかりよ……これがそうなのね」


 マルティーヌはそう呟くと米をじっと見つめた後に、ふっと優しげな笑みを浮かべる。そしてその表情のまま俺の方に顔を向けた。


「レオン、良かったわね。私も食べることができて嬉しいわ」


 そんなに優しい表情でそんなことを言われたら……ちょっと泣きそうになるじゃないか。


「うん、俺もマルティーヌに食べてもらえて良かった。これからは米を使った美味しい料理をもっと開発するから」

「楽しみにしているわ」


 そうして馬車の中は、穏やかで暖かい幸せな時間が過ぎていった。

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