第376話 皆への話

 屋敷に戻って従者の皆と荷物の最終確認をしてから、俺は食堂に家族と主要な使用人達を集めた。

 ヴァロワ王国の第二王子殿下が突然やって来て、急遽使節団として他国に行くことになり、まだ皆にしっかりと話をできていないのだ。他国に行くということは伝えてあるけど、どの程度の期間でどこに行くのか、また俺が屋敷にいない時にやっておいて欲しいことなどを話したいと思っている。


 食堂に入ると家族皆が席に座っていて、使用人の皆は壁際にずらりと並んでくれていた。


「皆集まってくれてありがとう。夜ご飯の前だけどお腹空いてない?」

「大丈夫よ」

「……私はちょっとお腹空いたかなぁ」


 正直にそう言ったマリーが可愛くて、俺は忙しくて疲れていた体が癒やされるのを感じる。


「じゃあクッキーでも食べながら話そうか」


 シュガニスでたくさん作ってもらったクッキーと、ヨアンが降誕祭のために試行錯誤している野菜入りのクッキーをお皿に乗せて皆の前に出す。

 この野菜入りクッキーが優しい甘さでかなり美味しいのだ。最近のお気に入りで、ヨアンにたくさん作ってもらっていつもお茶と共に食べている。


「美味しそう! 食べて良いの?」

「もちろん。母さんと父さんも食べてね。他の皆も遠慮せずにどうぞ」

「ありがとう。じゃあいただくよ」

「凄く可愛いクッキーね。いただくわ」


 それから皆でクッキーを食べて少しだけ雑談をして、マリーが落ち着いたところで本題に入ることにした。


「改めて報告だけど、明日からラースラシア王国使節団の一員として、ヴァロワ王国に行ってくるよ」

「遠い国なのよね」

「そうだね……近くはないかな。予定では馬車で二週間程度で着くんだ。そして向こうで二週間滞在して、また二週間かけて戻ってくるよ」


 俺のその説明を聞いても皆は反対することなく、素直に頷いてくれた。マリーも俺が六週間いなくなることに、あまり動揺してないみたいだ。

 王立学校に入学してからは長期に渡って会えないことも多かったし、もう俺がいないことに慣れたのかな。マリーが悲しまないのは良いことだけど……、ちょっと寂しいのは内緒だ。


「お兄ちゃん、今回は何しに行くの? 危ないこと?」

「あんまり詳しくは話せないんだけど、そこまで危ないことはないと思うよ。ファブリスも一緒に行くからね」

「え、ファブリスも行っちゃうの!?」


 マリーは俺が他国に行くと聞いた時よりも、よほど驚いた様子で声をあげた。そして悲しげに顔が歪められる。


『我も主人と行くのだ。マリー、我がそなたの兄を守ってやるから安心しておけ』

「うん……ありがと。でもファブリスがいなくなっちゃうの寂しいな」


 マリーのその呟きを聞いて、ファブリスは尻尾をふさぁと振りつつ立ち上がった。そしてマリーに近づくと、鼻の頭を擦り付ける。

 最近ファブリスとマリーはかなり仲が良いのだ。俺が仕事で王宮に行ってる時は基本的にファブリスは屋敷にいるから、その時間でマリーと遊んでいるらしい。


 ファブリスの家で一緒にお昼寝をしたり、マリーが作ったクッキーをファブリスに差し入れてお茶会をしたり、ファブリスがマリーを背中に乗せて庭を散歩したり。

 

 ……そんな報告をアルノルからよく聞く。ファブリス、羨ましすぎる!


『六週間などあっという間だ。帰ってきたらまたクッキーを焼いてくれ』

「うん! もちろん焼くよ!」

『楽しみにしているぞ』


 マリーが俺と離れることよりもファブリスと離れることを悲しんでいる事実に納得はいかないけど、マリーも成長して兄離れする時期なんだろうと無理やり自分を納得させて、何とか話を次に進めることにした。

 ちょっと泣きそうなのは気のせいだから!


「……そういうわけで俺は約六週間、不測の事態があればもう少し長い期間この屋敷を空けることになる。そこでその期間、皆にやってほしいことがあるんだ」


 俺のその言葉に、今までマリーとファブリスのやりとりを微笑ましく見守っていた皆の表情が引き締まる。


「まず母さんと父さんは勉強の継続と、食堂のメニュー開発、後は実際に店舗を開く準備を頼みたい。メニューはかなり形になってるよね?」

「売りに出せる程度のものにはなってるよ。後は趣味も兼ねて味の追求って感じかな」


 二人とティノでまず開発していた餃子は、俺が食べて十分に美味しいと感じるほどのクオリティに仕上がっている。後は醤油がないからタネの味付けの程度や、餃子をつけて食べるソースの開発などを行なっている段階だ。

 

「じゃあ実際に食堂を開く準備も少しずつ進めておいて欲しい。食堂の内装を整えたり開店する際の従業員の確保とか、やることは沢山あると思うから。アルノルとロニー、それからルノーに相談しつつ頑張ってみてくれない?」


 母さんと父さんも大公家の人間になったのだから、こうして少しずつ人を使うってことにも慣れた方が良いと思うんだ。中心街で一つのお店を開店させる経験は、絶対に無駄にはならないだろう。


「……分かったわ。頑張ってみるわね」

「父さんも頑張るよ」


 俺の真意が届いたのか、二人は真剣な表情で頷いてくれた。


「よろしくね。じゃあ次はマリー、マリーは俺がいない間もお勉強を頑張ってね」

「うん! 帰ってきたお兄ちゃんを驚かせてあげる」


 マリーはそう言いながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。そんな笑顔からも成長が見てとれて感動する。


「楽しみにしてるよ。帰ってきたらお茶会でもする?」

「本当!? じゃあ私が準備しておくね!」


 マリーは俺とのお茶会という予定に、飛び上がる勢いで喜んでくれた。そんなマリーの様子を見て、先ほどのくさくさとした気持ちがどこかへ飛んで行く。我ながら単純だなぁ……


「よろしくね。……次はルノーとロニーなんだけど、二人にはシュガニスのことと、食堂の開店準備の手伝いをお願いしたい。シュガニスでは降誕祭に向けた準備もよろしくね」

「かしこまりました」

「お任せください」


 ここには多くの使用人がいるからか、ロニーは丁寧な口調で頭を下げた。しかし顔を上げたロニーが、いつものように笑いかけてくれたので満足だ。


「あとヨアンなんだけど、降誕祭のスイーツ開発をよろしくね。まずはそれを最優先で。その上で時間があればチョコレートの方も進めてくれると嬉しいかな」

「もちろんです! 降誕祭のミルクレープを数種類仕上げた後、チョコレートも形にしておきます!」


 ヨアンはやる気に満ち溢れている様子で、拳を握って大きく頷いた。……また無理しそうだな。


「アルノル、ヨアンが暴走して体を壊さないようにだけ気を付けておいてくれる?」

「かしこまりました」

「それから稲をできる限りたくさん作って保管しておくように、ジェロムに伝えてくれるかな。後は……この屋敷全般のことを頼んだよ。父さんはまだ分からないことも多いだろうから、俺がいない間はアルノルに任せる」


 俺のその宣言を聞いて、アルノルは感激の面持ちで深く頭を下げた。

 

「ご期待に応えられるよう、全力を尽くさせていただきます」

「よろしくね。……それからアンヌには屋敷の中のことを頼むよ。エバンには俺がいない間の屋敷の守りを頼んだよ」


 そうして俺は屋敷に残る皆に大公家のことを頼み、皆の返事に安心して家族と共に夕食を食べた。出立前日の夕食は料理長が張り切ったのか、とても美味しくて楽しいものだった。

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