第375話 前日準備完了

 食堂を出て屋敷の自分の部屋まで転移をすると、部屋の中は未だに慌ただしく、荷物の準備をしているところだった。


「ロジェ、戻ったよ」

「レオン様、お帰りなさいませ」


 俺が声をかけると、ロジェは準備をしている輪から抜けて俺のところに来てくれる。


「準備はどう?」

「レオン様からお借りした魔法具のおかげで、かなり進んでおります」

「それなら良かった。……実はこの後中心街に買い物に行きたいんだけど、ロジェは時間が空きそう?」


 俺のその質問にロジェは一切迷うことなく頷いた。


「もちろんでございます。レオン様の供をすることよりも大切な仕事などございません。準備は他の従者や屋敷の使用人に任せれば大丈夫です」

「じゃあ買い物に付いて来てもらっても良い? お昼ご飯を食べた後で良いから」

「かしこまりました」


 それからお昼ご飯までは、ロジェ達と一緒に荷物の準備をしながら過ごして、昼食後にロジェとローランを連れて中心街へ買い物に来た。

 まず訪れたのは寝具を売っている商会だ。高級店では既製品は売っていなくて特注だけらしいので、今回は中心街の中でも入り口付近にある、比較的安価なベッドを売っている商会に向かった。下位貴族がよく訪れるお店らしい。


「いらっしゃいませ」


 店内に入ると爽やかな笑顔の男性が迎えてくれて……俺の顔を見ると驚愕に目を見開き、少々お待ちくださいと言って後ろに下がっていった。そしてすぐにお年を召した男性を連れて戻ってくる。


「ジャパーニス大公様、倅が失礼をいたしました。当商会にお越しくださり感謝申し上げます」


 この連れてこられた男性が商会長で、最初の人が息子さんみたいだ。


「いえ、大丈夫ですよ。丁寧な挨拶をありがとうございます」

「本日は何をお求めでしょうか?」

「実はベッドを購入したいのですが、特注ではなく既製品で今日すぐに持ち帰れるものが良いのです。今ここにはいくつのベッドがあるでしょうか?」


 俺のその質問に、商会長はカウンター裏にある帳簿のようなものを確認してくれた。


「本日すぐにお持ち帰りいただけるものとなりますと、店頭に並んでいるベッド三点と、裏にあるベッド七点でございます」

「全て同じものですか?」

「二点だけは大きめのサイズとなっておりますが、他八点は全て一般的な一人用のサイズでございます。また布などは変更可能となっております」


 野営の時に大きめのサイズはさすがに邪魔だしいらないかな……野営地が広がるほど見張りも大変になるだろうし。


「では一般的なサイズのベッドを五つください。布はこのお店で最上級のものをお願いします。アイテムボックスに入れて持ち帰りますので、準備が終わったらベッドがある場所に呼んでください」

「っ……かしこまりました!」


 商会長は驚きに目を見開くと、すぐに頭を下げて息子さんと他の店員に指示を出し始めた。これでベッドも手に入ったし、後は近くの市場でもう少し食材と鍋やお皿などの調理器具を買い足して、俺の準備は完了かな。


 それからは商会の従業員が総出でベッドの準備をしてくれて、あまり待たずに五つのベッドを購入することができた。そしてほくほく顔の商会長に見送られ店を後にする。

 その後は市場に行き、端のお店からあまり偏らないように様々なものを買い足して、もうしばらくは何も買わなくても生きていけるほどにアイテムボックスの中が潤沢になったところで、屋敷に戻った。



 そしてその日の夕方。俺は王宮の大ホールにいた。大ホールではパーティーが開催されて……ということはなく、ホールの中には使節団が持っていく予定の荷物が所狭しと並べられていた。

 今からこれを全部アイテムボックスに仕舞うのだ。ちょっと気が遠くなりそうな量だね……


「ジャパーニス大公様、ご足労いただきましてありがとうございます」

「いえ、大丈夫ですよ」


 軍務大臣であるコラフェイス前公爵様が、紙束片手に近づいて来てくれた。多分その紙束に、ここにある全ての物資がまとめられてるんだろう。


「こちらに使節団が持っていく荷物がまとめられておりますので、アイテムボックスに収納いただけたらと思います」

「分かりました。ですが一つ提案がありまして、私が全ての荷物を持っていると必要な時にすぐ取り出せないのではと思うのです。魔法具のアイテムボックスをたくさん作りますので、それに種類ごとに分けて収納するというのはいかがでしょうか? もちろん魔法具には毎晩魔力を込めますので、中身が紛失する心配はありません。貴重なものやあまり取り出さないものなどは、私が収納しても良いですし……」


 俺がそこまで提案を口にすると、軍務大臣はすぐに頷いてくれた。


「それは願ってもないことでございます。毎晩魔力を込めることがご負担でないのならば、是非お願いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。では魔法具を作りましょうか。あっ、アレクシス様からいくつかは借りているのでしたか?」

「三つほど貸していただきました」


 俺がアレクシス様からいつも依頼を受けて魔力を込めてるのが三つだし、王家にあるのを全部使うことにしたんだな。


「いくつあるのが理想でしょうか?」

「そうですね……五つほどあるとありがたいです」

「分かりました。では後二つ作ってしまいますね。そこの机をお借りします」


 あまり荷物が乗っていない机の上を少しだけ拝借して、そこに魔鉄と魔石を取り出した。そしていつもより魔力を多めに注ぎ込んで、魔力量で押し切る形でぐにゃぐにゃと形を変形させて、一気にアイテムボックスの魔法具を作り上げる。


 それを二回繰り返してしっかりと収納から取り出せるところまでを確認したところで、椅子から立ち上がり後ろを振り返った。するとそこには呆然と俺の手元を凝視している軍務大臣がいた。


「軍務大臣殿、出来ました。これを使ってください」


 アイテムボックスの魔法具を二つ差し出すと、やっと我に返ったのか驚愕の表情を浮かべながら、なんとか受け取ってくれる。


「今の一瞬で……作られたのですか?」

「はい。私は魔力量が多いので、素早く作るのは得意なんです。洗練された美しさがないところは悩みなのですが」

「い、いえ、とても幻想的な光景でした」

「……そうでしょうか?」


 粘土みたいに魔鉄が動き回ってるみたいで、俺としてはあんまり好きじゃない。マルセルさんのはそうだな、綺麗な水飴がスッと形を変える感じでカッコいい。俺もあんなふうに作れるようになりたい。


「とにかくこれで準備ができますね。あまり取り出さないものや貴重なものなど、私が収納すべきものを教えていただけますか?」

「かしこまりました」


 それからは軍務大臣と王宮の使用人達、それから何人かの騎士達と共に、五つの魔法具と俺のアイテムボックスに荷物を収納していった。そして全てを収納し終えて準備が終わったところで、俺は屋敷に戻った。

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