第374話 スープの仕入れ

 俺はさらに何回かスープを口に運んで美味しい味を堪能すると、一旦スプーンを置いておじさん達の方に顔を向けた。


「これってあと何人分作れる? 二時間以内に」

「……鍋には十人分ぐらいはあるぜ?」

「そうじゃなくて、鍋と材料がいくらでもあったとしたら?」


 俺の質問に不思議そうに首を傾げながらも、おじさんはちゃんと考えてくれた。


「二つ並行して、二十分で鍋二つ分が作れるな。一つ分が十五人分ぐらいだから……」

「じゃあ二十分で三十人分、二時間で百八十人分作れるってことか」

「お、おお? そうなのか?」


 おじさんは全く分かってなさそうだけど、そういうことだろう。二時間で百八十人前のスープ、作ってもらおうかな。

 それならかなりの売り上げになるだろうし、その売上を元手に屋台でも始めて頑張ってほしい。味は悪くないんだから、このまま辞めるのは勿体ない。


「おじさん、追加注文して良い? スープ百八十人分を作って欲しいんだ」

「はぁ?」

「これ材料だから使って、それから鍋も」


 俺はアイテムボックスから材料を取り出して、次々と机に並べていった。おじさんとおばさんは全く事態を把握できていないのか、呆然とその様子を眺めている。

 しかし少し経つとおばさんがハッと何かに気づいたような表情を浮かべ、その場に勢いよく跪いた。


「も、もしかして、使徒様、なのかい?」

「うん。でも今はお忍びだから内緒ね」

「し、使徒様!? 坊主がか!?」


 おじさんは素っ頓狂な声をあげて驚きに目を見開く。するとそんなおじさんを横目で確認したおばさんが、立ち上がっておじさんの頭を思いっきり床に押し付けた。


「あんたも早く頭を下げるんだよ!」

「おばさん良いから、頭を下げなくても良いよ。全然気にしないから」

「そうなのかい……?」

「うん! それでスープを作ってもらえる? 美味しかったから持ち帰りたくて」


 俺のその言葉にだんだんと実感が湧いて来たのか、おじさんは顔に喜色を浮かべて立ち上がった。


「もちろんだ! 使徒様に気に入ってもらえるなんて、俺の人生にもう悔いはない!」

「ははっ、大袈裟だよ。ちゃんとお金も払うからね。それでこの先は聞き流してくれて良いんだけど……そのお金を元に屋台を始めるのが良いと思うよ。スープの屋台なら絶対に流行ると思う。この食堂は立地と作りが悪いだけだよ」


 屋台はマリーと幾つも回ったけど、もっと微妙な味のスープを売っているお店はたくさんあった。


「そっか、屋台か……なあ、屋台をやってみても、良いか?」


 おじさんはおばさんの方を向いて、恐る恐るそう尋ねた。


「やるしかないよ、使徒様に言われちゃあね!」


 するとおばさんはそう言って、嬉しそうにおじさんの背中を叩く。なんだかんだ仲良くやってる夫婦なのかな。



 それから俺は二人にスープ作りを任せて、自分はゆっくりと食事を再開した。そして食事が終わった頃に最初のスープが出来上がり、それを受け取ってアイテムボックスに仕舞ったところで一度食堂を後にする。

 他のスープは一時間半後に取りに戻ってくることにしたのだ。


 食堂を出た俺はまた路地をグネグネと進み、大通りに出て広場へ向かった。そしてそこで串焼きやパン、卵焼きなどを大量に購入し、さっき二人に渡してしまった材料も再度買い足した。もうこれ以上は買いすぎかな……そう思ったところで止めて食堂に戻る。


「おじさんおばさん、戻ったよ〜」

「おおっ、ちょっど良かった。今最後のスープができたところだ」


 おじさんが鍋を手に食事スペースの方に入ってきた。やっぱり凄く良い匂いだ。


「その机の上にあるのが全部だ。どれも絶品だと思うぞ」

「ありがとう! 全部いただくね」


 俺は少しでも冷めないようにと、急いで十個の鍋をアイテムボックスに仕舞う。これで当分スープを買い足す必要はないな。


「このスープって一人いくら?」

「いつもはパンと水も合わせて小銅貨五枚だ。だからスープは小銅貨三枚ぐらいか?」

「だけど今回は使徒様に材料を全部もらってるんだ。そんなにお金を取るわけにはいかないよ。一人分小銅貨一枚で良いよ」


 確かにお金を払い過ぎも良くないだろうけど……一人分で小銅貨一枚だと、百八十人分で小銅貨百八十枚。たった銀貨一枚と銅貨八枚だけになってしまう。屋台を始めるのって割と初期投資がかかるのに。


 前に中心街で屋台を開いた時は、屋台販売権が初期登録に銀貨三枚だった。そして屋台を半年借りるのに銀貨五枚だ。屋台は借りないで自分で作るとしても……お金は結構かかるだろう。とにかくもう少し支払いたい。


「……塩とか水とか、他にも色々とお店にあるのも使ってるでしょ? だから小銅貨一枚はさすがに悪いよ。小銅貨三枚で良いよ」

「それは貰いすぎだよ!」


 おじさんとおばさんはぶんぶんと首を横に振っている。ここは素直に受け取ってくれても良いのに……

 

「じゃあ、小銅貨二枚で。これ以上は安くしないよ」


 何故か支払う方が価格を上げたいという意味不明な状況の中そう言ったら、おばさんは渋々頷いてくれた。


「……使徒様が良いなら、私達はありがたいけど」

「じゃあ決まりね!」


 小銅貨二枚だと銀貨三枚と銅貨六枚だ。さっきよりは増えたけど……もう少しあると安心だろう。


「全部合わせて銀貨三枚と銅貨六枚。はいどうぞ」

「おおっ、銀貨だ。銀貨なんて久しぶりに見たぜ」

「久しぶりなんてもんじゃないよ、初めてじゃないかい?」

 

 二人は俺が渡した銀貨を感慨深そうに覗き込んでいる。俺は二人がそうしている間に、食堂をもう一度見回した。ここにある机と椅子はもういらなくなるはずだ。


「おじさん、この机と椅子ってどうするの?」

「ああ、どうすっかな。リビングにはあるし……ここに置きっぱなしにするしかねぇか」

「いや、邪魔だから売るさ。屋台をするならいらないだろう?」

「本当!? それなら俺に売ってくれない?」


 おばさんの言葉に俺は食いつく。これを買い取れば、屋台を始めるのに十分な資金になるだろう。


「別に良いけど……欲しいのかい? そんなに良いもんじゃないけど」

「どこでも気軽に使える椅子と机が欲しかったんだ。屋敷にあるものは高級すぎて雑に扱えないから」


 俺のその言葉に二人は苦笑してくれた。そして全部持っていって良いと言ってくれる。


「なら全部もらうね。えっと、机が三つに椅子が九つ」


 多分この質のテーブルセットなら、机と椅子を合わせて新品で銀貨一枚ってところかな。中古なら銅貨数枚だろう。でもここは新品ってことにして……


「全部で銀貨三枚かな。はい、合ってるか確認して」


 銀貨をおじさんの手に握らせると、おじさんは激しく首を横に振った。


「も、貰いすぎだ! これは三つ合わせて買ったら安くなるとかで、全部合わせて銀貨一枚だったんだ。三倍にもなるなんて……!」

「そうなんだ。でも家具って時間が経ってからの方が高くなることもあるんだよ。俺はこのテーブルセットに価値を見出したから良いんだ。それは受け取って?」


 少し強引かなと心配になったけれど、実際にテーブル三つと椅子を九脚買ってるのだから良いだろうと思い直す。何も貰わずに施しだけをするっていうのは微妙だけど、対価をもらってるのなら良いよね。


「使徒様、本当にありがとう。銀貨が六枚も……これだけあれば十分に屋台を始められるよ」

「うん。これから頑張ってね」

「使徒様……本当にありがとな! 会えて良かった!」

「俺もおじさんのスープを飲めて良かったよ。また機会があったら寄らせてもらうね」


 スープは定期的に仕入れたいし、屋台を巡りながら二人を探してみるっていうのも楽しそうだ。また絶対買いにこよう。


 そうして俺は大量の戦利品を受け取り、二人と別れて食堂を後にした。

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