第379話 普通の森
森の中は異様なほどに静かだった。いつも入ってる魔物の森が特別うるさいだけなんだけど、あっちに慣れてしまったからか静かすぎる森が逆に怖く感じる。
『ここがこの世界の森か……本当に魔物がいないとは驚きだ。それに植物が自ら動かないからか、静かすぎて変な気分になる』
「いつもうるさい森の中にいるから逆に怖いよね」
「魔物の森の中はうるさいのですか?」
そう疑問を口にしたのは、俺の後ろでファブリスに跨っているローランだ。
「そういえばローランは、第一騎士団の所属だったんだっけ?」
「はい。なので魔物の森へは行ったことがないのです」
「魔物の森はとにかくうるさいんだよ。魔植物がそこかしこで動きまくってるから。魔物が近づいてくる音に気付けないほどだよ」
「それほどなのですね」
でもあのうるささがないと逆に落ち着かない。魔物や魔植物が襲ってこないことがしっくりこないなんて……魔物の森に完全に慣れちゃったな。
「ファブリスは普通の獣の気配も感じられるの?」
『もちろんだ。獣も人間も気配は感じられるぞ』
「それは凄いね」
それからはファブリスが森の木々を最低限のみ切り倒して、たまに目に入る果物や山菜を採取しつつ奥に進んでいった。
そしてそろそろ日も沈みかけてきたし村に戻ろうかな……そう思っていた時、ピタッとファブリスが足を止めた。
「どうしたの?」
『主人、向こうに人間がいるぞ?』
ファブリスが示したのは村とは反対の方角だった。俺達がいるのは森に入ってファブリスの歩みで数十分は進んだ場所。いくらゆっくり歩いてたとは言っても人間の足よりは速いので、この場所は村から徒歩で二時間ほどは離れていると思う。
そんな場所にどうして人なんかがいるんだろう。しかもそろそろ夜になる時間帯だ。盗賊とか、森の奥に住む人とか、それとも狩人とか……?
「何人いるの?」
『一人だけだ』
「ローラン、こんな時間に森の奥に人がいるなんてことある?」
「いや、普通はあり得ないと思いますが……」
「だよね。……とりあえず見に行ってみようか。ファブリス、怖がらせないようにゆっくり近づいてくれる?」
『了解した』
それから五分ほど進んだところで、ファブリスは立ち止まった。そして鼻先で木の上を指し示す。葉が生い茂っていて人がいるのかどうか分からないな……
「誰かそこにいますか?」
とりあえず呼びかけてみることにした。するとファブリスが指し示した場所ががさりと音を立てる。やっぱり誰かいるみたいだ。
「お仕事でここにいるのでしょうか? もし道に迷われたとかなら村まで送りますが……あっ、村の人ですか?」
「だ、誰だっ!」
聞こえてきた声は予想以上に幼いものだった。もしかして、子供?
「俺はレオンだよ。近くの村に泊まりに来てて、散歩で森の中を歩いてたんだ。そしたら人の気配がしたから」
「俺を、そ、その猛獣の餌にするのか!?」
「そんなことしないよ。それに猛獣じゃなくて神獣だよ。ファブリスって名前なんだ。ファブリスも挨拶してくれる?」
『我はファブリス、ミシュリーヌ様の神獣であり、今は使徒であるレオンに仕えているものだ』
ファブリスが話したことに衝撃を受けているのか、男の子の声が聞こえなくなってしまった。
この子があの村の子だとしたら、使徒や神獣についてを知ってるのだろうか。国中に広めてるとは言っても……やっぱりまだ田舎の村にはあまり情報が浸透してなさそうだ。
「神獣ってなんだ……?」
「村で聞いたことない?」
「俺は最近ずっと森に入ってて、村の人と話してないから」
「森で暮らしてるってこと?」
「違う! 母ちゃんの、母ちゃんの病気を治す薬草を見つけようと思って」
……そういうことだったのか。だから子供が一人で森なんかに入ってたんだな。
「薬草は見つかった?」
「……見つからない。それに、熊に襲われそうになって逃げてたら、帰り道が分からなくなった」
男の子は俺に心を許し始めているのか、警戒心が薄くなって色々と話してくれる。俺がこの森に散歩に来て本当に良かった……俺が来なかったらこの子がどうなっていたかなど考えたくもない。
「ここに何日いるの?」
「……まだ二日だ。果物があるからなんとかなるし、明日こそは帰り道を探そうと思ってたんだ」
「そっか。でも俺達ならすぐに帰り道が分かるよ? これから村に帰るところだし一緒に行かない?」
それから数分間は場を沈黙が支配した。この誘いに乗りたいけど俺が安全かも分からないし、葛藤してるんだろう。しかしじっと返事を待っていると、男の子が木から降りる音が聞こえた。
「一緒に行きたい」
そして降りたところでそう返事を返してくれる。俺はその返事に満足してファブリスから降り、男の子の元に向かった。
「……え、大丈夫!? その怪我どうしたの!?」
男の子を視界に入れた途端、俺は衝撃を受けて思わず一瞬立ち止まってしまった。しかしすぐにそれどころではないと駆け寄る。
男の子はそこかしこから出血していて、血まみれの様相だったのだ。しかも頭からも出血してるし!
「別に大丈夫だ。熊に襲われた時に一回引っかかれたのと、木に登ろうとして落ちたのと、その辺の枝で切ったのとそのぐらいだ。……それよりお前も子供じゃないか。本当に村までの道が分かるのか?」
男の子は訝しげに俺の顔を覗き込んだ。ちょうど同じぐらいの身長だから、年も同じぐらいだろう。
「分かるよ、大丈夫。ファブリスもいるし俺の護衛もいるから」
俺に付いてすぐ近くまで来てくれていたファブリスとローランを指し示すと、男の子は驚愕に目を見開く。
「こ、こんなにデカかったのか……それに護衛って、お前何者なんだ? そういえば服装めっちゃ豪華だな……もしかして、貴族様?」
「そうだけど気にしないで。そんなにそこ重要じゃないから。それよりも君の怪我の方が重大だよ」
「いや、貴族様ってところの方が重要だろ! 俺は貧乏だからお礼とかできないぞ……助けてもらって良いのか?」
男の子は不安そうに少しだけ俯いた。貴族は森で死にかけてる子供がいても、見返りがなければ救わないと思われてるのか。平民の貴族に対する意識も変えていかないとダメだね……
「お礼なんていらないから気にしないで。それよりも名前は?」
「ルイだけど……本当に良いのか?」
「もうしつこいなぁ、俺が良いって言ってるんだから良いの」
「お前、貴族様らしくねぇな」
「知ってる。それから俺はレオンね」
男の子の怪我は出血こそ多く見えるけど、そこまで酷い怪我というものはないみたい、不幸中の幸いだ。この程度ならすぐに治せるし、全身ピュリフィケイションで綺麗にしてあげても魔力は十分に残るだろう。
「ルイ、とりあえず怪我を治すからね」
「え、もしかして回復魔法が使えるのか?」
「そう。ちょっと黙ってて」
俺はルイの全身を回復属性の魔力で覆い、目に見える怪我から目に見えない内臓の損傷までを治癒していった。木から落ちた時にほんの少しだけど、内臓までやられてたみたいなんだ……改めて俺がいて良かった。
全部治し終えたところで最後にピュリフィケイションをかけて完璧だ。健康そのもので綺麗な男の子に戻った。
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