第370話 領地分割

 双方合意の上で正式な契約がなされたので、会議室にはさっきまでの張り詰めた空気とは一転、穏やかな雰囲気が漂っていた。


「貴国では魔物の森を押し返した後の領地については、どのようにする予定なのだ?」


 アレクシス様が軽い世間話のように、フェリシアーノ殿下に問いかけた。しかし内容は重要なものだ。


「……正直に申し上げますと、魔物の森に土地を奪われることはあっても奪い返すことはできずにいましたので、そのような事態を想定したことがありませんでした」

「まあ、それも無理はないな。我が国でもレオンによって魔物の森を押し返せるようになり、初めて考えたことだ」


 魔物の森を駆逐したあとはただの草原や荒野になるから、そこをどうやって活用するのかは難しい問題だ。開拓ってお金がかかるからね……俺はそれに手を出そうとしてる張本人だけど。

 でも俺は収入の方が支出より圧倒的に多くて、お金が余ってるから良いのだ。逆にどこかで大きく使わないと、お金を溜め込み過ぎてしまう。


「貴国ではどのように土地を活用するのか、聞いても良いでしょうか?」

「ああ、我が国ではすべて大公家の領地とするつもりだ。そして新しく街を作り人を送り込む政策は、国としても助力しようと考えている」

「使徒様の、ご領地とされるのですね」


 フェリシアーノ殿下はどこか羨ましそうに呟いた。国として土地が増えるのは嬉しいかもしれないけど、結局持て余すだけになる可能性もあるからね……それに国内の貴族同士で争いも生みそうだし。


「これは推測ですが……我が国では王家直轄地になると思います。しかし周辺国とも、どこまでが自国の土地であるのか揉めるでしょうし……しばらくは放置されることになる可能性も高いです」

「確かに貴国の周りには多くの国が存在し、領地分割には揉めそうだな」


 これから魔物の森を駆逐していく中で、一番揉めるのは確実に領地分割だ。押し返すことができた国がその土地を手に入れることにすれば解決するかとも思うけど、必ずどこかの国が難癖をつけてくるとアレクシス様は言っていた。


「そもそも魔物の森がどこまで広がっているのか、どの程度の土地があるのかも分かりませんので現状ではなんとも……」


 そっか、俺はミシュリーヌ様から聞いて魔物の森の広さを知ったけど、他の国では知る術がないんだ。情報を渡しても良いのかな……そう思ってアレクシス様に視線を向けてみると、ハッキリと頷いてくれたので俺は正面に向き直り口を開いた。


「フェリシアーノ殿下、魔物の森の広さならば私が存じております。この大陸の半分は魔物の森が広がっていると考えてもらっても差し支えないかと」

「は、半分ですか……」


 殿下は驚愕に目を見開いた。ヴァロワ王国側の他の人達は相当驚いているようだ。


「そ、そこまで広いとは、正直想定外でした……広くとも我が国の国土と同程度かと」


 ヴァロワ王国の国土はタウンゼント公爵領よりも小さいぐらいだから、その想定でいたのなら驚くなんてものじゃないだろう。

 この大陸は東側半分の全てが魔物の森で、西側半分に人間が住む国がある。そしてその西側の南側約半分は全てラースラシア王国の国土だ。これだけでラースラシア王国がどれほどの大国か分かるだろう。最初はそこまで大きくなかったけれど、今まで何度も行われてきた戦争で国が大きくなっていったらしい。


 そして大陸の西側の北半分、ここに大小様々な国が存在し、ヴァロワ王国はその中でも北東方面にある魔物の森と接した国だ。ヴァロワ王国の周りには小さな国がたくさん乱立しているので、ラースラシア王国では小国群と呼ばれている。


「私も初めて聞いた時は驚いた。何せこの大陸で一番の大国である我が国の国土の倍の広さだと言われたのだからな」

「……それは、魔物の森を最後まで押し返した場合はどうすれば良いのでしょうか。我が国ではそこまで管理することは難しいでしょう」

「そうだな……大陸東側の領地分割を話し合うべきかもしれない。鉱山などがあった場合も確実に揉めるだろう」


 アレクシス様はそう口にすると、リシャール様に合図をしてテーブルの上に大きな大陸全体の地図を広げた。


「これはレオン達が魔物の森に入った時の地形の様子を聞き取り、また魔物の森があまり広がっていなかった時代の文献を探り、大陸全土の地図を作成したものだ」

「このような機密情報を見ても良いのでしょうか……」

「同盟を結んだのだから構わん」


 アレクシス様が何気なく発したその言葉に、フェリシアーノ殿下の表情がより真剣なものに変わった。アレクシス様って隠す情報と与える情報の塩梅がうまいんだよね……この地図だって魔物の森の中は詳細に描かれてるけど、大陸の左側は絶妙に適当だし。


「まず我が国と貴国を含めた小国群との間には、大きな山脈が存在すると思うが、この山脈は魔物の森の中ほどまで続いている。よってこの山脈よりも南側は我が国の領地とするのが妥当だろう」


 ちゃっかり魔物の森の南側半分は、全てラースラシア王国の国土にすると宣言している。まあ山脈もあるしそれが妥当だよね。この山脈の先はちょっと揉めるかもしれないけど、そこはまだ先の話だ。


「問題は山脈の北側、つまり貴国らと接する方の土地だ。こちら側にはこの場所とこの場所に山があり、さらにここに大きな川が流れているだろうことが分かっている。しかしこちら側はレオン達も入ってないので正確なことは分からない」


 時空の歪みがあったのは、緯度的には山脈よりも少し南側に位置していたので、俺達は北側には行っていないのだ。


「この場所に川があるのでしたら、川の北側が我が国で、南側が他の国と分けることができそうです。さらに……」


 それからは地図と睨めっこしながら、どう領地を分割すれば問題が起きないのかについてひたすら話し合った。そして最終的にはここで話し合ったことを持ち帰り、小国群の間で会議を開いて妥協点を探るらしい。

 ここから先はヴァロワ王国の仕事だ、頑張ってほしい。



 会議が終わりヴァロワ王国の面々が退出していくと、会議室にはラースラシア王国の重鎮達だけが残った。


「ジャパーニス大公様、先程は時間がなくご挨拶できずに申し訳ございません。此度の使節団でご一緒させていただきますので、よろしくお願いいたします」


 軍務大臣であるコラフェイス前公爵が話しかけてくれたので、俺も立ち上がって返答する。


「軍務大臣殿、こちらこそよろしくお願いいたします」

「コラフェイス公爵領を訪れていただくという予定が、随分と早い段階で叶いそうで嬉しく思います」


 コラフェイス公爵領はちょうどチェスプリオ公国と接している領地で、今回の使節団はコラフェイス公爵領に一泊する予定なのだ。

 春の月を祝うパーティーの時にいつかは訪れるって約束したけど、こんなにすぐ行くことになるとは予想してなかった。


「私も楽しみです。しかし今回は一泊だけですので、またゆっくりと訪れることができたらと思っております」

「ぜひお越しください。我が領はいつでもジャパーニス大公様を歓迎いたします」

「ありがとうございます。……チェスプリオ公国に入るには、どのようなルートで行くのですか?」


 俺は当たり障りのない会話が終わったところで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。チェスプリオ公国とラースラシア王国の間には山脈があって、あまり往来は活発じゃないはずなんだ。


「選択肢は三つございます。一つ目は一番最短ですが馬車で行くことはできない山越えルート。二つ目は東側にある山脈の谷間を行くルート。こちらは人の手がほとんど入っていない森が広がっています。そして最後が西に大きく迂回するルート。こちらは基本的に整備された街道があり、それがない部分も草原が広がっているので馬車で向かうことができます。しかし他のルートの三倍は距離が長いです」


 予想以上に国境越えが過酷だった……でもその三つなら西に迂回するルートだろうな。馬車と騎乗で行きたいし。


「三つ目のルートを選ぶのでしょうか?」

「まだ確定ではありませんがそうなるかと。ヴァロワ王国からの方々も草原を騎乗で駆けてきたようです」

「やはりそうなのですね」

「使節団という名目からも、馬車と騎乗でないと格好もつかないでしょう」

 

 確かに他国の使節団がいかにも山越えしました、みたいな感じで豪華さのカケラもなかったら権威を示せないよね。


 それからはコラフェイス前公爵様としばらく雑談をして、陛下やリシャール様と明日の予定を確認して帰路に就いた。とりあえず大きな問題は起きずに謁見と話し合いが終わって良かった。

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