第367話 他国からの使者

 冬の月の終わり頃から春の月に入り数週間は、卒業試験に二つのパーティー、それからシュガニスの開店と大公家の屋敷の完成。こうしてすぐに思い出せるものだけでも、たくさんの予定が詰まっていて忙しい日々だった。しかしそんな予定も全てをこなし、やっといつも通りの平穏な日常を取り戻しつつある。

 

 大公家の屋敷で寝起きすることにも慣れて、いつものように家族皆と朝食を取り仕事に向かった。そしてアレクシス様の執務室で仕事をしていたところ……突然その平穏な時間は終わりを告げた。一人の騎士が慌てた様子で報告に来たのだ。


「ご報告申し上げます! ヴァロワ王国の第二王子殿下が至急陛下にお会いしたいと、数人の共を連れてお越しです! 現在は門番の詰所にある応接室でお待ちいただいております」


 ヴァロワ王国って……確か大陸の北東にある国だったはず。魔物の森と接していて、その辺には小さな国がいくつもあるんだ。その小国の中でも一番力を持っていて大きな国だったから、なんとなく覚えていた。


「ヴァロワ王国だと……用件は?」

「詳しいことは伺えておりませんが、使徒様にお会いしたいとのことです。また民を救うために助力を求めたいと」


 騎士の方がその言葉を告げた途端に、アレクシス様とリシャール様の表情が一気に深刻なものに変わる。


「……とりあえず、ヴァロワ王国からここまで来たのであればお疲れだろう。王宮にある客室へご案内を。そして謁見は明日になると伝えてくれ」

「はっ!」


 騎士の方はさっとカッコ良く一礼をしてから、足早に去っていった。それにしても他国の人と、さらに王族と会うのは初めてだ。


「皆の者、本日の執務はこれで終わりとする。今から明日の謁見に向けた準備だ。謁見の間の準備は王宮の使用人に頼むとして、皆はヴァロワ王国についての資料を集めてくれ」


 アレクシス様のその言葉に文官達は一斉に片付けを始め、次々と必要なものを持って執務室から出ていく。俺は一瞬の出来事に混乱して机に座っていただけだ。


「レオン、リシャール、ソファーに座ってくれるか?」

「かしこまりました」

「は、はい」


 アレクシス様の声にやっと我に返り、急いで立ち上がってソファーに向かう。


「ヴァロワ王国から第二王子が突然来るなど、どういうことだ。事前に使者は来てないよな?」

「来ておりません。私としても突然の出来事に混乱しております」


 誰も予想もしてない訪問ってことか……普通は王族が他国に向かうのなんて、何ヶ月も前からやりとりをして準備するものだ。それがなく突然、さらに数人の供だけを連れて来るなんて……相当な事態が起こったのかもしれない。


「アレクシス様、ヴァロワ王国について詳しく聞いても良いでしょうか? 私は大陸の北東に位置する小国群の一つで、魔物の森に接している国ということしか知りません。確かラースラシア王国と接してはいませんよね?」


 他国についても勉強したつもりだったけど、実際に他国に行くことがあれば、その時に改めて勉強すれば良いかと思っていたのも否定できない。もっとしっかり学んでおけば良かったな……


「我が国との間には小国があり、ヴァロワ王国と直接のつながりはない。しかし全く関係がないというわけではないのだ。ヴァロワ王国からはいくつかの香辛料などを輸入している。中心街で売られている珍しい調味料や果物、木の実などはヴァロワ王国から来ているものも多いだろう」


 そうなんだ……もしかしてだけど、カカオとかもその国で採れたりするのかな。あとはカレーが作れそうだなって感じのスパイス類も前に買ったけど、あれもヴァロワ王国産だったりして。


「そのような繋がりがあるのですね。……しかしその程度の繋がりの国の王子が、どうして突然やってくるのでしょうか」

「そこが分からない。民を救って欲しいと先ほど言っていたことを考えると……魔物の森に関することかもしれないな。レオンと会いたいというのもそう考えれば辻褄が合う」


 確かに魔物の森のことで何か緊急事態が起きたのなら、使者を通してやりとりせずに直接責任者が来るっていうのも理に適ってる。それが褒められることかは別として。

 さらに俺がいるこの国に来るというのも、選択肢としては最適だろう。自分で言うのもなんだけど、この世界で一番魔物の森の問題に対処できるのは俺とファブリスだろうから。


 俺が使徒であることは大々的に公表してて、さらに魔物の森に行って強い魔物を倒してきたって話が尾ひれを付けて出回ってるし、他国にも情報が流れてるんだろうな。商人は国を跨いだ移動をすることもあるから。


「ヴァロワ王国は、魔物の森に飲み込まれそうなのでしょうか?」


 口にしたい内容ではなかったけど、話を進めるためにもそう言った。すると陛下とリシャール様は、共に難しい表情で小さく頷く。


「まだ分からないが、可能性は高いかもしれない。――何にせよ明日話を聞いてからだ。レオンも謁見の間に来てくれるか?」

「もちろんです。同席させてください」

「ありがとう。ヴァロワ王国から助けを求められた場合はどうする? レオンは助けに行くか?」


 助けを求められた場合はもちろん行きたい。一人でも多くの人を救いたいと思っている。でも国家間の関係もあるし、無条件でいくらでも助けますとは言えないよね。俺はラースラシア王国の貴族なんだから。


「私は行きたいと思っていますが、ラースラシア王国の貴族として、アレクシス様の決定に従います。国と国との関係性は私には分かりませんので……」


 俺がヴァロワ王国に助けに行くことで魔物の森の脅威からは助けられても、戦争が勃発しましたなんてことになったら元も子もない。


「そうか、では私に任せて欲しい。……使徒としてレオンが魔物の森に行くというよりも、我が国の貴族と騎士団で助太刀に向かうという形にしよう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 アレクシス様はこの国の王だからもちろんラースラシア王国が一番だけど、だからといってそれ以外の国はどうなっても構わないなんて言う人ではない。自国を危険に晒さない範囲で、余裕がある分だけなら周りも助ける人だ。だから安心して任せられる。


「それでは急いで明日の準備をしよう。私はヴァロワ王国についての情報をできる限り集める」

「では私は謁見の間を整えて参ります。国内の貴族が謁見するのとは訳が違いますから」

「確かにそうだな。頼んだぞ」

「かしこまりました」


 謁見の間って俺は入ったことがないんだけど、相手によって内装とか変えるんだ。ちょっとだけ明日が楽しみかも……緊張の方が圧倒的に大きいけど。


「レオンは私と共に来てくれるか? 明日の全体の流れを説明する。それが終わったら早めに屋敷に戻って明日に備えてくれ」

「かしこまりました。よろしくお願いします」


 そうして俺はアレクシス様に連れられて、謁見の間や会議室、図書館などを周り、明日の流れとヴァロワ王国について最低限の知識を身につけた。

 そしていつもより早い時間に大公家の屋敷に戻り、そこからは張り切った従者達に次々と服を着替えさせられて、マネキンに徹することになった。


 俺の明日の衣装は凄く豪華でキラキラしたやつに決まったみたい。しかも装飾品がいつもより多いし、髪型も皆が話し合ってたから派手になりそう。

 ……ちょっとだけ明日が憂鬱になったのは内緒だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る