第366話 大公家の事業
「そちらの色が薄い方が独特な香りは少ないと思います。そちらも食べてみてください」
「……おおっ、本当だ。こちらの方が美味しいな」
「確かに香りはなくなった。しかし私は先程のも好きだったな。あの香りがないと物足りない気がする」
リシャール様は圧倒的に白米みたいだけど、アレクシス様は玄米も好きみたいだ。確かにあの香りが癖になるって人もいるのかも。
「次はおかずと共に食べてみてください。私のおすすめは牛肉の煮込みをソースと共に食べることです」
ソースが浸ったパンはもちろん美味しいんだけど、やっぱりソースをかけたお米には勝てないと思うんだ。完全に俺の好みの話なんだけどね。
牛肉の煮込みのソースをかけたご飯は……やばいぐらい美味しかった。美味しすぎて昨日準備してたときに、三杯も食べちゃったのは内緒だ。
「おおっ、確かに合うな」
「これは合うな……美味しい」
それからアレクシス様とリシャール様は、おかずも含めてお米を完食した。途中からは慣れて来たのか食べるのもスムーズになり、どんどんお米の美味しさに気づいていったようだ。
「これは主食として十分な出来だな。見た目から避ける者もいてすぐには広まらないだろうが、そのうちパンと並ぶほどの定番になるだろう」
「小麦と同様に広く育てるべきかもしれませんね。レオン君、稲というのはどの程度で育つのだ?」
「はい。稲は種が地面に落ちてから数日で発芽し、二週間で収穫できます。そして数日天日で干すとこの玄米の形になります」
俺のその説明に目を剥いて驚くリシャール様とアレクシス様。この顔は初めて見たかもしれない……ちょっと笑いそうになって抑えるのに苦労した。
「二週間で収穫までできて、収穫した後に数日干すだけでこの状態になるのか……?」
「はい。そしてこの状態になれば、よく洗って鍋で炊けばすぐに食べられるようになります」
「そ、それは特別な世話が必要とか。大量には収穫できないとか、限定した季節下でしか育たないとか、そういうのがあるんだよな?」
「いえ、畑にただ種を蒔くだけで発芽します。そして放っておけばそのうちに育って種がまた落ち、どんどん増えていきます。稲を育ててくれているうちの庭師によれば、雨が降らないときにたまに水を上げている程度だそうです。また季節の問題は分かりませんが、今のところ現在の気温下では問題なく育つようです」
俺のその説明を聞いて唖然とするお二人。やっぱり驚くよね……俺も自分で話してて相当規格外な作物だなと思う。さすが魔植物だ。
「やはり魔植物なので常識が当てはまらないのかと。しかしミシュリーヌ様によれば危険はないものですので、そこの心配はいらないと思います」
「そ、そうか……それは良かった」
「……それにしてもそのように簡単に育つものだと、市場を混乱させかねません」
そう言ったのはリシャール様だ。その言葉にアレクシス様も真剣な表情を浮かべる。
「どのように広めるのかが問題だな。ただこれを広めないという選択肢はないだろう。小麦が不作の年や日照り続きの年などは、食料が不足することもある。その時に稲があれば助かる命も増えるからな」
「そうですね。王家の事業としますか? 販売は王家が認めた商人のみとすれば混乱は最小限に抑えられるかと」
「確かにそれもありだな」
二人がそこまで話を進めたところで、俺は口を挟ませてもらうことにした。王家の事業としても良いんだけど、できれば大公家の事業としたいのだ。なぜなら醤油と味噌の研究を大々的にしたいから!
それに日本酒とかも作れたら良いよね。あとお酢も。この世界のお酢って日本で食べ慣れたものと違うから、日本のお酢は米からできてたんじゃないかと思ってるんだ。
あとはみりんも。日本の料理ってみりんを多用するけどこの世界にはない。だから原材料が米の予感がしてるんだよね。
「アレクシス様、リシャール様、一つわがままを言っても良いでしょうか? もし無理ならば断ってくださっても構いませんので」
「勿論だ。レオンの望みはできる限り叶えよう」
「ありがとうございます。……稲を育てて米を広める事業ですが、大公家に任せていただけないでしょうか? そしてそれに伴って、領地をいただけたら嬉しいです」
さすがに要求しすぎで難しいかな……そう思ってお二人が難しい顔を浮かべるのを待っていると、俺の予想に反して二人はとても嬉しそうな表情を浮かべた。
「もちろん構わない。大公家としてレオンが指揮をとってくれるのならば安心だ。領地の選定を早くしなければいけないな」
「先の粛清でまだ王家預かりとなっている領地がいくつかございます。そのどれかでも良いのではないでしょうか」
「そうだな……しかし大公家の領地が他の貴族家より小さいというのも問題だろう」
「確かにそうですね……」
全く躊躇うこともなく了承された。え、良いの!?
「あの、ちょっと待ってください。そんなに簡単に認めてしまわれて良いのですか?」
「勿論だ。今までほとんど望みを口にしなかったレオンからの願いだからな。全力で叶えよう。それに王家の事業を増やすのは負担も大きいので、大公家でやってくれるのならばありがたい。また領地のことも近いうちに考えなければと思っていたのでちょうど良い」
そうなのか……まさか喜ばれるとは思ってなかった。でもそういうことなら遠慮なく領地をもらえるし、稲も育てられるな。
「ありがとうございます。精一杯がんばらせていただきます」
「ああ、よろしく頼む。しかし領地はどこが良いか……」
「……あの、私から一つ提案なのですが、魔物の森を押し返して今は誰も住んでいない土地がありますよね? そこはどうでしょうか」
これから魔物の森はどんどん押し返していく予定だし、そうなった時に魔物の森があった場所が誰の土地になるのかって揉めると思うんだよね。だけど使徒である大公家の土地となるんだったら、誰も表立って文句は言えないだろう。
「それはありがたい申し出だが、そんな土地で良いのか? あの土地に人を集めて街を整えるのは相当大変だと思うが……」
「もちろんです。しかし最初は色々と手伝っていただけると嬉しいです。特に人員補充などの面では……」
やっぱり信頼できる人を雇いたいと思ったら、このお二人からの紹介が一番なんだ。
「もちろん手助けは言われなくても行うつもりだ。信頼できる者の紹介も構わない。……本当に良いのか?」
「はい」
「分かった。では魔物の森が存在していた場所は大公家の領地とすることを定めよう。そして大公家の領地となったとしても、今まで魔物の森と接していた領地の私兵団には魔物の森への対処を継続してもらえるように話をしておく」
確かにその問題もあったか。大公家には強い兵士団がいないから……周りとの友好関係を築くのは急務だな。
「ありがとうございます。私からも友好関係を築きたいと思っています」
どんなふうにして領地を活性化させるのかも考えないとだ。……今ある前線の街を大公家の街にして、前線を押し返すたびに定期的に前線の街を作れば、領地に街が増えるよね。あとは前線じゃなくなっても、その街にそのまま住み続けてもらえるような政策を考えれば領民も増えていくだろう。
とりあえず衣食住が揃ってて仕事があれば人は集まる。その辺の政策も考えないとかな。お金がかかりそうだし、稲で得た利益を使って領地を充実させていこう。
「それでは稲についてはレオンが大公家で生産、販売まで手掛けるということで良いか?」
「はい、それで構いません。しかし大公家だけで独占するのも問題はあるでしょうから、他の領地から育てたいと要望があった場合にはそれを拒むことはしませんので」
この世界の米はあり得ないぐらい育てるのが簡単だから、米そのものでそこまで利益は取れないと思うのだ。だから大公家としては最初に米を売って国全体に広める役目を終えたら、米自体の生産販売よりも米を使った商品の生産販売にシフトチェンジしたい。
味噌や醤油、お酒やみりんなんかを作れたら、絶対に売れるし流行ると思うんだよね。そっちの作り方はできる限り流出を避けて、大公家の特産品としようと思う。
「レオンが良いのならば、国としてはありがたいが……」
アレクシス様は少々困惑気味だ。大公家の事業にしたいって言ってたのに他の領地で作ることを拒まないって、普通に考えたらおかしいからだろう。
「問題ありません」
「……そうか、分かった。ではそう心得ておく」
納得できないところもあるけれど、飲み込んでくれたみたいだ。アレクシス様はこうやって、追求し過ぎないでいてくれるところが本当にありがたい。俺ってこの国でかなり好きにやらせてもらえてるよね……使徒という立場だからこそなのだろうから、もう少しミシュリーヌ様に感謝した方が良いのかもしれない。
「王家としても万が一の備蓄として購入しようと思っているので、よろしく頼むぞ」
「かしこまりました」
そうして稲については大公家が事業を一手に担うことが決まり、魔物の森だった場所が大公家の領地になることになり今回の話し合いは終わった。
色々と調整しなければいけないことが多くて、正式に領地として与えられるのはもう少し先の話みたいだから、それまでに他のやるべきことはやっておいて領地がもらえる時に備えよう。
俺の領地になったら代官の選定も必要だし、何よりも領都を作らないとだ。そして領地の大公邸も作らないと。
……またたくさんの人を雇わないとだな。俺が自ら仕事を増やして大変にしてるから、ロニーやルノー、アルノル、ロジェ達には誠心誠意謝っておこう。忙しくさせてごめんって。仕事が大変そうならすぐに人員を補充しよう。
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