第364話 魔植物である稲

 三人が料理開発に没頭してしまったので厨房を後にした俺は、そのままの足で屋敷の畑に向かった。この前ジェロムに乾燥をお願いしてからちょうど一週間が経ったのだ。

 いつものようにロジェとローランを引き連れて畑に向かうと、ジェロムはちょうど稲の様子を確認しているところだった。


「ジェロムお疲れ様……って、また増えてるね」

「レオン様、この前半分残してたやつが種子を落として、また芽が出て育ってるんだ」

「本当に驚くほど早いね」

「俺もこいつには驚かされることばかりだ」


 ちゃんと石の囲いを作っておいて良かった。これから稲を栽培する時に一番大切なのは、無駄に広がらないための囲いかもしれない。


「一週間前に乾燥を頼んだのはどうなってる?」

「ああ、そうだ。あれで良いのか分からないがちゃんと干してるぞ。こっちだ」


 そう言ってジェロムに案内されて畑の近くにある小屋に向かうと、その小屋の前に干されている米があった。そう、稲ではなくもう米だ。薄い木箱に広げて干されている米がある。


「ジェロム、これどういうこと?」

「レオン様に言われた通りに逆さまにして干してたんだが、二日ぐらい経ったら種子が乾燥して勝手に開き始めたんだ。それで中身だけ落ちてたから拾い集めてまた干してるのがこれだ」

「勝手に開くんだ……」


 乾燥すると勝手に開いて中の米が出てくるなんて、やっぱり日本の稲とは違う。さすが魔植物だ。ただ色は茶色いからこれは玄米だと思う。それに日本のお米よりも少しだけ大きい気がする。


 ここまで干すだけでできるってことは、俺が考えないといけないのは精米方法だけだ。……それが一番難しかったんだけどね。

 でも玄米でも食べられたはず。それならとりあえず玄米で食べてみて、次の時にシェリフィー様から精米のやり方と精米機の仕組みが書いてある本をもらおうかな。そして魔法具で再現できないか考えれば良いだろう。


「もしかして失敗だったか……?」


 俺が黙ってしまったからか、ジェロムが恐る恐るそう聞いてきた。


「ううん、逆に大成功だよ。ありがとう」

「そっか、それなら良かった」

「うん。多分もう干す必要もないと思うんだよね。このまま食べられるはず。隣のやつが二週間の方?」

「そうだ」


 もちろん二週間の方も全て玄米になっている。これ以上干しても全く意味はないだろう。


「ジェロム、これからは稲を収穫したら干して全部この米の状態にしてくれる? この中身を米って言うんだ」


 日本での呼び方は知らないけど、この世界ではこの中身が米ということにする。俺が分かりやすいし。


「分かった。育ったら収穫して干して、米を取り出して集めとけば良いってことだな」

「うん。大きな麻袋を準備してそれにでも貯めておいて。湿気でカビが生えると困るから、風通しの良い場所に保管をよろしくね。多分日陰の方が良いと思う。それで麻袋がいっぱいになったら俺に渡して欲しい。アイテムボックスに仕舞うから」

「麻袋に入れて、日陰で風通しの良いところに保管だな」


 これで俺が食べる分ぐらいの米は余裕で手に入るだろう。ついに米が食べられる! 玄米だけど米は米だ!


「とりあえずこのお米を炊いてみようか」

「たく?」

「そう。米を食べられるようにするんだ。皆も味見してみてね」


 俺のその言葉にジェロムは興味深そうに頷いてくれて、ローランは楽しそうに瞳を輝かせ、ロジェは少し戸惑っている様子だった。これがどんな料理になるのか不安なのだろう。


 とりあえず普通に白米を炊くようにやってみるしかないかな。でも俺って炊飯器でしか米を炊いたことないんだよね……多分鍋に米を入れて水を入れて、火にかければできると思うんだけど。

 失敗したら仕方がないってことで、とりあえずやってみよう。お米の量はそんなにないから全てを使うことにして、まずは洗わないとだ。


 アイテムボックスからテーブルを取り出してその上にボウルを置き、ボウルの中に玄米を入れた。そして水魔法でボウルの中を水で満たして米を洗う。精米もしてないからしっかりと何度も洗った。


 そして次に鍋を取り出してそっちに米を移し、米がちょうど浸るぐらいの量で水を入れた。炊飯器だとこのぐらいの水の量だったはずだ……


 そこまで準備したところで土魔法を使って、鍋がちょうど置ける大きさの簡易の竈を作る。そしてその上に鍋を置いて蓋を閉め、鍋の下に小さめのファイヤーボールを作り出して調理開始だ。


「多分これで三十分ぐらいかな? 焦げないように気をつけつつ、火にかけてればできると思うんだ」


 そう言いつつ皆の方を振り返ると、ジェロムは驚きに目を見開き、ローランは尊敬に瞳を潤ませて、ロジェはちょっと呆れたように目を細め、三者三様の表情で見つめられた。


「どうした……」

「レオン様! やはりレオン様は素晴らしいです! 様々な属性の魔法を、しかも繊細なコントロールをしながら使いこなし、その全てが詠唱なし! まるで息をするかのように魔法を使われるそのお姿、とても神々しく感動いたしました!」


 俺が皆に話しかけようとした瞬間、ローランが大声で俺への賛美を述べてきた。うん、ありがたいんだけど、恥ずかしいからもう少し声は小さくしようか。


「ありがとう」

「レオン様は、本当に凄いんだな。いや、良いもの見た」

「レオン様の魔法の使い方は本当に規格外ですね」


 俺も他の人と違うとは思ってるんだけど、便利だからついつい使っちゃうのだ。もう使徒ってこともバレてるし良いかなって……そのうち皆も慣れるよね。


「段々と慣れてね」


 それから十分ほど火にかけて、一度様子を見てみようかと蓋を開けてみた。すると既に水がなくなっていて少し周りが焦げ始めている様子だ。でもその割にはふっくらしてなくて固そう。

 スプーンで少し掬って口に入れてみると、ガリッと硬い米の食感がした。全然ダメだ、水が足りないってこと?


 そう思ってもう一度最初と同じぐらいの水を足してみた。そして焦げそうな部分を鍋から剥がすように少しかき混ぜて、また蓋を閉める。


 この世界のお米の方が水分が必要なのかな? それとも玄米だから? そもそも日本で鍋を使って米を炊いたことがないし、玄米も食べたことがないから分からない。

 ……試行錯誤して最終的に上手くできれば良いよね。


 それからまた十分ぐらい放置して蓋を開けてみると、今度はさっきとは全く違う様子になっていた。玄米はふっくらツヤツヤとしていてとても美味しそうだ。やっぱり水が足りなかったのかもしれない。もしかして炊く前に水につけておいたほうが良いとか? 今度はそっちもやってみようかな。


 まあとにかく今はこの玄米だ。俺は鍋の中をもう一度覗き込み、美味しそうに炊けてることを確認してスプーンで掬った。そして目の前に持ち上げて観察し……、少し緊張しながら口に入れる。

 恐る恐る咀嚼をすると……炊いたお米独特の弾力を感じる。さらに噛めば噛むほどほのかな甘みが口の中に広がって……


 ……米だ。これはれっきとしたお米だ。めちゃくちゃ美味しい!!


 なんか感動だ。久しぶりすぎて感動する。ちょっとまだ硬めだったかなとか、玄米だからか少し独特な香りがあるなとか、多分日本で食べたら首を傾げる出来だと思う。

 でも何年かぶりに食べるお米、この世界で初めて食べる米、美味しすぎて泣きそう!!

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