第363話 ティノと家族
今日は仕事が休みである回復の日。俺は朝からのんびりと自堕落な生活を送って……いる訳もなく、今日も朝から忙しく活動していた。
「ティノ、朝早くから来てくれてありがとう」
今は大公家の執務室で、ティノと向かい合ってソファーに座っている。ティノは何で呼ばれたのかと少し緊張しつつも、好奇心を抑えられないような表情で執務室を眺めた。
「いえ、レオン様からのお呼びとあらばいつでも参ります」
「ありがとう。じゃあ早速本題に入るんだけど、実は今度大公家として新しく食堂を開くことになったんだ。新しくというか、俺の両親がやっていた食堂を大公家のお店として再度始めるって感じなんだけど」
「そういえば、レオン様のご実家は食堂だったのでしたね」
ティノは俺が平民の頃からの付き合いだからその事実を知っている。大公になってから知り合った人や大公家に新しく雇った使用人の中には、その事実を知らない人もいるのだ。
「そう。それで両親共に貴族の身分を得たんだけど、やっぱり食堂で働きたいみたいなんだ。だから大公家として食堂を始めようかと思って」
「それはお喜びになりますね。……しかしなぜ私にその話を?」
「実はその食堂ではこの国に今までなかった料理を開発して、それを看板メニューとして出すことを考えてるんだ。だからその料理開発をティノに手伝ってもらえないかと思って。後はティノが嫌じゃなければ、食堂の方で働いてもらいたいかな」
俺のその言葉に、ティノは分かりやすく瞳を輝かせた。
「新しい料理開発をやらせていただけるのですか! しかも仕事として!」
「そうだよ。ティノが嫌じゃなければだけど」
「嫌なわけがありません! やはりレオン様と知り合えたことは私の人生で最上の幸福でした。レオン様、ありがとうございます!!」
ティノはそう言って俺に向かって熱心に祈り始める。最初に会った時も同じようなことを言われて祈られた気がするな……ティノは変わらないね。なんか安心する。
「大袈裟だよ。じゃあ食堂で働いてくれるってことで良い? 人の食べてるところを見るのが好きだっていうのは、従業員寮の方が堪能できると思うけど……」
「そこは……少し悩みますが、新しい料理の開発という最強の誘いには抗えません!」
「分かった。それならこれからは食堂の方でよろしくね。従業員寮の方は新しい料理人を早急に雇うから、その人に引き継ぎをお願い」
「かしこまりました」
従業員寮の管理はシュガニスの店長であるアルテュルよりも、大公家での管理かな。アルノルとロニーに話をしてすぐに募集してもらおう。一週間ぐらいで雇えたら良いけど。
「今後の話は引き継ぎが終わってからにしようか」
「はい。あっ、一つだけ聞いても良いでしょうか?」
「もちろん」
「従業員寮の料理人は辞めることになりますが、私は引っ越しをした方が良いですか?」
確かにそこの問題があったか……あの寮は大公家が運営するお店で働く人のための寮だから、食堂で働く人が住んでても問題はないはず。
でも食堂って二階が住居になってるんだよね。確か四部屋あったはずだ。あの部分を全く使わないのも勿体無いし、食堂で働く従業員には二階に住んでもらうのもありかな。
そのことをティノに伝えると、一切迷うことなく食堂に引っ越すことを選んだ。
「即答だね」
「職場の近くに住んでいた方が何かと便利ですし、研究の時間もたくさん取れると思うので」
「そこまでやる気になってくれるとありがたいよ。じゃあ引っ越しの準備もしておいてね」
「かしこまりました」
代わりの料理人を雇ったらティノには早急に引き継ぎをしてもらって、できる限り早くに研究を開始できるように手配しよう。そういえば研究をする場所は……大公家の屋敷が良いかな。食堂より厨房は広いし作ったものを食べる人もたくさんいるし。
でもそうするとティノに食堂に引っ越してもらっても、研究のために毎日大公家へ通ってもらわないといけなくなるな。
「ティノ、食堂を開くまでの研究は大公家でやってもらうことになると思うけど、そうなったらしばらくの間だけは大公家に住む? 食堂を開店する時に食堂に引っ越すってことで」
こういう時に自分の屋敷だと勝手に決められて楽だ。使用人部屋はまだ余裕あるって話だったし大丈夫だろう。
「良いのですか!?」
「もちろん。二回引っ越しするのが面倒でないなら」
「持ち物は少ないので問題ありません!」
「それならティノは大公家の屋敷に引っ越してもらって、食堂が開店する時に今度は食堂の二階に引っ越しかな。開店してからの研究は毎日じゃないだろうし、そこは大公家に通ってもらうしかないけど」
食堂から大公家まで馬車を出しても良いし、母さんと父さんは馬車で通うんだからティノが一緒に乗っても良いだろう。その辺は開店してから臨機応変に対応しよう。
「かしこまりました!」
「そんな予定でよろしくね。……じゃあ早速だけど、これから母さんと父さんに紹介しても良い?」
「い、今からですか?」
「うん。多分厨房にいると思うから」
「分かりました」
ティノはさっきまでのはしゃいだ様子から一気に緊張の面持ちに変わり、途端に髪の毛をいじって身支度を整え始める。やっぱり初対面だと緊張するのかな。
「そんなに緊張しなくて良いよ。行こうか」
「はいっ」
ティノと一緒に執務室を出て厨房に向かうと、案の定中には母さんと父さんがいた。マリーはいないみたいだ。
「母さん父さん」
「あらレオン、どうしたの?」
「何かあったのかい?」
「紹介したい人がいるんだ。前に話したと思うけど、二人と一緒に料理の開発をしてくれるティノだよ」
俺のその紹介に続いて、ティノは完璧な動作で跪いて頭を下げた。
「ティノと申します。レオン様からお話をいただきまして、新しいメニューの開発に携わらせていただきます。よろしくお願いいたします」
「あなたがティノなのね」
「ティノ、そんなにかしこまられると困るから頭を上げてくれ」
父さんが困ったようにそう言うと、ティノはスッと優雅に頭を上げた。やっぱりティノって今すぐに貴族家の使用人になれるほど、動作は洗練されている。食堂では問題なく給仕もできるだろうな。
「僕たちだけでは難しいから力を貸してもらえると助かるよ。よろしく」
父さんがそう言ってティノに片手を差し出す。ティノは一瞬悩んだようだけど、その場に立ち上がって父さんと握手を交わした。
「レオンが教えてくれたレシピは難しくて。一緒に頑張りましょう」
母さんがそう言って浮かべた笑みに、ティノも顔を緩める。ティノとの相性は悪くなさそうで良かった。
「母さんと父さんは何してたの?」
「今日も料理開発よ。一応形にはなったけど、まだまだ改良して美味しくできると思うわ」
この前思い付いた餃子や焼売、肉まんなどの中華料理は、完成形となんとなくの材料だけ伝えたのだ。それで二人は形にしようと頑張ってくれてるんだけど……そう簡単に上手くはいかないみたい。
でも餃子は比較的形になってるんだよね。後は皮のもちもち感をもっと増やしたいのと、中身の改良みたいだ。
「これなんだけど食べてみる?」
母さんが餃子にフォークを刺してティノに手渡した。
「初めてみる形ですね……いただきます」
ティノは見た目をぐるっと確認してから、躊躇なく一口で口に入れた。そして数回咀嚼すると……目を見開いて動きを止める。そしてまたもぐもぐと、今度は最初よりも味わうように餃子を食べている。
「これは、とても美味しいです。周りは小麦粉でしょうか? そして中には肉や野菜が入っているのですね。肉はかなり細かいみたいですが、刻んでいるのですか?」
餃子はティノのお気に召したみたい。真剣な表情で二人に質問をし、まだ調理台の上にたくさんある餃子に目が釘付けになっている。
「周りの皮は小麦粉で作ってるの。でもこの皮はもっと改良できると思うのよね。レオン曰く、もう少し薄くてもちもちとした食感があると良いらしいわ。だからいろんな種類の小麦粉を取り寄せて配合を試してるのよ」
この世界の小麦粉は、一番安くてどこでも手に入るものが一種類。それ以外にも数種類の小麦粉があるんだけど、そっちは専門店でしか売ってない上に結構高めのお値段なんだ。だから安い小麦粉をベースにして、他の小麦粉も混ぜて試すようにお願いしている。
いくら中心街の食堂だからって、あんまり高いと客足が伸びないだろうからね。食堂は中心街の中でも入り口の方に近いし。
「それは楽しそうです。私もお手伝いします!」
「ありがとう。後は中身もいろんな味付けを考えてるのよ。香りが強い野菜を入れるとアクセントになって良いらしいわ。本当は胡椒をたくさん使えると良いんだけど、値段が高くなるでしょう? だから安めの野菜で代用できないかと思ってるのよね」
「今まで試した中ではにんにくとネギが良かったかな。後はその季節ごとに手に入らない野菜もあるから、季節が変わるごとに改良しないと」
一年中同じ野菜が手に入らないところが難しいのだ。後は醤油がないところもかなり難易度を上げている。
でもないならないなりに、チーズをかけた餃子とかトマトソースに合うような味付けの餃子とか、色々と工夫のしようはあるかなと思っている。
「キャベツは試しましたか?」
一通りの話を聞いて、ティノも色々とアイデアが浮かんできているらしい。
「そういえばまだ試してないな。今の季節なら手に入るね」
「じゃあ試してみましょう」
「はい。後は肉の種類もいろいろ試してみるのが良いと思います。これは豚肉ですよね?」
「そうよ」
「牛肉も入れた方が肉の旨味が出るのではないでしょうか?」
「確かにそうかもしれないな……」
そう言われてみると、日本にも合い挽き肉とかあったな。さすがティノ。
「じゃあ肉の種類も色々と試してみましょう。牛以外に鳥もありかしら」
「そうしましょう。後さっき気になったのですが……」
そうして三人が完全に研究に集中してしまったので、俺はそっと厨房を後にした。母さんと父さんが生き生きとして楽しそうで良かった。
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