第362話 チョコレート

 公爵家から大公家に戻るとちょうど昼時で、俺は家族皆と昼食を食べた。そして午後は勉強をするという皆と別れ、ヨアン専用の厨房にやってきた。

 この前知ったチョコレートの作り方を、まだヨアンに話していないのだ。かなり時間がかかって大変そうな内容だったし、早く伝えないと。そしてチョコが形になったら、チョコレートを使ったスイーツを大量に作りたい。


 でもそのためにはやっぱりカカオが大量に必要なんだよね……他国に行って直接買い付けるか、温室で育てるか。どちらにしても大変だ。カカオを売ってた商会と契約するのもありかな。まあそれもチョコが完成してからの話だ。


「ヨアンいるー?」

「はい。レオン様、どうかなさいましたか?」

「すっごく良い匂いだね」


 厨房に入った途端に幸せな甘い香りが鼻腔をくすぐる。ミシュリーヌ様が狂喜乱舞しそうな厨房だな。


「今クッキーを焼いていまして。レオン様からご助言いただいた野菜を練り込んだものです。それから特別なミルクレープの試作をしております」


 広い調理台の上には可愛いクッキーがたくさん並べられ、かなり豪華なミルクレープが一つ鎮座していた。


「美味しそうだし凄く豪華だね。もうこれで完成でも良いんじゃない?」

「いえ、もう少し洗練させたいのです。今の状態では優美さが足りないかと」

「確かにそう、かな?」


 俺の目には品が良くて豪華なミルクレープにしか見えない。でもここはヨアンの感性が正しいだろう。


「じゃあヨアンが満足できるまで改良してね」

「はい。ありがとうございます!」

「それで今日なんだけど、カカオってどうなってる?」


 ヨアンはカカオという言葉を聞いた途端に、苦々しい表情を浮かべた。やっぱり上手くいってないんだな。


「……あれはとても難しいです。未だ美味しいものにならないどころか、食べられるものにならないのです」


 そしてそう言いながらどんどん落ち込んでいく。


「そんなに落ち込まないで。相当難しいと思って頼んだから。それで実はね、カカオの加工方法が分かったんだ」

「……え、それは本当ですか!?」


 落ち込んでいたヨアンは一瞬呆然としたような顔をして、すぐ俺に詰め寄ってきた。やっぱりスイーツが関わると凄い勢いだ……


「ヨアン、ちょっと落ち着こうか」

「あ、すみません。でもカカオの加工法が分かったって、教えていただけるのですか!」

「もちろん教えるよ。かなり面倒くさい工程が必要みたいなんだけど、それでも大丈夫?」

「構いません!」


 本当に凄い勢いだ。俺は苦笑しつつ厨房の中にあるテーブルにヨアンを促した。そして机の上に一枚の紙を載せる。今回は空いた時間にミシュリーヌ様に俺のメモを読んでもらって、チョコの作り方を紙にまとめておいたのだ。

 この前新しいレシピを教えたときにも思ったんだけど、こっちの方が効率的で断然早かった。


「読んでも良いですか?」

「もちろん。分からないところがあったら言ってね」

「かしこまりました」


 それからヨアンは真剣な表情になり紙に目を通す。もう文字を読むことに問題はないみたいだ。


「まずは発酵をするのですね……チーズを作るような工程が必要だったなんて」

「驚くよね、俺も全然知らなかったよ。カカオを細かく刻めば良いのかな、ぐらいに軽く考えてたから」

「私も発酵は思いつきませんでした。茹でたり焼いたりは色々と試したのですが……」


 ヨアンの瞳がキラキラと輝いている。やっぱり新しいことを知るのって楽しいのだろう。俺もこの世界に来てやっとその面白さが分かった。

 日本ではどんなことでもすぐに知ることができるからこそ、逆に何事にも興味を持てなかったような気がする。便利なのは良いことだけど、不便だからこその楽しみもあるよね。


「この焙煎というのは焼くということでしょうか?」

「焙煎は確か……焼くというよりも煎るって感じかな」


 そう説明したけど、ヨアンの顔が不思議そうに傾けられた。……これは通じてないな。煎るってこの世界にない概念なのかも。


「焼くっていうよりも、加熱して乾燥させるっていうのかな。フライパンにカカオを入れて、ずっと動かしながら火にかけるんだ」


 コーヒーの焙煎も、ずっとぐるぐる動かしてやってた記憶がある。あれって焦げないようになのかな? それともむらがないように? ……まあどっちもか。


「むらなく焦げないように、ずっと動かしたほうが良いんだと思う。それでどの程度焙煎するのかで味が変わるんだって」

「そうなのですね……焙煎、奥が深そうです」


 ヨアンが楽しそうに口元に笑みを浮かべた。この調子なら任せても大丈夫そうだな。


「とりあえず流れは分かりました。かなり大変そうではありますが、試行錯誤して何とか美味しいものを作り上げてみせます! 最終的にはチョコレートというものになるのですね」

「そう。美味しいチョコレートを期待してるよ。でも無理せずにね」

「かしこまりました!」


 またヨアンが寝食を惜しんで無理しそうだから、それはできないようにアルノルに話をしておこう。この様子だと気づいたら朝でしたなんてことになりかねない。


「それでレオン様、これらの工程に必要なものは購入していただけるのでしょうか?」

「もちろん。何が欲しい?」

「そうですね……まずは清潔な木箱が欲しいです。それから天日で干すときに平たい籠もあると便利ですね。後はこのカカオを砕いて中身を取り出す時用の、木の棒なども欲しいです。それからペースト状になるまで潰す時は……木ベラで潰せるでしょうか?」


 固形のものをペースト状にすり潰すには木ベラじゃ厳しい気がする……やっぱりすり鉢とすりこぎ棒かな? この世界ではまだ見たことないけど、絶対に存在はしてるはずだ。薬師がいるんだから薬草をすり潰したりするだろう。


「木ベラだと難しいかもしれないから、色々と使えそうなものを探してみるよ。その中から使いやすいやつを選んでくれる?」

「分かりました」

「木箱と平たい籠、それから木の棒はすぐに用意するね」

「ありがとうございます! ではそれらが届き次第、早速試してみます」

「よろしくね」


 後はヨアンに任せるしかないかな。この世界のカカオが日本と同じような流れでチョコレートにできれば良いんだけど。

 チョコが作れるようになったらチョコレートケーキが食べたいな……後はガトーショコラも。生チョコやトリュフも美味しいよね。後はチョコレートクッキーも。


「そうだヨアン、今スイーツ研究部門にはヨアン一人だけど、他に人手が欲しい? カカオの加工が大変だし、ヨアン一人は辛いかなと思ったんだけど」

「そうですね……確かにチョコレートというものが完成して、たくさんカカオの加工をしなければならないとなると私一人では厳しそうです。なのでそうなった時に人を雇っていただければと思います。今はまだ私一人で大丈夫です」

「分かった。人手が欲しくなったら遠慮なく言ってね」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 チョコレートを本格的に商品として売り出すことになったら、カカオの加工をする専門の部署を作った方が良いかな。多分ここは分業した方が効率的だろう。

 チョコレートの作成に成功したら、チョコレート工場を作ることも考えよう。後はカカオを大量に手に入れられるルートも考えないと。


「じゃあヨアン、よろしくね」

「はい。お任せください!」





※本日はお昼に更新させていただきました。次回の更新は明後日のいつもの時間になりますので、よろしくお願いいたします。



〜お知らせ〜


「転生したら平民でした。〜生活水準に耐えられないので貴族を目指します〜2」

本日発売となりました!

皆様が応援してくださっているおかげです、本当にありがとうございます。


書籍二巻発売を記念してSSを書きました。初めてのマリー視点のお話で、とにかくマリーちゃんが可愛いです。タイトルは「お兄ちゃんがいない朝」近況ノートにありますので、ぜひ覗いてみてください!



いつも読んでくださっている皆様、コメントやレビューをくださる皆様、本当にありがとうございます。皆様のおかげでこうして書籍を出すことができました。これからもよろしくお願いいたします!



蒼井美紗

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る