第361話 別人?

 昨日は大公家の屋敷に引っ越しして、色々と確認をしているだけで一日が終わってしまった。まあその大半はロニー達との話に熱中してたんだけどね……楽しかったんだから仕方がない。


 二人との話を夕食の時間になったからと強制的に終わらせられて、夕食を食べて初めて自分の部屋で眠った。夕食は俺好みの味付けで最高に美味しかったし、お風呂は広くて綺麗で気持ち良かったし、ベッドは寝心地最高だし、うん、とりあえずとても住み心地が良かった。


 そして今日の朝はスッキリと目が覚めて、俺は家族と共に食堂で朝食を食べている。この家では基本的に、食堂で皆でご飯を食べることに決めたのだ。


「こうして皆で一緒に朝ご飯を食べられるなんて、嬉しいわね」

「公爵家ではそれぞれの部屋だったからね」

「皆と一緒の方が楽しいよね!」


 家族皆がそんな話をしながら嬉しそうに席に着いている。マリーも昨日は早めに寝たからか、今日は朝から元気いっぱいだ。


「やっぱり皆で食べた方が良いよね。これからはできる限り一緒に食べようか」

「ええ、そうしましょう」

「それが良いね」

「うん!」


 そんな話をしていると朝食が運ばれてきた。ふわふわな美味しいパンと野菜スープ、チキンステーキとオムレツ。オムレツにはトマトソースがかかっていて美味しそうだ。


 大公家らしい優美な食堂に品の良いカトラリーやお皿、そして豪華な朝食。家族皆とこんな食卓を囲んでるなんて、転生した当初の俺に言っても絶対に信じないだろう。なんだか感慨深い。


「レオンは今日、何か予定はあるの?」

「うん。実はアルバンさんに少し時間をとってくれないかって言われてるんだよね」


 昨日引っ越す前に言われたのだ。引っ越しして少し落ち着いたらで良いから話したいことがあるって。急ぎじゃないみたいだけど気になるし、とりあえず今日公爵家に行ってみようかなと思っている。


「あら、そうなのね。じゃあ今日の屋敷の探検は私達だけね」

「三人で昨日の続きを回ろうか」

「うん! 今日も探検する!」


 皆は屋敷の探検の続きか。アルノルに三人の案内をお願いしておこう。


「裏の畑には野菜がいくつも植えられてたよ」

「そうなの? じゃあまずはそこを見に行くわ」


 畑と聞いて二人の瞳が輝いた。やっぱり母さんと父さんは綺麗な服や装飾品よりも、今まで親しんできたものの方が嬉しいみたいだ。


「畑を管理してくれてる庭師のジェロムって人がいるから、色々と話を聞けると思う。あと裏にはファブリスの家もあるから見てあげて」

「ファブリスの家があるの!? 見に行くね!」

『マリーならばいつでも歓迎する』


 俺達の横で幸せそうに朝ご飯を食べていたファブリスが、マリーの声に顔を上げた。


「やった〜!」


 ファブリスはかなりマリーを気に入ってるみたいなんだよね。そのうちあのクッションで一緒に寝てそうなほど仲が良い。



 それからも楽しくて穏やかな雰囲気のまま朝食は進み、食後にお茶を飲んでからそれぞれの部屋に戻った。そして俺は公爵家に向かう。

 転移で行こうかなとも思ったけど、大公家の馬車に乗ったことがなかったので馬車で行くことにした。屋敷の前に向かうと、新品の豪華な馬車をどことなく張り切った様子の馬が引いている。


「レオン様どうぞ」

「ありがとう」


 ロジェとローランを連れて馬車に乗り、大公家の馬車の内装を楽しんでいるうちにすぐ公爵家に着いた。やっぱりかなり近いな。

 大公家の紋章とロジェが顔を出したことによって、ほとんど止まることなく馬車は公爵家の敷地内に入り、正面エントランス前に優雅に止まる。ちなみに大公家の紋章は、ジャパーニス商会として作った紋章をそのまま使っている。


 馬車から降りるとアルバンさんが出迎えてくれた。


「レオン様、早速お越しくださいましてありがとうございます」

「アルバンさん、出迎えありがとうございます」


 軽く挨拶を交わして応接室に案内される。そしてソファーに座ってお茶を飲んで一息吐き、早速本題に入ることにした。


「それで今回は何のお話でしょうか?」


 頑なにソファーに座ってくれないアルバンさんを見上げてそう問いかけると、アルバンさんからかなり懐かしい名前が出てきた。


「実はサリムのことでして……」


 サリムってあれだよね、自分は貴族でもない商会の子供なのに何故か上から目線で俺を蔑んできてたやつ。そして最後はごろつきに屋台を襲わせて、実家を放逐されたんだ。そういえばアルバンさんが拾って再教育してくれるって話だったな……完全に忘れてたよ。


「レオン様はサリムのことを忘れていらっしゃるようでしたので、このままでも良いかとは思ったのですが、一応一通りの教育が終わりましたのでそのご報告をさせていただければと思いまして。それから今後のサリムの処遇もご相談させていただければと」

「完全に忘れていました。話をしてくださってありがとうございます」


 サリムのことをアルバンさんに頼んだのは俺なのに、今まで頼みっぱなしで申し訳なかったな……


「サリムはどのような様子なのでしょうか?」

「性根から叩き直すつもりで教育し直しましたので、自分より弱いものを蔑んだり、間違ってもレオン様に対して暴言を吐くようなことはございません。技能につきましては使用人として一通りのものは身に付けさせました」

「それは凄いですね……一度会ってみても良いでしょうか?」

「もちろんでございます。すぐに連れて参ります」


 アルバンさんが応接室を出ていき、数分後にはサリムを連れて戻ってきた。サリムは成長期がきたのかかなり背が伸びていて髪型も変わっている。後は何よりも顔つきが全然違うから別人みたいだ。

 前は明らかに性格が悪そうな感じだったのに、今では素直で仕事のできる使用人って雰囲気になっている。やっぱり教育者でここまで変わるんだな……アルテュルの時も思ったけど、子供の頃は親の影響って大きいね。


「サリム久しぶり」

「ジャパーニス大公様、お久しぶりでございます。……大公様にとっては今更だとは思いますが、約一年前のあの時は、本当に申し訳ございませんでした」


 サリムはそう言って深く頭を下げた。頭を下げる前に見た表情がかなり後悔しているようでちょっと心が痛む。


「サリムは許されないことをしたと思ってるけど、ここまで反省してるんだしもう良いよ」

「……っ、ありがとう、ございます。私はこのお屋敷で拾ってもらい教育をしていただき、自分の世界が今までどれほど狭かったかと思い知りました……そして私の心がどれほど醜かったのかも。これからは人の役に立つ人生を歩みたいと思っています」


 サリムは目に涙を浮かべつつそう語る。ここまで人が変わる教育ってどんなものなんだろうって、ちょっと怖いぐらいだな。隣のアルバンさんが満足そうなのも怖い。でもその手腕は凄いよね……サリムが根っこの部分までは腐ってなかったからこそだろうけど。


「その気持ちを忘れずに頑張ってね。俺ともまた仲良くするっていうのは……難しいかもしれないけど、これからも知り合いとしてはよろしくね」


 今までも別に仲良くなかったし身分もかなり違うし、さすがにこれから友達としてっていうのは難易度が高いだろう。そう思って知り合いという微妙な表現になった。

 でもサリムとの距離感はそのぐらいがちょうど良い気がする。どこかであったら最近どう? って会話をするぐらい。


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「それでサリムはこれからどうしたいの? アルバンさん、公爵家ではこのままサリムを雇うことも可能でしょうか?」

「もちろん可能でございます。今までの働きぶりから即戦力になるでしょう。しかし公爵家に縛り付けることもいたしません」

「分かりました。じゃあサリム、これからどうしたいのかサリムが決めて良いよ。このまま公爵家で働くか、俺のところで雇っても良いし、別の仕事をしたいのならその紹介ぐらいはできるんじゃないかな」


 俺のその言葉にサリムは少しだけ悩んだけれど、すぐに顔を上げて真剣な表情で口を開いた。


「私はできることなら、このままこのお屋敷で働かせていただきたいと思っております。どうしようもなかった私を拾いさらに教育を施してくれて、皆様には返しきれない恩がございますので」

「そっか。アルバンさん、サリムはこのまま公爵家で雇ってもらえますか?」

「もちろんでございます」


 アルバンさんのその答えを聞いて、サリムはホッとしたように少し顔を緩めた。


「俺は公爵家に来ることも多いから、また会うこともあるだろうけどよろしくね」


 今まで全く会わなかったのは、アルバンさんが意図的に俺と会わないようにしてたのだろうし、これからは姿を見るぐらいのことはあるだろう。その時は客人と使用人という関係でも、穏やかに話せたら良いな。


「よろしくお願いいたします」


 最後まで丁寧な姿勢を崩さず、サリムは応接室を退出していった。そして俺もアルバンさんとアルノルの話を少しして公爵家を後にする。

 

 何だか晴れやかで清々しい気分だ。サリムと穏やかに話ができて良かった。

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