第360話 ファブリスの家と執務室
畑を後にして裏庭を少し進むと、そこには立派なファブリスの家が存在していた。ファブリスからの要望で壁はなくて屋根だけのタイプだ。大きな東屋って感じかな。
その東屋の中には寝心地の良さそうな巨大なクッションが鎮座し、その周りには低木が植えられていた。ファブリス曰く、自然に囲まれてるのが一番安心するそうだ。
「凄く大きいね」
「神獣様が窮屈に感じぬようにと設計されました」
「ありがとう。これならファブリスも満足するよ」
多分居心地が良すぎて、用事がある時以外はここから動かなくなるだろうな。
「雨が降っても中に吹き込まぬよう屋根の設計がなされていますが、風が強い時などは防水加工のしてある布をかけられるようになっております」
「確かに必要だね。ファブリスは濡れても大丈夫だとしても、クッションは濡れたら早めにダメになっちゃうし」
アルノルは痒い所に手が届くって感じで、色々と先回りして整えてくれるから本当にありがたい。俺が思いつかないことばかりだ。
多分俺だったら雨なんて想定せずにいて、実際に雨が吹き込んだ時に焦ってバリアで防ぐことになっただろう。でもバリアで防ぐと空気の流れまで遮断しちゃうから、ファブリス的にも布ぐらいの方が良いと思う。もし布もいらないから濡れたいって言われたら……クッションだけ避難させよう。
「こちらが神獣様の大きさに合わせた裏口です。ここから中に入りますとすぐに食堂へと向かえるようになっておりますので、ご一緒に食事をされる時はお使いください」
そう言ってアルノルが示してくれたのは、屋敷の裏側にある大きな入り口だった。正面のエントランスに匹敵する大きさだ。
ファブリスを連れて帰ってきてから専用の家を作ってくれて、さらにこんな入口まで増築してくれたってことだよね……やっぱり魔法があると建築も早いな。
「毎回正面のエントランスに向かわなくて良いのは便利だね」
ファブリスの家は正面エントランス近くになる予定だったんだけど、大公家を訪れる人が毎回驚くことになるのも微妙だって話になって、最終的にはファブリスも静かな場所が良いってことで裏になったんだ。さらに魔植物である稲が近くにあるのも、ファブリス的には心地良いらしい。
「早速ファブリスを連れてこようかな。転移ですぐに連れてきても大丈夫?」
「もちろんでございます」
「ありがとう。ちょっと行ってくるね」
ファブリスはまだ公爵家の庭に待機してもらっているので、俺はファブリスの定位置となっている公爵家の訓練場に転移をした。すると珍しく立ち上がってうろうろ歩き回っているファブリスがいた。
『主人! 新しい屋敷はどうだったのだ?』
ファブリスは俺を視界に入れるとすぐに駆け寄って来る。……ファブリスも新しい屋敷が楽しみだったのか。それで落ち着かなくてうろうろしてたってことだよね。
「ふふっ、そんなに楽しみだった? 迎えにくるのが遅くなってごめんね」
『べ、別に気にしてない。だが我がこれから住む場所だからな』
引っ越してすぐは慌ただしくなるだろうからってファブリスには待ってもらってたけど、一緒に連れて行ってあげれば良かったかな。
「そうだよね。凄く良い屋敷だったよ。ファブリス専用の家も居心地良さそうだった」
『それは本当か!』
「うん、一緒に行こうか。転移で良い?」
『もちろんだ』
そうして俺はファブリスと一緒に大公家に戻った。ファブリスは転移を終えるとキョロキョロと辺りを見回して、自分の家で視線を止める。
『主人、あれが我の家か?』
「そうだよ」
ファブリスの顔を見れば瞳がキラキラとしてるから、気に入ってくれたみたいだ。
『とても良い。真ん中にあるのが我のクッションだな。寝ても良いのか?』
「もちろん。寝心地を試してみて。もし改善して欲しいところがあったら言ってね」
『分かった』
ファブリスは俺とそんな会話をすると、尻尾をゆらゆらと機嫌良さげに揺らしながら自分の家の中に入っていった。そしてクッションの真ん中で丸まっていつもの体勢になる。
『これは素晴らしい寝心地だ!』
「本当? それなら良かった」
『我は主人に呼ばれた時以外はここにいることにしよう』
やっぱり、絶対そう言うと思った。俺は苦笑しつつファブリスに近づく。
「分かったよ。それでファブリス、あそこにある入り口がファブリスでも通れる大きさらしいから、正面にある広いエントランスかこの裏口、どっちかを使って屋敷の中に入ってね。この裏口を入るとすぐ食堂に行けるらしいから、ご飯の時はここから入ってきて。食堂で一緒にご飯を食べるでしょ?」
『そうだな。主人と一緒に食べることにしよう』
食事は大勢で食べた方が楽しいし、ファブリスはこの姿形にしてはかなり上品に、さらに嬉しそうに食べるから見ていて和むのだ。
「アルノル、ファブリスの存在って使用人は知ってるんだよね?」
「全員存じております」
「分かった。ファブリス、暇な時にでもこの屋敷の使用人に挨拶して回ってくれる?」
『了解した』
「よろしくね」
そこまで話したところでファブリスが心地良さそうに目を瞑ったので、俺は屋敷の中に戻ることにした。
「アルノル、最後に執務室へ案内してくれる?」
「かしこまりました」
執務室は屋敷の一階に位置していた。奥に俺の執務机が置かれていて、その手前には大きめの応接セットが設置してある。皆と話し合いができるようにと大きめのものを準備してもらったのだ。
そして部屋の右側にはドアがあり、そのドアを開くと隣の文官部屋と繋がっている。本当は完全に同じ部屋にしようかと思ったんだけど、分かれてる方が色々と便利かなと思ってこの形にした。
そして文官部屋の方には……ロニーとルノーがいた。二人とも真剣に書類を読んでいたみたいだけど、俺が入ってきたことに気付くとすぐに立ち上がって迎えてくれる。
「ルノー、ロニー、久しぶり」
「お久しぶりでございます」
「あっ、この中では敬語とか使わなくても良いからね。アルノルも他の皆も気にしないって言ってくれたから」
俺がアルノルにちらっと目線を向けながらそう告げると、アルノルも同意するように頷いてくれた。この部屋に入れるのはロニーとルノーの他には俺の従者と護衛、後はアルノルとメイド長であるアンヌ、兵士長であるエバンぐらいだ。
「……じゃあ、いつも通りに話すね」
「うん! ルノーも適当で良いからね」
俺のその言葉に二人ともが苦笑しつつ頷いてくれたところで、俺達は文官部屋にもある休憩用のソファーに移動した。
「仕事はどう?」
「うーん、まだ始めたばかりだから分からないことも多いかな。でもやりがいはあるよ」
「それなら良かった。ルノーはどう?」
「私も楽しいです。特にシュガニスはあり得ないほどの黒字経営ですので、計算するのが楽しくて楽しくて」
ルノーは悪い顔でニヤッと笑った。でもその気持ち分かる。シュガニスは赤字でも良いかと始めたお店だったのに、今となっては利益を量産してるからね。俺もどこまで利益が出てるか確認するのが楽しくなっている。
「シュガニスが上手くいってて良かったよ。大公家全体としてはどう? 屋敷の中を整えるのに色々とお金を使ったと思うけど。従業員もたくさん雇ったし」
「そうですね……とりあえず今の状態ならば、従業員に支払う給与と屋敷で必要な諸々の雑費。それらよりも収入の方が多いです。王家からの俸給も大きいですが、やはりシュガニスでの利益ですね」
全体的に見ても黒字なのか。もう俺の個人資産とは完全に分けたから、魔法具の売上は入ってなくて黒字ってことだろう。これは幸先良いスタートだな。
「それは良い情報だね。シュガニスは今後も同程度の利益を見込めるかな」
「そうだね……少しは下がるだろうけど、赤字になることはないと思う」
それなら安心だ。この現状なら新しいお店を始めるのに支障はないかな。やっぱり食堂は早めに始めてあげたい。
「じゃあそんな現状も加味しての相談なんだけど、新しく大公家として食堂を始めたいんだ。俺の実家が元々食堂だったのは話したよね? 母さんと父さんはやっぱり食堂を続けたいみたいだから、もう一度できるようにしてあげたくて」
「食堂ですか。それはどのようなものにするのですか?」
「場所は中心街の真ん中よりも入り口に近いところにある建物。俺の家族が少しだけ住んでた場所なんだ。出すメニューはこの国にない新たなメニューを開発するつもり。一つでも開発できたらお店を開店して、そこからはお店をやりつつ開発すれば良いかなって思ってる」
俺のその説明に二人の瞳がきらりと光った気がした。そして二人共が楽しそうに顔を緩める。
「それは良いね。新たなメニューなんて絶対に人気間違いなしだ」
「ふふふっ、また利益が量産できそうですね」
うん、二人ともあくどい顔になってるよ〜。ロニーも完全にルノーに影響されている。まあ文官としては頼もしいけど。
「それなら開店する方向で進めるね。二人にも色々と手伝ってもらうかもしれないけどよろしく」
「もちろん」
「分かりました」
「ありがとう。そうだ、あと稲のことなんだけど……」
そこからは二人に稲の研究が上手くいけば米という主食を量産できること。それをできれば大公家として売りたいこと。また米料理も広めたいこと。さらに温室を作って季節問わず野菜や果物を育てたいこと。
そんな理想を色々と語って話し合った。そもそも領地もないしまだ実現できないんだけど、とりあえず考えてることの共有は重要だからね。二人共どの話にも前向きに乗ってくれたから話してて楽しかったな。これは本格的に領地が欲しいかもしれない。今度アレクシス様に話だけでもしてみよう……
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