第359話 畑と稲の様子

「他にご覧になりたい場所はございますか?」


 兵士詰所を出るとアルノルにそう聞かれた。母さんと父さんは普通に付いてきてるけどマリーはちょっと飽きてそうだし、ここで確認してくれたのかな。


「そうだね……畑とファブリスの家は見たいかな。後は最後に執務室にも案内してほしい。皆はどうする、この辺で部屋に戻る?」


 俺のその問いかけに母さんと父さんはマリーに目を向けた。マリーは飽きてるのもあるけど、はしゃいで疲れてるみたいだ。


「マリー、疲れたの?」


 母さんのその言葉にマリーは素直に頷いた。今日は朝早くから起きてかなりはしゃいでたから仕方ないかな。


「じゃあマリーは部屋に戻ろうか。母さん達はどうする?」

「そうね……母さんも戻ることにするわ。後でマリーと一緒にまた屋敷を見て回れば良いし」

「そうだね。父さんもそうするかな」

「了解。それなら一旦ここで解散にしよう」


 俺のその言葉に二人は頷きマリーのところへ向かった。マリーは眠そうに目をこすりながら、母さんと手を繋いでいる。

 勉強したから大人びて見えることも多いけど、こういうところを見るとやっぱりまだ子供だよね。俺はマリーのそんな様子にほっこりとして顔が緩む。


「じゃあ部屋に戻るわね」

「うん。俺はもう少し屋敷を見て回ってから戻るよ。部屋でゆっくりしててね」

「レオンも無理はしないようにね」


 皆が屋敷の中に帰っていくのを見送り、俺はアルノルと従者と護衛と共に次は畑に向かった。畑は屋敷の裏側にあるようで、屋敷の周りをぐるっと回るように整備された道を進むとすぐに辿り着いた。


「レオン様のご要望通り畑は広めにとってあります。今はレオン様からお渡しいただいた稲と、各種野菜を育てております」


 畑の一角には、ロジェ経由でアルノルに渡してもらった稲がしっかりと植えられていた。予想以上にたくさん生えてるな……しかも大きくない?


「あそこにいるのが畑を担当しております、庭師のジェロムでございます」


 アルノルが示した方を見てみると、がっしりとした体型で五十代ぐらいに見える男性がいた。黒髪に少し白髪が混じった短髪で、俺にとってはなんだか落ち着く雰囲気だ。

 畑の周りを歩いてジェロムのところに向かうと、稲の様子を観察していたジェロムは俺達に気づいたようだ。


「初めまして。レオンです」

「俺はジェロムだ。よろしく……お願いする」

「ジェロムはまだ敬語や作法を習っている最中でして、申し訳ございません」


 ジェロムの挨拶の後に、すかさずアルノルがそうフォローを入れた。


「全然気にしないから大丈夫だよ。ジェロム、敬語とか使わないで普通に話して良いから」

「……良いのか?」

「もちろん。色々話したいことがあるんだ」


 俺が稲を見ながらそう言うと、ジェロムは嬉しそうに少しだけ顔を緩めた。外見は無愛想で怖い感じだけど、実際は良い人そうだ。俺はそのことが分かって嬉しくなり、早速ジェロムに近づいて稲の様子を見る。


「稲はどんな感じ?」

「凄い勢いで育ってるぞ」

「いくつか渡したけど全部根付いたの?」

「ああ、全部植えた次の日には元気になってたな」


 それならアイテムボックスに入れても問題なく根付くってことか。それは朗報だ。これでいくらでも魔物の森から採取できる。


「これって渡した時は稲が十本ぐらいだったよね。もうこんなに増えたの……?」


 ぱっと見だけど四、五十本はあるように見える。稲を持ち帰って渡してから数週間。もうこんなに増えたのなら本当に驚きだ。


「最初は十本を等間隔で植えたんだ。そしたら全部が同じようにどんどん伸びていって、先に種子みたいなやつができた。そこで小麦みたいに収穫するのかと思ったがとりあえずそのまま放っておいたら、そのうちに種子が全部飛び散ってたんだ。そこで観察するためにその種子も放置しておいたら、数日後にはかなりの数の芽が出てきてまたどんどん伸びて、今の現状だ」

「その芽が出たのって何日前?」

「そうだな……二週間ぐらいか?」


 目の前にある稲はもう収穫しても大丈夫そうな色になっている。ということは……稲って約二週間で収穫できるまで育つってことだよね?

 しかもこの畑は普通の土だ。水田とかでもない。さらに今は春の初めでまだ肌寒いぐらいの季節。その季節でも問題なく育つってことだろう。……確かにミシュリーヌ様がどんな季節でも簡単に育つって言ってた気がするけど。


 うわぁ……何このやばい植物。魔物の餌にされて魔物が大繁殖するのも頷けるよ。これは扱いを気をつけないと、この大陸が稲だらけになっちゃうな。害がある植物じゃないから良かったけど、やっぱり魔植物なんだね。

 確か土と水属性の魔力持ちだったはず。やっぱり魔力って凄いな……


「二週間で育ちきる植物ってやばいね」

「俺も長く生きてるが初めて見た。これは何なんだ? 麦の新種か?」

「うーん、そういう認識で良いかも。これは稲って名前だけど、収穫すると米って呼び名に変わるんだ。その米が主食になるんだよ」

「主食になるのか! それは凄いな。この勢いで育つのなら食うに困るやつがいなくなる」


 そうなんだけど、これって意外と扱いが難しいかも。こんな簡単に育つとなると安く売ることもできるけど、そうするとそのうち小麦が売れなくなって小麦農家に大打撃だ。それにパン屋にも。

 その辺は上手く調節しつつやらないとダメだよね。どこで育てるのが良いだろう。大公家に領地があればそこで育てて大公家の特産にすれば良いけど、領地ないんだよね。


 こうなると領地が欲しくなってきた。米ができたら醤油や味噌も作りたいし、そのためにも広い場所が必要だ。後はいずれ温室を作って、季節関係なく果物や野菜を育てられるようにしたいと思ってたんだよね……

 

 領地が欲しいって言ったらもらえるかな。でも領地をもらったら領地経営もしないといけないし……悩みどころだ。


「とりあえず少し収穫してみようか」


 一旦難しいことを考えるのはやめて、米の味を確認してみることにした。米と言っても結構いろんな種類があるはずだからね。日本米に近ければ嬉しいんだけど。

 あ、でも米って収穫してすぐは食べられないんだっけ?


「どのぐらい収穫する?」

「そうだね……半分ぐらいは収穫しちゃっても良いかな。根本から刈り取ってみて、その後どうなるのかも気になるし」

「分かった」


 ジェロムが鎌を持ってきてすぐに半分の稲を刈り取ってくれた。その稲は黄色く実っているけれど、まだ茎や葉は青々としている。これって乾燥させた方が良いのかな。

 確か実家の周りの田んぼでは、稲が逆さまになって干されていた記憶があるような……


「これをどうするんだ?」

「多分なんだけど、一週間か二週間ぐらい干すんだと思う。そして干したらこの種子? の部分を茎から分けて、さらに周りの茶色いのを取り除くんだ。すると中から米が出てくるはず」


 小学生の時に何かの体験でやったんだよね。あの時は確か……割り箸に挟んで脱穀したはず。そしてその後はすり鉢でゴリゴリして、玄米になるんだった。それでその玄米を棒みたいなやつでついてると、白米になるんじゃなかったっけ?

 うろ覚えだな……あと綺麗な白米にはならなかった記憶がある。精米器って凄いんだなって思った記憶が……あるような無いような。


 精米機ってどんな仕組みなんだっけ。……うん、全く思い出せない。というか知らない。次にシェリフィー様から本がもらえるのは夏の初めだ。次は醤油と味噌の作り方にしようかなと思ってたんだけど、まずは精米機の仕組みについての方が優先かも。


 また遠のいていく……俺の醤油と味噌。あとラー油とか中華料理のレシピ本も欲しかったんだよね。その辺はもっと後回しになりそう。うぅ……シェリフィー様、本の前借りをしたいです。


「とりあえず干しとけば良いのか?」

「そうだね。そうしておいてくれる? 根本を紐で縛ってひっくり返して干してね」

「一週間で良いのか?」

「うーん、じゃあ半分ずつにして、片方は一週間、もう片方は二週間干してみようか。また一週間後ここに来るよ」

「分かった」


 一週間後の稲の様子でまた考えよう。二週間で育つような不思議植物なんだし、もしかしたら脱穀や精米も全く違うものになるかもしれないし。


 それから他の野菜の様子も確認して、俺はジェロムに稲のことを頼んで畑を後にした。稲が広がりすぎないように、ちゃんと土魔法で石製の囲いも作っておいたよ。

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