第358話 食堂と探検の続き
「父さん母さん、ミシュリーヌ様からの知識でまだこの国では見たことのない料理があるんだけど、それを開発してみるのはどう? まだ作り方が曖昧なやつが多いから、試行錯誤してもらわないとなんだけど……」
俺のその言葉に母さんと父さんは、途端に瞳を輝かせて詰め寄ってきた。
「そんな料理があるのかい!」
「もちろん開発するわ! 新しい料理の開発なんて楽しそうだもの!」
「どんな料理で、どこまで作り方は分かってるんだい?」
ここまで反応が良いとは思わなかった……でもそうだよね、料理人にとって新しい料理って心躍るよね。
「二人ともちょっと落ち着いて。今は時間がないから、どんな料理かは後でちゃんと説明するよ。とりあえず開発の意思はあるってことで良い?」
「ええ、もちろんよ」
「精一杯頑張るよ」
最近は食堂で働くこともなくて二人の人生にやりがいがなくなってないか心配だったけど、この調子なら大丈夫そうだ。食堂を続けられるようにして本当に良かった……
「じゃあこれから新しいメニュー開発をして、その上で食堂を始められるように色々と準備を進めるね。そうだ、前に少し話したと思うけど、ティノって名前の料理人が新しい料理を開発するのが好きなんだ。その人の力も借りる形にして良い?」
「ええ、もちろんよ。たくさんの人がいた方が良いものができるもの。それにレオンが紹介する人なら問題はないでしょうし」
従業員寮の料理人は別の人を雇えば良いし、ティノには食堂の方で働いてもらうことにしようかな。とりあえず本人の意見を聞いてみよう。もし従業員寮で働き続けたいってことだったら、たまに食堂に出張って形にしても良いし。
「ありがとう、ティノに話をしてみるよ」
「よろしくね」
ジャパーニス大公家としてお店を開くんだから、ロニーとルノーにも話を通さないとだよね。あとは家族皆が毎日食堂で働くのは難しいかもしれないし、他にも従業員を雇わないと。その辺も二人と相談しつつやろう。
「お兄ちゃん、私もまた食堂で働くの?」
ソファーに座って話を聞いていたマリーが立ち上がり、少しだけ不安そうにそう言った。俺はそんなマリーの下に向かい、視線を合わせて問いかける。
「マリーはどうしたい? マリーが働きたいのなら働けるように環境を整えるし、マリーが他のことをしたいのなら働かなくても良いんだよ」
「……じゃあ、私はお勉強が良い。お勉強楽しいから」
マリーは勉強が好きなのか……だから上達が早かったんだな。まだ幼いからだと思ってたけど、それだけじゃなかったってことだ。
「そっか。じゃあマリーはお勉強を頑張ろうね」
「うん! でもね……たまには食堂にも行きたいな」
「もちろん、マリーはいつでも食堂に行っていいんだよ。お客さんとして行っても良いし、ちょっと働きたいなと思ったら給仕をするのも構わないよ。でも中心街のお店だから給仕の勉強をしてからになるけどね」
ただマリーは大公家の娘としての教育を受けてるんだから、問題なく給仕ぐらいできるだろう。最近のマリーはたまに昔のようにはしゃいでることもあるけど、基本的には勉強したことが身についてるみたいだし。
「本当?」
「もちろん」
俺の返答を聞いてマリーはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。そして随分と大人びた表情を作って貴族の笑みを顔に浮かべる。
「では私はお勉強を頑張ることにいたします。お兄様のように素敵な女性になるのです」
そう言って綺麗なカーテシーをすると、またいつもの表情に戻り無邪気な笑みを浮かべた。
「マ、マリー、今お兄様って言った……?」
「うん! お兄ちゃんのことはお兄様って呼ぶんでしょ?」
マリーのお兄様呼び、最高すぎる! なんだろう、お兄ちゃんと呼ばれるのとはまた違った良さがある!
「マリーもう一回、もう一回呼んでみて」
「……お兄様?」
マリーは少し首を傾げながらまた呼んでくれた。うちの妹はやっぱり世界一だ……!
それにこんなにちゃんとした言葉遣いができるようになってるなんて凄い。このままいけば、マリーは王立学校にも入学できるかもしれない。
マリーの意見を尊重するけど、もし少しでも気になってるのなら受験を勧めよう。今後の人生で王立学校を卒業してたら絶対プラスになるし。
「マリー凄いね! 完璧だよ!」
「本当?」
「うん! もう立派な貴族子女だね。マリーは天才だ」
「えへへ、私頑張ったの!」
そうして俺が兄馬鹿を爆発させてマリーを褒め称えていると、母さんと父さんが俺達の元にやってきてくれた。
「マリー、今までたくさんお手伝いをしてくれてありがとね。母さんはお勉強が苦手だから食堂を頑張るわ。マリーはお勉強を頑張りなさい」
「うん!」
「父さんも勉強は苦手なんだ。今度マリーに教えてもらおうかな」
「教えてあげる!」
マリーは二人にも認められて嬉しそうだ。皆ができる限り好きなことができるように俺も頑張ろう。とりあえずマリーは勉強を、父さんと母さんは食堂だね。
「食堂についてはティノに話をしてみるから、もうちょっと待っててね」
「分かったわ。楽しみにしてるわね」
「うん。近いうちに話を進めるよ。……じゃあここに随分と長居しちゃったけど、屋敷の探検の続きをしようか」
俺のその言葉に皆がハッと何かに気づいたような表情を浮かべる。屋敷を見て回ってる最中だったってこと、絶対忘れてたよね。
「そうね。忘れてたわ」
「この部屋が嬉しくて忘れてたよ」
「私は覚えてたよ。次はヨアンさんのところだよね?」
「そう。マリーは凄いね」
そうして俺達は屋敷の探検を再開した。ヨアンの厨房を確認して応接室やパーティーホール、食堂などを見て周り、次に屋敷の外へやってきた。
「お花がたくさんあって綺麗だね〜」
「本当ね。甘い匂いもするわ」
「まだ咲いてないものも多いみたいだし、これからもっと綺麗になりそうだね」
皆と一緒に庭にある散歩道を歩いていく。地面はおしゃれな石畳が続いていて、周りには綺麗に整えられた草花がたくさんだ。まだ季節的に咲いていないものも多いけど、それでも華やかで目に楽しい。
それからしばらくは庭を楽しみながら進んでいくと、凄くおしゃれな東屋に辿り着いた。ここはお茶会も開けるような作りになっている。
「おしゃれな建物ね」
「お兄ちゃん、ここ何のお家なの?」
「これは東屋って言うんだ。外でお庭を楽しみながらお茶を飲んだり、ご飯を食べたりするんだよ。今度ここでお昼ご飯を食べようか」
「そうなんだ。お外で食べるの楽しいよね! お肉を焼くんでしょ?」
マリーはバーベキューのことを思い出しているのか、楽しそうに満面の笑みを浮かべる。確かに外で食べるという点は同じだけど……バーベキューと東屋で開かれるお茶会は全く違う。一度お茶会を体験した方が良いかもしれないな。
「今度皆で正装してお茶会をやろうか。マリーはこれからお茶会に参加することがあるかもしれないし、家族から慣れていくのも大切だと思うんだ」
「うん!」
マリーはお茶会がどういうものか分かっていないと思うけど、元気よく頷いてくれた。マリーのメイドさんがこの話を聞いてるし、今度お茶会のことについてマリーに教えてくれるだろう。
それからしばらく皆で庭を見て回り、次に向かったのは兵士詰所だ。他の使用人は屋敷の中に住んでるけど、兵士だけは別で建物を建ててそこに住んでもらっている。それがこの国では一般的らしい。
「どうぞお入りください」
アルノルがドアを開けてくれて中に入ると、そこには数人の兵士と共にエバンがいた。エバンは元々タウンゼント公爵家の兵士で、さらに男爵家出身の元騎士なので大公家兵士団をまとめる立場に就いてもらった。
「エバン久しぶり」
「レオン様、お久しぶりでございます」
「問題なく引っ越しはできた? 新しい職場はどうかな」
「恙無く引っ越しは終えられました。新しい職場ではやりがいのある仕事を任せていただき、毎日気を引きしてめて職務に当たっております」
エバンは爽やかな笑顔を浮かべてそう言った。うん、特に問題はなさそうだ。エバンがどことなく楽しそうだし。
「新しく雇った兵士の皆はどうかな? 兵士としては初心者ばかりだと思うけど」
「技術的なことはまだまだですが、皆やる気がありしっかりと働いてくれています」
「そっか、それなら良かったよ。じゃあこれから大公家の守りをよろしくね」
「はっ!」
エバンとそんなやりとりをした後に、アルノルとエバンによって兵士詰所の中を案内してもらった。そして俺が面接で雇った兵士の皆に久しぶりに会って挨拶をされて、皆のエネルギーで俺もやる気に満ち溢れたところで詰所を後にした。
皆が活き活きと働いてくれてるみたいで良かったな。
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